長編&アンソロジーの中国女性SFラッシュだ!

文=大森望

  • 流浪蒼穹 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
  • 『流浪蒼穹 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)』
    郝 景芳,及川 茜,大久保 洋子
    早川書房
    3,190円(税込)
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  • 中国女性SF作家アンソロジー-走る赤 (単行本)
  • 『中国女性SF作家アンソロジー-走る赤 (単行本)』
     ,武 甜静,橋本 輝幸,大恵 和実,大恵 和実
    中央公論新社
    2,420円(税込)
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  • 逃亡テレメトリー: マーダーボット・ダイアリー (創元SF文庫 SFウ 15-4)
  • 『逃亡テレメトリー: マーダーボット・ダイアリー (創元SF文庫 SFウ 15-4)』
    マーサ・ウェルズ,中原 尚哉
    東京創元社
    968円(税込)
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 中国SFの翻訳ラッシュが止まらない。今月は、女性作家の新刊が2冊。これが4冊めの訳書となる郝景芳の『流浪蒼穹』(及川茜・大久保洋子訳/早川書房)★★★は、《新☆ハヤカワ・SF・シリーズ》の2段組で本文663頁、原稿用紙換算で1400枚の超大作。07年~09年に執筆された初期長篇で、11年〜12年に2分冊で刊行。16年にようやく一巻本にまとまった。

 時は22世紀。地球との長い戦争を経て独立を果たした火星は、地球に少年少女の友好使節団を派遣する。豊かな地球で享楽的な5年間を過ごして火星に戻った使節団のひとり、ロレインが物語の主人公。火星の英雄とも独裁者とも呼ばれる火星総督ハンスを祖父に持つ"火星のプリンセス"だが、彼女は二つの社会、二つの文化の間で引き裂かれていた。貧しくとも、誰もが平等で、社会主義の理想を実現したような火星社会。それでも若者たちは変革と自由を求めて立ち上がろうとする......。

 見るからに、作中の火星には80年代末〜90年代の中国が投影されているが、火星に託して天安門事件を描くような風刺小説ではなく、あくまでも人間に焦点を当て、21世紀に生きる若者たちの普遍的な悩みや迷いを(カミュなど先哲の言葉を頻繁に引用しつつ)鮮やかに描き出す。ロビンスン《火星》三部作などと違ってリアルな火星を描くことに力点はなく、かといってル・グィン『所有せざる人々』のように政治や社会に焦点を当てるわけでもない。むしろ、本書の次に書かれた『1984年に生まれて』への長い助走のようにも見える。SFを読まない読者にも響きそうな反面、SFとしてはやや物足りないかも。

『走る赤 中国女性SF作家アンソロジー』(武甜静・橋本輝幸編、大恵和実編訳/中央公論新社)★★★½は、中国のSF専門エージェンシー、未来事務管理局(エージェント業務のほか、SF大会の主催、ウェブSF誌〈不存在科幻〉やSFアンソロジーの編集発行なども行う)の@SHIZUKA_FAAこと武甜静の企画・発案で実現したオール本邦初訳の傑作選。著者は80年代以降に生まれた新鋭がほとんどを占め、全14篇のうち12篇は2016年以降の発表と、中国SFの"今"が一望できる。

『流浪蒼穹』の郝景芳はじめ、夏笳、程婧波、糖匪、昼温などおなじみの作家のほか、本書で初めて邦訳される作家も多数。蘇莞雯の表題作は、仮想世界でひもくじの景品の紅包にされてしまった主人公がなんとか引き抜かれまいと必死に逃げ回る愉快なVRアクション小説。さしずめ柴田勝家「オンライン福男」の逆バージョンか。個人的イチ押しは、非淆「木魅」。エイリアンの黒船が来航した幕末の日本を舞台にした改変歴史SFだが、異星人の造形が独特で、鮮烈な印象を残す。慕明「世界に彩りを」は母と娘の関係を軸にテクノロジー(視覚を強化する網膜調整レンズ)が人間にもたらす変化を描くケン・リュウ風の短篇。

 中国SFでは女性作家のアンソロジーが本書以外にも(予定含め)何冊かあるらしい。日本SFでも、こういうアンソロジーをつくろうと思えば、質・量ともに『走る赤』に負けない本が編めるはずだが、そもそも性別を明らかにしない作家もいて、考えかたがむずかしい。

 マーサ・ウェルズ『マーダーボット・ダイアリー 逃亡テレメトリー』(中原尚哉訳/創元SF文庫)★★★½は人気シリーズの3冊め。表題作は、のっけから"弊機"(ヒト型警備ユニット)が他殺死体に遭遇。なりゆきで事件の捜査に協力することに......。というわけで、今回はマーダーボット変じて名探偵の巻。しじゅう角突き合わせる警備局員インダーとのコンビも面白いが、シリーズの中では箸休め回か、それとも一話完結ミステリ(名探偵〈弊機〉シリーズ)への転換点か。オマケ短篇も2篇併録(片方はメンサー視点なので印象ががらっと変わります)。

 伴名練『百年文通』(一迅社/電子書籍)★★★★½は〈コミック百合姫〉の表紙(+α)に昨年1年連載された中篇(約200枚)の電子書籍化。冒頭の引用が示す通り、話はフィニイ「愛の手紙」の本歌取り。YOASOBI「大正浪漫」と同じ趣向だが(連載開始は『百年文通』の方が早い)、こちらの舞台は神戸なので、メインは関東大震災ではなく──とこれ以上はネタバレか。媒体が〈百合姫〉なので当然のことながら百合要素が濃厚で、ほぼ女性キャラしか出てこない。後半は「ひかりより速く、ゆるやかに」とも重なる"伴名練らしさ"が炸裂。さんざんリメイクされてきたこのネタ(時代を超えた文通)にいま改めて挑む理由が納得できる。なお、紙で読みたい人のためにフライング予告すると、本篇は7月頃に出る『ベストSF2022』(竹書房文庫)に収録予定です。

 岡本俊弥『夏の丘 ロケットの空』(スモール・ベア・プレス一)★★★½は6冊目の私家版作品集。今回のテーマは"交錯する時間"。ブラッドベリの「群衆」を日本のSFファンダムに重ねたような「ネームレス」がリアルで面白い。

 第14回ばらの町福山ミステリー文学新人賞受賞の白木健嗣『ヘパイストスの侍女』(光文社)★★★は、自動運転車の試験運転中に起きた死亡事故の謎に人間とAIが迫るミステリ。自動運転まわりとAIまわりでリアリティの差がありすぎる気もするが、最近の自動運転車SF群と読み比べると違いがはっきりして興味深い。

 乙一『さよならに反する現象』(KADOKAWA)★★★は16年~20年発表の5篇を収める作品集。心霊写真の合成が趣味の"僕"が本物(?)の幽霊と出会う「悠川さんは写りたい」が楽しい。

(本の雑誌 2022年6月号)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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