現実と架空が入り交じる近未来の暗闘『スパイコードW』

文=古山裕樹

  • 贋物霊媒師 櫛備十三のうろんな除霊譚 (PHP文芸文庫)
  • 『贋物霊媒師 櫛備十三のうろんな除霊譚 (PHP文芸文庫)』
    阿泉 来堂
    PHP研究所
    968円(税込)
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 福田和代『スパイコードW』(KADOKAWA)は、近い将来を舞台にした、中国の台湾侵攻計画をめぐる暗闘を描いている。

 台湾で有名なインフルエンサーの趙は、台湾の離島で中国本土にも近い澎湖島へと招かれる。目的地は、アメリカ企業が巨大3Dプリンターを駆使して短期間で建設した人工島のカジノだ。各国の富豪たちが招かれた場で、彼は祖国の将来に関わる会話を耳にする......。

 続く章では日本の新聞記者の視点から、上海でのできごとが語られる。かくして、それぞれの章で主人公が入れ替わり、それぞれの物語を語る。

 五つの章を通じて浮かび上がるのは、中国側の台湾に対する企みと、それに対抗する秘密組織の知略だ。武力紛争の危機を、トリックで解決する。これが、各章を貫くテーマだ。

 日本軍の秘匿資産をもとに設立された特務機関が歴史の影で動いていた─という虚構に基づく設定と、近い将来に現実に起こりうる危機。架空の存在を土台に据えることで、現実を照らし出す。

 気軽に楽しめるエンターテインメント作品であると同時に、現実の危機を浮き彫りにしてみせた一冊でもある。

 飴村行『空を切り裂いた』(新潮社)は、単著としては『粘膜探偵』から四年ぶりの一冊。一九九九年の七月、千葉県の海沿いの町を舞台に、互いに絡み合う五つの短編が不穏な世界を織り上げる。

 一時は文壇の寵児として持て囃されながら、やがて忘れられた小説家・堀永彩雲。それぞれの人生に「歪み」を抱えていた人々が、堀永彩雲の小説に接することによって、何かが開花してしまう。

 著者が得意とするグロテスクな描写は抑えぎみ(もっとも、飴村行の作品にしては......なのだが)に、奇異な小説に触れて不穏な行動に駆り立てられる人々の様子を描き出す。起きていることは陰惨なのに、各編の結末には不思議なことに爽快な解放感が漂う。

 本書の帯には「令和の「ドグラ・マグラ」」と記されているけれど、本書のベクトルはまた異なる方へと向いている。陰惨でありながらも、妙に前向きなエネルギーに満ちた小説だ。

 阿泉来堂『贋物霊媒師 櫛備十三のうろんな除霊譚』(PHP文芸文庫)は、インチキ霊媒師が霊現象にまつわる四つの事件に挑む物語。

 あらゆる霊障・祟りを祓うと豪語する霊媒師・櫛備十三。しかし実は霊が見えるだけで、祓う能力などは特にない。彼の武器は調査と観察、そして洞察力。いわば「名探偵」的な資質の持ち主である。そんな男が、助手の美幸に叱られながら、推理とハッタリを駆使して挑む四つの事件が語られる。

 殺人事件に遭遇した男の霊と対話して、事件の真相を解き明かす第一話をはじめ、ホラーというよりはミステリの色合いが濃厚な作品だ。後半も、強力な霊現象との戦いの裏側に驚きを仕掛けてみせる。

 霊媒師と、彼を尻に敷く助手の造形もさることながら、全体を通しての仕掛けも凝っている。小粒ながらも印象深い一冊だ。

 結城真一郎『#真相をお話しします』(新潮社)は、現代ならではの事象を織り込んで、最初に見えていた風景が全く異なるものに転じていく五編を収録した短編集。

 派遣された家庭教師が、訪問先の家庭の異様さに気づく「惨者面談」、マッチングアプリがもたらす危険な出会いを描く「ヤリモク」、不妊治療の結果からある真実が明かされる「パンドラ」、リモート飲み会が意外な結末へと至る「三角奸計」、離島で暮らす少年がYouTuberになろうとする「#拡散希望」。

 マッチングアプリにリモート飲み会に動画配信。現代らしい事物を題材にしつつ、土台にあるのはあくまでも人と人との関係だ。目に見えていた人間関係と、やがて浮上する隠されていた関係。その落差が衝撃をもたらす一冊である。

 阿津川辰海の『入れ子細工の夜』(光文社)は、『透明人間は密室に潜む』に続く第二短編集。コロナ禍を背景に、それぞれ趣向が異なる四つの短編が収められている。

「危険な賭け~私立探偵・若月晴海~」は、ハードボイルドへのオマージュに、意外な展開を施してみせた作品。「二〇二一年度入試という題の推理小説」は、推理小説の謎解きを入試問題にした大学をめぐる騒動を描く愉快な作品。「入れ子細工の夜」は、題名どおりの凝ったつくりで読ませる。「六人の激昂するマスクマン」は、『透明人間は~』の「六人の熱狂する日本人」に続く、ある分野に没頭する人々が謎に挑む物語。

 コロナ禍を背景としつつ、ユーモラスな展開を見せることが多い。いずれも、序盤から趣向をはっきりと示しつつ、趣向を生かした意外な結末に着地してみせる。研ぎ澄まされたアイデアを核に構築された、一編一編の個性が光る短編集だ。

 最後は連作形式ではない長編を。紺野天龍『神薙虚無最後の事件』(講談社)は、過去の未解決事件の真相をめぐって推理合戦が繰り広げられるミステリである。

 二〇年前のベストセラー『神薙虚無最後の事件』。実在した名探偵の活躍を記したシリーズの最終作で、未完のまま謎が残されていた。大学生の白兎と志希は、たまたま出会った作者の娘・御剣唯に頼まれて、大学の「名探偵倶楽部」のメンバーとともに謎解きに挑む......。

 作中作に多重推理、奇妙な構造の館と、数々のギミックを堪能できる。一方で、そうした技巧を取り払ってみると、そこにはきわめてまっすぐな物語が浮かび上がる。最初の一行に結びつく素敵な結末が、幸福を感じさせてくれる作品だ。

(本の雑誌 2022年8月号)

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●書評担当者● 古山裕樹

1973年生まれ。会社勤めの合間に、ミステリを中心に書評など書いています。『ミステリマガジン』などに執筆。

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