新鋭続々登場のアンソロジー2連発だ!

文=大森望

  • 2084年のSF (ハヤカワ文庫JA)
  • 『2084年のSF (ハヤカワ文庫JA)』
    日本SF作家クラブ
    早川書房
    1,320円(税込)
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  • 新しい世界を生きるための14のSF
  • 『新しい世界を生きるための14のSF』
    芦沢 央,天沢 時生,黒石 迩守,琴柱 遥,佐伯 真洋,坂永 雄一,斜線堂 有紀,高橋 文樹,蜂本 みさ,宮西 建礼,麦原 遼,murashit,八島 游舷,夜来 風音,伴名 練,九島 優
    早川書房
    1,496円(税込)
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  • AI法廷のハッカー弁護士
  • 『AI法廷のハッカー弁護士』
    竹田人造,shirakaba
    早川書房
    2,245円(税込)
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  • いずれすべては海の中に (竹書房文庫 ぴ 2-2)
  • 『いずれすべては海の中に (竹書房文庫 ぴ 2-2)』
    サラ・ピンスカー,市田 泉
    竹書房
    1,760円(税込)
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  • 疫神記 (上) (竹書房文庫 う 4-1)
  • 『疫神記 (上) (竹書房文庫 う 4-1)』
    チャック・ウェンディグ,茂木 健
    竹書房
    1,870円(税込)
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  • 疫神記 (下) (竹書房文庫 う 4-2)
  • 『疫神記 (下) (竹書房文庫 う 4-2)』
    チャック・ウェンディグ,茂木 健
    竹書房
    1,870円(税込)
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 日本SF短篇に新しい書き手が急増している─という話をSFマガジン8月号に書いたんですが、これから紹介する2冊がその証拠。『2084年のSF』(ハヤカワ文庫JA)★★★★は、去年出た『ポストコロナのSF』に続く日本SF作家クラブ編の書き下ろしテーマ・アンソロジー。短編寄稿者23人のうち、2017年以降に小説デビューした新鋭が6割を占める(斜線堂有紀、久永実木彦、三方行成、麦原遼、櫻木みわ、草野原々、竹田人造、春暮康一、安野貴博、揚羽はな、十三不塔、池澤春菜、逢坂冬馬、人間六度の14人)。知らない作家がずいぶん多いな......という自称SFファンはぜひ本書で認識をアップデートしてほしい。どんな話が入っているかといえば、竹田人造「見守りカメラ is watching you」は、老人ホームからの脱走を何度も試みる92歳が主役の心温まる物語。逢坂冬馬「目覚めよ、眠れ」は、無眠技術で到来した超高度生産性社会の悪夢を描く。久永実木彦「男性撤廃」はすべての男性が凍結されて数十年を経た(鈴木いづみ「女と女の世の中」みたいな)女性ばかりの平穏な未来の話。もっとも、『一九八四年』を意識した作品は少数派。池澤春菜「祖母の揺籠」では体内に30万人の子供たちを抱える直径50メートルの"祖母"が自身の来歴を語り、人間六度「星の恋バナ」では女子高生が操縦する身長26キロの巨大ロボがスーパー大怪獣と戦い、草野原々「かえるのからだのかたち」ではカエルの細胞を使った人工生物が火星に植民都市を建設する。個人的ベストは斜線堂有紀「BTTF葬送」。"魂が入ってない映画はつまらないよね"みたいなクリシェから"映画の魂"が実在する世界を想像し、"その魂の数が有限だとしたら"という前提のもとに思いがけないストーリーを紡ぎ出す。80年代映画へのこだわりはともかく、映画ネタ奇想小説の最高峰。

 対する伴名練編『新しい世界を生きるための14のSF』(ハヤカワ文庫JA)★★★★½は、ここ5年間に発表された(新鋭による)日本SFの傑作選。収録作が扱う各テーマに関連する作品の紹介(各4ページ)がつくのが特徴で、テーマ別SFガイドとしても機能する。日本SFアンソロジー史上たぶん最厚の816ページを誇る大冊でありながら収録作はわずか14編というのがもうひとつの特徴で、つまり長い作品が多い。しかもそのうち2編は第11回創元SF短編賞の落選作(最終候補作)。夜来風音「大江戸しんぐらりてい」は、多数の算術長屋を連ねて構築された人力コンピュータ「人麿機関」(徳川光圀が出資し、関孝和と安井算哲が構築)が暴走する改変歴史ドタバタSFで、田中啓文みたいなオチを含めてツッコミどころは山ほどあるが、ドライヴ感は無敵。もうひとつの落選作である佐伯真洋の卓球SF「青い瞳がきこえるうちは」も含め、創元SF短編賞初期なら《原色の想像力》で書籍化されていたレベルだが、同シリーズは売れ行き不振で中断。その失敗を反面教師にして(?)新たなパッケージングを考え抜いた末に生まれた新鋭傑作選が本書だとも言える。巻頭と巻末を飾る八島游舷「Final Anchors」と琴柱遥「夜警」はともにゲンロンSF創作講座初出。SFマガジン「百合特集2021」掲載の斜線堂有紀「回樹」は(これに入らなければ)『ベストSF2022』にほしかった秀作。芦沢央「九月某日の誓い」は『ザ・ベストミステリーズ2021』にも採録された大正超能力百合SF。その他、坂永雄一の蜘蛛SFや天沢時生の圧縮陳列店舗増殖拡大SFなど、強烈なインパクトを誇る作品多数。

 竹田人造『AI法廷のハッカー弁護士』(早川書房)★★★★は、第8回ハヤカワSFコンテスト優秀賞の『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』で一昨年デビューした新鋭の第2作。今回は裁判官がAIに交替した近未来を背景とする法廷もので、古美門研介(リーガル・ハイ)系の不敗弁護士・機島雄弁が毎回裏技を駆使して勝訴を掴む。惚れ惚れするようなどんでん返しが炸裂するラストは必見。ある意味、特殊設定法廷ミステリの極北なので、リーガルミステリ愛好者はお見逃しなく。

 サラ・ピンスカー『いずれすべては海の中に』(市田泉訳/竹書房文庫)★★★★は、2020年のディック賞に輝く第一短編集(既発表の47編からバランスを考慮して著者自身が13編を選び、配列を決めたとか)。2014年のスタージョン賞に輝く「深淵をあとに歓喜して」は、66年連れ添った夫が脳梗塞で倒れたあと、老いた妻が夫の秘密に触れる夫婦小説の傑作。「風はさまよう」は、データが失われた地球文化を記憶から再現し、後世に伝えようと努力する世代宇宙船の乗客たちの話。「オープン・ロードの聖母様」は『新しい時代への歌』の原型となったノヴェレットで、2016年のネビュラ賞受賞作。「イッカク」は、バットモービルのクジラ版みたいな改造車を運転する長旅の途中で驚愕の真実に遭遇する裏返しのスーパーヒーロー小説。「そして(Nマイナス1)人しかいなくなった」は、さまざまなマルチバースから招かれた200人のサラ・ピンスカーが孤島に集う大会(サラコン)の夜、ひとりのサラが遺体で見つかる─という特殊設定SFミステリ。

 チャック・ウェンディグ『疫神記』(茂木健訳/竹書房文庫)★★★★½は、上下巻合計1500ページの超大作。キング『ザ・スタンド』、マキャモン『スワン・ソング』系列のパンデミック終末ものだが、上巻のラストでまさかの展開があり、SF的にも思いがけない飛躍を遂げる。SF読者も長さにめげずトライする価値が充分以上にあります。

(本の雑誌 2022年8月号)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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