初鹿野創〈ラブだめ〉は本格陰謀小説である!

文=古山裕樹

  • 現実でラブコメできないとだれが決めた? (6) (ガガガ文庫 ガは 8-6)
  • 『現実でラブコメできないとだれが決めた? (6) (ガガガ文庫 ガは 8-6)』
    初鹿野 創,椎名 くろ
    小学館
    935円(税込)
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  • ループ・オブ・ザ・コード
  • 『ループ・オブ・ザ・コード』
    荻堂 顕
    新潮社
    1,950円(税込)
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  • 祈りも涙も忘れていた
  • 『祈りも涙も忘れていた』
    伊兼 源太郎
    早川書房
    1,860円(税込)
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  • 残星を抱く
  • 『残星を抱く』
    矢樹純
    祥伝社
    1,500円(税込)
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  • 走る凶気が私を殺りにくる (メディアワークス文庫)
  • 『走る凶気が私を殺りにくる (メディアワークス文庫)』
    三浦 晴海
    KADOKAWA
    770円(税込)
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 陰謀ものが好きだ。

 社会の裏側で、ひそかに自らの望む形に社会を作り替えようと企む者と、それを妨げようとする者の物語。世の中は見えているとおりのものではなく、物事には裏や奥に意外な真相が潜んでいる。

 そうした物語はたいてい背景に政治が絡んでいるけれど、それは決して必須ではない。陰謀ものとして優れた作品は、ときに意外なところで見つかる。

 初鹿野創の、『現実でラブコメできないとだれが決めた? 6』(ガガガ文庫)でひとまず完結した〈ラブだめ〉全6冊がそうだ。ラブコメ好きの高校生を主人公にしたライトノベル──そんな外面からはまったく想像できないが、これは意外な角度から描かれた、陰謀小説の秀作である。

 物語は主人公・耕平が高校に入学した4月から始まる。ラブコメ好きではあるが、現実はラブコメのようにはいかない。それなら現実の方を作り替えてしまえ! と意気込む彼は、大量のデータ分析を駆使しながら、ひそかに自らを取り巻く環境を変えていこうと奔走する。一方、彼の動きに気づき、ある思惑から彼を妨げようとする者が、耕平の身近なところにいた......。

 そう、これは陰謀を企む側を主人公に据えた陰謀ものだ。序盤ではまだ妨害者の存在に気づいていない耕平だが、最終巻の本書では、相手の出方を読んだ上で対抗策を仕込んでみせる。こうした裏の裏を読み合う展開は、ロバート・リテルのスパイ小説を想起させる。

 物語そのものはいたって爽やかな青春ものらしい方向に回収されるのだけれど、ストーリーのねじれ具合はかなり本格的な陰謀小説である。

 張り巡らされた伏線が思わぬ形で回収される展開はもちろん、ラブコメ好きの主人公の企みを描くラブコメとして、自ジャンルへの言及が重ねられる構造も、ある種のミステリ好きの心を刺激するに違いない。

 こちらはよりストレートに謀略を描いた小説。『擬傷の鳥はつかまらない』でデビューした荻堂顕の第二作『ループ・オブ・ザ・コード』(新潮社)である。伊藤計劃の『虐殺器官』や『ハーモニー』などを連想させつつも、また異なる領域に着地する物語だ。

 世界は〈疫病禍〉を経験し、WHOが再編され、遥かに強い権限を持つWEO──世界生存機関が設けられた。その職員・アルフォンソは、多数の児童が原因不明の発作を伴う病気を発症した国に、調査のため派遣される。その国、イグノラビムスは、20年前に起きた虐殺事件の結果、WEOのプログラムによって歴史の一切が〈抹消〉され、人々の名前までもが変更され、かつての民族のアイデンティティが消去された国だった......。

 歴史を〈抹消〉された社会。アルフォンソの調査を通じて、無個性だが秩序のあるイグノラビムスの社会が抱えた「歪み」が浮かび上がる。

 未来の架空の国を舞台にしているけれど、ここに描かれているのは絵空事とはいえない。起こりうる未来、あるいは今の現実の変奏といってもいい。謀略小説という枠組みを駆使して、大きなテーマを扱ってみせた小説である。

 こちらもある企みをめぐる物語。伊兼源太郎『祈りも涙も忘れていた』(早川書房)は、地域で強大な力を持つ人物に挑む警察官たちの物語だ。

 V県警に赴任した若手キャリア警察官の甲斐は、ベテラン刑事たちに翻弄されながらも、管理官としての主導権を確立していく。一方、次々と発生する凄惨な殺人の背後には、県内の政財界を揺るがす大物が関わっていた......。

 一昔前のハードボイルド小説を思わせる主人公の語りも、日本語の日常会話にしては気が利きすぎている台詞も心地よい。若手キャリアとして海千山千のベテランたちと向き合う、主人公の成長と変容も本書の魅力だ。

 個々の登場人物も記憶に残る。その言動が伏線として働き、後に驚きをもたらす構造も、そして喪失と苦味に満ちた読後の余韻も忘れがたい。

 一方、矢樹純『残星を抱く』(祥伝社)は、刑事の家族の視点から事件を描いてみせる。

 五歳の娘とのドライブ。山からの帰り道に拉致事件を目撃した柊子は、加害者に追い回される。必死に逃げようとアクセルを踏んだ彼女がドアミラーに見たのは、ガードレールを越えて崖から落ちていく男の姿だった。どうにか帰宅した柊子だが、刑事である夫には言い出せずにいた。そして、彼女の家に不穏な手紙が届く......。

 作者の短編には、家族の軋みをめぐる物語が多く描かれている。本書もまた、そうした家族の物語をいくつも組み合わせて、緊張に満ちたサスペンスに仕上げている。特に二章ラストの衝撃から、最終章に至る思い切った仕掛けに戦慄する。終盤の疾走感と、意外な展開と鮮やかな結末。読後、再び最初から読み返したくなる作品だ。

 さらにシンプルな形で、迫り来る恐怖を描いてみせたサスペンスが、三浦晴海『走る凶気が私を殺りにくる』(メディアワークス文庫)だ。

 千晶は介護タクシーの運転手。認知症の老人を送迎の途中、煽り運転に遭遇する。車は執拗に彼女のタクシーを追い続ける。老人を助手席に乗せたまま逃げ続ける千晶は、煽り運転の主が自分の過去と関わっているのではないかと推測する......。

 置かれた状況からリチャード・マシスンの「激突!」を連想したものの、本書は主人公の過去が少しずつ語られて、煽り運転の主の正体が見えてくる過程に重点をおいている。助手席の老人もなかなか忘れがたいキャラクター。車を走らせながらの恐怖の一夜。そのサスペンスを満喫できる一冊だ。

(本の雑誌 2022年10月号)

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●書評担当者● 古山裕樹

1973年生まれ。会社勤めの合間に、ミステリを中心に書評など書いています。『ミステリマガジン』などに執筆。

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