情熱と青春てんこ盛りの村山由佳『星屑』に大満足!

文=高頭佐和子

  • イオカステの揺籃 (単行本)
  • 『イオカステの揺籃 (単行本)』
    遠田 潤子
    中央公論新社
    1,980円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 私の文学史: なぜ俺はこんな人間になったのか? (NHK出版新書 681)
  • 『私の文学史: なぜ俺はこんな人間になったのか? (NHK出版新書 681)』
    町田 康
    NHK出版
    968円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

 村山由佳『星屑』(幻冬舎)は、スターを目指す少女たちの物語だ。「そういうキラキラした話は、今気分じゃないんだよなあ」と思ってしばらく放置していたことを告白しておく。とんだバカヤロウになるところであった。とりあえずページをめくったところ、ほんの数ページでガッチリ心を掴んできた。村山マジック、すごい! 幸福に満ちた時間を過ごさせてもらったことに感謝したい。

 時は昭和五十年代前半、芸能プロダクションに就職して約十年の桐絵は、仕事で福岡に来ていた。上司の峰岸に連れていかれたライブハウスで、この世に二つとない歌声を持つ十六歳の少女・ミチルに出会い、その才能に魅了される。職場では何の権限もない桐絵だが、独断でミチルを東京に呼び寄せ、レッスンを受けさせようとする。専務の娘である真由のデビューを成功させようとしている峰岸から妨害されるものの、ミチルが同じ事務所の演歌歌手・城田万里子の前で歌ったことをきっかけに、運命は大きく動き始める。

 荒削りだが規格外の才能と個性に恵まれ、歌への情熱と素朴な魅力を持ったミチル。テクニックも容姿も一流のサラブレッドで、プライドが高く負けず嫌いな真由。一見正反対ではあるが、本人たちも気づいていない共通点を持つ二人は、激しく反発し合う。クセは強いが一本筋の通った実力派歌手の万里子と、女であるがゆえに雑用しか任せられず、悔しい思いを重ねてきた桐絵の熱さには心が動かされる。登場場面は少ないがインパクトのあるミチルの母と、名前しか出てこない真由の母も気になる存在だ。出世欲や金儲けに縛られているようでいて、「音楽の神」に背くことはできず、ミチルの才能を開花させようと力を合わせる男たちもいい。一人一人にくっきりした物語があり、脳内でスピンオフドラマが次々に再生されていくようだ。

 情熱、青春、恋、友情、好敵手の存在、男社会への反発、過去の因縁、出生の秘密......。トッピングを全部乗せたカレーライスのようにテンコ盛りである。胸焼けしそうな量なのに、絶妙なコクと新鮮なスパイス、甘酸っぱい付け合わせのおかげで、一気に食べてしまい大満足!という感じだ。そして、私の心は早くも続編という名のおかわりを求めている。彼女たちに待ち受けている、衝撃的な運命を、一刻も早く耽読したい。

 ちなみに、五月に刊行された桜木紫乃『孤蝶の城』(新潮社)も、昭和の芸能界が舞台である。全く違うタイプの吸引力のある小説だ。ぜひ合わせてお読みいただきたい。

 横山拓也『わがままな選択』(河出書房新社)は、演劇界出身の著者による初小説だ。まもなく四十歳になる静生はファミレスの店長である。大学の同級生である沙都子と、子どもを作らないという約束で結婚して十年ほど経った。大手の不動産会社で順調に出世している妻は自分よりずっと高収入だが、静生はそういうことで卑屈になるタイプではなく、夫婦仲は良好だ。こだわりと言えばコーヒーの淹れ方くらいで、毎朝ドリップして一緒に飲むことにしている。フリーランスで働く弟夫婦とも、関係は良い。そんな平穏で満ち足りた日常が、沙都子の妊娠疑惑と、病を得た静生の母が尊厳死を希望していると知ったことで変化していく。

 どんな人もいつかは経験する命と向き合う苦しさ。誰にも言えずに抱えている人生の重み。その深刻さを真摯に表現しつつも、リアリティのある日常会話と軽やかなユーモアがあるところがいい。母親だから、妻だから、長男だから、何歳だからという決めつけから解放される生き方を、予定調和に流されることなく、温かくさわやかに描いている。いくつになっても、人は迷ってみたり、新しいことを始めてよいのだと、素直に思わせてくれる大人の青春小説だ。静生の淹れるコーヒーが美味しそうだ。私も、こんなコーヒーを淹れられるようになりたいなあ。

 家族を描いた小説でも、遠田潤子『イオカステの揺籃』(中央公論新社)には、濃厚さとエグ味が際立っている。歪んだ美しさに怯えながらも、読み始めると止まらない!

 薔薇の花が咲き乱れる屋敷で、「バラ夫人」と呼ばれる母と、大手ゼネコンに勤める父親に育てられた気鋭の建築家が主人公だ。タイルメーカーで働く妻の妊娠をきっかけに、家族の中で隠されていた秘密や、それぞれの心の闇が明らかになっていく。長く不倫していた部下から拒絶され、窮地に追い詰められる父。母を嫌い家を出て、孤独な男と同棲している妹。そして、主婦として完璧に見えた美貌の母は、生まれてくる孫が男子だと知り、異常な執着を見せ始める。妊娠中の妻は不安に陥れられ、なんとかバランスを保っていた家族は崩壊していく。

 エスカレートするバラ夫人の行動に震撼させられ、父親の身勝手さに怒り震え、妹の苦しみに心が痛くなり、主人公の鈍さにイラつかせられ......、とにかく緊張しっぱなしで読み進めたのだが、徐々にひもとかれていく家族の過去は、悲しく切なく、辛かった。家族とは、身近のようでいて最も近寄り難い存在なのだろうか。体力と気力がある時に読むことをおすすめする。

 町田康『私の文学史 なぜ俺はこんな人間になったのか?』(NHK出版新書)は、脳内のツボが刺激される新書だ。カルチャースクールの講義を元に編集された本なのだが、まずは表紙の著者写真のかっこよさに心打たれてしまった。あの独特の文体と表現力はなぜ生まれたのか。子供時代、青春期、パンク歌手時代、そして小説家になってからの読書と創作の遍歴を、冷静に振り返る著者の語り口に痺れつつ、自分自身の本の読み方や文章の書き方を見つめ直さずにはいられない。読書欲もわきまくる貴重な一冊だ。

(本の雑誌 2022年10月号)

« 前のページ | 次のページ »

●書評担当者● 高頭佐和子

神奈川県生まれ。都内在勤書店員。文芸書担当。

高頭佐和子 記事一覧 »