堅実さと大胆さが同居した『女副署長 祭礼』を推す!

文=古山裕樹

  • 女副署長 祭礼 (新潮文庫 ま 58-3)
  • 『女副署長 祭礼 (新潮文庫 ま 58-3)』
    松嶋 智左
    新潮社
    693円(税込)
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 第一作の舞台は、警察署内という閉鎖空間。第二作の舞台は海辺の小さな町で、こちらも閉ざされた領域だった。

 松嶋智左『女副署長 祭礼』(新潮文庫)は、女性警察官の主人公が数々の事件に挑むシリーズの第三作。本書では、舞台が県庁所在地──都会へと移る。

 田添杏美が副署長を務める旭中央署に、キャリアの女性警視正が新たな署長として赴任する。

 六年前に行方不明となった女児の捜索、強盗傷害事件を起こして逃亡中の男の目撃報告。さらに県警本部の監察課長が、新任署長の交際相手の男について探るよう、密かに杏美に依頼した。いくつもの問題を抱えた杏美が落ち着く暇もないうちに、さらに新たな事件が......。

 複数の事件が同時に進行する、いわゆるモジュラー型の警察小説である。

 地道な捜査活動を手堅く描く、地に足のついた警察小説だ。その一方で、意外な真相を些細な手がかりから読み解いてみせる、精緻な謎解きと鮮やかな演出も楽しめる。シリーズの過去二作と同じく、堅実さと大胆さの同居した一作である。複数の事件をきれいに収束させて、味わい深いラストシーンへと着地する構築の手際も見事だ。

 残念ながらこのシリーズは本書で幕を閉じてしまうけれど、作者の描く女性警察官の物語にこれからも期待している。

 こちらもシリーズ作品。阿泉来堂『邪宗館の惨劇』(角川ホラー文庫)は、ホラー作家・那々木悠志郎が怪異に挑む物語の第四作である。

 バスの事故によって山奥で立ち往生した耕平は、他の乗客たちとともに近くの廃墟へと逃れた。そこはある宗教団体の施設で、かつて大量死事件が起きた場所だった。その夜、乗客たちを惨劇が襲う。そして気がつくと耕平は、事故を起こす前のバスに乗っていた。まったく同じ事件が繰り返され、耕平は自分が同じ一日を反復し続けていることを確信する......。

 同じできごとを繰り返す中に突如「例外」として現れた那々木が、耕平の陥った繰り返しの謎を解き明かす。

 作中で起きる怪異はまぎれもないホラー。一方で、序盤から見えていた小さな疑問が、意外な真相の手がかりとなる構成と、怪異の背後に潜むロジックを解き明かす手つきはミステリとしかいいようがない。

 感動に満ちた決着をみせるクライマックスから、さらにひとひねりしたラストへ。那々木の宿敵ともいうべき存在も浮上し、シリーズのこれからへの期待も高まる。

 森晶麿『探偵と家族』(早川書房)は、高円寺の探偵事務所の物語。

 ある事件をきっかけに探偵から専業主夫になってしまった父、事務所を維持する母、そして娘と息子。四つの章で四人それぞれが主役を務め、それぞれの事件に挑む。

 各自がそれぞれ好き勝手に行動しながら、最後は一つの事件に向かって動き出す。謎とその解決もさることながら、四人それぞれのキャラクターと、要所で顔を出すおばあちゃんの個性が印象深い。四人はそれぞれのやり方で「探偵」としての務めを果たそうとする。それに加えて、「家族」としてどう生きていくのかを模索している。探偵として、家族として、二重の探索のプロセスで読ませる。謎解きとサスペンスが詰まったタイプの物語ではないが、穏やかな着地が心地よい一冊だ。

 こちらも家族の物語といっていいだろう。久保りこ『爆弾犯と殺人犯の物語』(双葉社)は、五つの短編がゆるやかにつながって、秘密を抱えた男女の風景を浮かび上がらせる作品だ。

 二人は夜の公園で出会った。小夜子はかつて爆発事故に遭遇して左目を失い、今では義眼を入れていた。空也は彼女の義眼に魅了され、彼女を愛するようになる。彼には秘密があった。小夜子から片目を奪った爆弾は、空也が作ったものだったのだ。そして、小夜子もまた秘密を抱えていた......。

 と意味ありげに書いてみたものの、題名でおわかりだろう。秘密を抱えた者たちの、淡々とした(しかし企みに満ちた)会話で読ませる物語だ。第三話では再び空也の視点から語られるものの、他の三編はそれぞれ異なる人物の視点から語られる。語りの過程で、それぞれの物語が少しずつつながって、まとまった「絵」を形作る。そうしたリンクによる全体像もさることながら、個々のディテールが光る作品である。

 複数の短編がつながりあう構造は、道尾秀介『いけないⅡ』(文藝春秋)も同様だ。本書は前作『いけない』と同じ趣向。各編の最後に収められた写真によって、それまで記されてきた物語に潜む、表立って語られなかった部分が浮かび上がる。

 写真一枚であっと言わせるような仕組みではなく、写真と本編の文章とを突き合わせて、読者が能動的に読み解いていく必要がある。ただし、次章の中で前章の事件について語られて、隠された部分がある程度は示されているため、前作に比べると「親切」なつくりになっている。難易度は下がった一方、個々の人物や背景の描写は前作以上に掘り下げられて、人間関係の歪みと残酷さ、そして悲しみが心に刺さる。

 難易度を下げたとはいえ、ただ普通の小説に近づけたというわけでは決してない。最終章の最後に置かれた写真がもたらす感興は、この形式だからこそ醸し出せるものだ。

 前作、あるいは『N』もそうだが、形式への挑戦が、物語としての感動と重なり合う境地を見せてくれる一冊だ。『いけないⅢ』も楽しみになるうえ、また新たな形へのチャレンジにも期待したくなる。

(本の雑誌 2022年12月号)

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●書評担当者● 古山裕樹

1973年生まれ。会社勤めの合間に、ミステリを中心に書評など書いています。『ミステリマガジン』などに執筆。

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