採れたて改変歴史SFアンソロジー『ifの世界線』がすごい!

文=大森望

  • ifの世界線 改変歴史SFアンソロジー (講談社タイガ)
  • 『ifの世界線 改変歴史SFアンソロジー (講談社タイガ)』
    石川 宗生,小川 一水,斜線堂 有紀,伴名 練,宮内 悠介
    講談社
    759円(税込)
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  • Genesis この光が落ちないように
  • 『Genesis この光が落ちないように』
    宮澤 伊織ほか
    東京創元社
    2,200円(税込)
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  • Rikka Zine Vol.1 Shipping
  • 『Rikka Zine Vol.1 Shipping』
    橋本 輝幸
    BCCKS Distribution
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  • 眉村卓の異世界物語: トリビュート作品集
  • 『眉村卓の異世界物語: トリビュート作品集』
    眉村卓 芦辺拓 北野勇作 岡本俊弥 藤野恵美 雫石鉄也 高井信 菅浩江 竹本健治 河内実加 椎原悠介 深田亨 大熊宏俊 石坪光司 村上知子 堀晃,「眉村卓の異世界物語」刊行委員会
    Independently published
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  • 仕事ください (竹書房文庫 ま 8-2)
  • 『仕事ください (竹書房文庫 ま 8-2)』
    眉村 卓,日下 三蔵
    竹書房
    1,430円(税込)
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  • 明日をこえて (海外文庫)
  • 『明日をこえて (海外文庫)』
    ロバート・A・ハインライン,内田 昌之
    扶桑社
    1,045円(税込)
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  • クロノス・ジョウンターの黎明
  • 『クロノス・ジョウンターの黎明』
    梶尾真治
    徳間書店
    1,870円(税込)
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 秋の日本SFアンソロジー祭りはまだつづく。『ifの世界線』(講談社タイガ)★★★★½は、小説現代4月号と10月号に掲載された5作を集めるハイレベルな採れたて改変歴史SFアンソロジー。まさかタイガでこんな本が出るとは。とりわけ、巻末の伴名練「二〇〇〇一周目のジャンヌ」は年間ベスト級の傑作。ジャンヌ・ダルク評価の"再検討"のため、模造人格の時間が火刑直前を起点として果てしなくループさせられるうち、いくつかの周回では思わぬ展開が......。ケン・リュウ「歴史を終わらせた男──ドキュメンタリー」やチャン・ガンミョン「アラスカのアイヒマン」と並べて読みたい。

 他の4編も秀作揃い。石川宗生「うたう蜘蛛」は、16世紀の南イタリアに蔓延するタランティズム(死ぬまで踊り続ける流行病)にパラケルススが立ち向かう仰天の音楽SF。宮内悠介「パニック──一九六五年のSNS」はベトナム戦争の取材から帰国した開高健がSNSで大バッシングされる世界初の炎上事件の顛末を描く。斜線堂有紀「一一六二年のlovin'life」は、和歌に詠訳(英訳)を添えるのが必須となった平安末期を背景に、詠語が苦手の式子内親王と、詠訳担当を買って出た女房・帥との深い絆を描く。小川一水「大江戸石廓突破仕留」は、高さ30メートルの超巨大な石壁に囲まれた明暦3年1月の江戸に危機が迫る明朗時代劇。

 対する東京創元社の『Genesis Ⅴ この光が落ちないように』★★★★は書き下ろし日本SFアンソロジー・シリーズの5冊目にして最終巻(以後は〈紙魚の手帖〉に引き継がれる模様)。全6編のうち、八島游舷「応信せよ尊勝寺」は、創元SF短編賞を受賞した「天駆せよ法勝寺」の前日譚というか、現在執筆中の長編版の序章になるらしい。「法勝寺」に勝るとも劣らない面白さで、長編版に期待が高まる。空木春宵「さよならも言えない」は装いのスコアが重要な意味を持つ社会が舞台。主人公のミドリは、服飾局衣紋部に勤めるエリートだが、ある少女との出会いから道を外れる。話の骨格はよくあるディストピアものだが、ファッションのディテールが独自の輝きを与えている。

 巻末の笹原千波「風になるにはまだ」は第13回創元SF短編賞受賞作。デジタル人格が生身の人間に間借りして同窓会に出席する──というありがちな話がものすごく細やかに生き生きと描かれ、すばらしく新鮮に見える。体を借りる側は服飾デザイナーで、こちらも衣服が重要な役割を果たす。宮澤伊織のドタバタユーモア連作(配信者もの)第3弾はあいかわらず好調。水見稜「星から来た宴」はファーストコンタクトと音楽をめぐる叙情的な佳品。『ユア・フォルマ』の菊石まれほの初短編は、端正なつくりながら、やや大人しすぎる印象。

 橋本輝幸責任編集(+5編を翻訳)の『Rikka Zine Vol.1』(Rikka Zine)★★★½は、日本人作家の新作11編と論考1編(A・レナルズ論)に加え、英語(+ベンガル語)・中国語・韓国語からの翻訳7編を収録。"あたらしいSFとファンタジーの雑誌"の創刊号だが、テイストはオリジナルアンソロジーに近い。日本語作品では、終末の近づく世界で飛脚と呼ばれる奇妙な鳥を捕まえようとする子どもたちを描く千葉集「とりのこされて」、コンテナ船の積み荷リストにある"悪霊"(80体で20トン)の調査に赴く根谷はやね「悪霊は何キログラムか?」、傷ひとつない蝉の抜け殻を見つけたことから世界の真実を発見する稲田一声「きずひとつないせみのぬけがら」が印象に残った。なお、英語からの翻訳のうち4編はブラジルの若手作家の作品。

 同じく私家版の『眉村卓の異世界物語 トリビュート作品集』★★★は、『眉村卓の異世界通信』の姉妹編というか小説編。芦辺拓、藤野恵美、雫石鉄也、高井信らが新作短編を寄稿するほか、竹本健治(漫画原作)+河内実加(作画)、北野勇作、菅浩江、岡本俊弥(編集も担当)、堀晃らも参加している。小説パートを締めくくるのは眉村さんのひとり娘、村上知子さんの「丸池の畔で」。父娘の海外旅行の思い出を現地で知り合った外国人の視点からしみじみと描き、眉村ワールドを締めくくる。その眉村卓の『仕事ください』(日下三蔵編/竹書房文庫)は、不条理SF系の短編集『奇妙な妻』に、著者短編集未収録の〈宇宙塵〉掲載作3編を加えた作品集。中でも、世界が終末を迎える夜の家族を描いた「その夜」は、著者が同誌に初めて寄稿した正真正銘のSFデビュー作。「文明考」は第一長編『燃える傾斜』の原型短編。

 ロバート・A・ハインライン『明日をこえて』(内田昌之訳/扶桑社ミステリ)★★は巨匠が初めて書いた長編(1941年に雑誌掲載、49年に書籍化)。黄色人種に支配されるアメリカの白人6人が万能すぎるスーパー科学を駆使して敵を蹴散らし国を取り戻す。黄禍論に傾倒するキャンベル編集長の原案というだけあって、ゴリゴリの反アジア願望充足架空戦記というか、俺TUEEE系の異世界転生ものみたい。人種差別ネタもてんこ盛りで、70年以上翻訳されなかったのも当然か。レジスタンスの隠れ蓑にウソ宗教をでっちあげるところだけちょっと面白い。まあ、短くてすぐ読めるので話のタネにどうぞ。

 梶尾真治『クロノス・ジョウンターの黎明』(徳間書店)★★★は、〈クロノス・ジョウンター〉誕生の経緯を物語るシリーズ初長編。過去を変えて憧れのマドンナを事故死から救いたい──という何千回何万回変奏されてきたネタに正面から挑めるのが著者の特権か。しかし若き青井秋星はもうちょっと考えてから行動してもよかった気が。

(本の雑誌 2022年12月号)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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