現在進行形の危機を扱う『危機と人類』をぐいぐい読む!

文=冬木糸一

  • 危機と人類(上)
  • 『危機と人類(上)』
    ジャレド・ダイアモンド,小川 敏子,川上 純子
    日本経済新聞出版
    1,980円(税込)
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  • 危機と人類(下)
  • 『危機と人類(下)』
    ジャレド・ダイアモンド,小川 敏子,川上 純子
    日本経済新聞出版
    1,980円(税込)
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  • ミヤザキワールド‐宮崎駿の闇と光‐
  • 『ミヤザキワールド‐宮崎駿の闇と光‐』
    スーザン ネイピア,Susan Napier,仲 達志
    早川書房
    3,300円(税込)
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  • 世界物語大事典
  • 『世界物語大事典』
    ミラー,ローラ,孝之, 巽,Miller,Laura,敏弥, 越前
    三省堂
    4,620円(税込)
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  • 宇宙の地政学:科学者・軍事・武器ビジネス 上
  • 『宇宙の地政学:科学者・軍事・武器ビジネス 上』
    ニール・ドグラース・タイソン,北川 蒼,國方 賢
    原書房
    2,640円(税込)
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  • 宇宙の地政学:科学者・軍事・武器ビジネス 下
  • 『宇宙の地政学:科学者・軍事・武器ビジネス 下』
    ニール・ドグラース・タイソン,北川 蒼,國方 賢
    原書房
    7,510円(税込)
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  • コラプション:なぜ汚職は起こるのか
  • 『コラプション:なぜ汚職は起こるのか』
    レイ・フィスマン,Ray Fisman,ミリアム・A・ゴールデン,Miriam A.Golden,溝口 哲郎,山形 浩生,守岡 桜
    慶應義塾大学出版会
    2,970円(税込)
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  • ニューロテクノロジー ~最新脳科学が未来のビジネスを生み出す
  • 『ニューロテクノロジー ~最新脳科学が未来のビジネスを生み出す』
    茨木 拓也
    技術評論社
    2,178円(税込)
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  • みんなにお金を配ったらー―ベーシックインカムは世界でどう議論されているか?
  • 『みんなにお金を配ったらー―ベーシックインカムは世界でどう議論されているか?』
    アニー・ローリー,上原 裕美子
    みすず書房
    3,300円(税込)
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 今号からノンフィクションガイドを担当する、冬木糸一と申します! これからしばらくの間よろしく。というわけで最初に紹介するのは『銃・病原菌・鉄』で世界にその名を轟かせたジャレド・ダイアモンドの『危機と人類』(小川敏子、川上純子訳/日本経済新聞出版社)。七つの近代国家を対象として、それぞれの国が直面してきた危機と、それをどのように乗り越えたのかを比較しながら考察していく。壮大な歴史ノンフィクションである。

 本書では考察にあたって、まずは①自国が危機にあるという世論の合意、②他の国々を問題解決の手本にすることなど、危機を終結させるための一二の要因を導き出している。そうした枠組を元に、イギリスからの離脱を迫られたオーストラリアのナショナルアイデンティティの危機、明治維新の頃の日本など、無数のケースを通してそこに共通するものを描き出していく。

 そうして、最終的には今まさに日本を襲っている少子高齢化、女性の活躍機会の少なさといった、「世界で現在進行形の危機」を取り扱っていくのである。この世界をまるごと対象にとった大きな語りはジャレド・ダイアモンドの真骨頂! 齢八〇を超えての著作であるにもかかわらず、ぐいぐい強烈に読み進ませてくれる労作である。

 続いてはスーザン・ネイピアによる宮崎駿批評・伝記の傑作『ミヤザキワールド──宮崎駿の闇と光──』(仲達志訳/早川書房)。宮崎駿論は本邦にも多数存在しているが、本書の特色は宮崎駿の人生と、彼の生きてきた時代性と作品を密接に絡ませながら「宮崎駿という作家の総体」を理解しようとする点にある。筆致は情熱的であると同時にロジカルだ。作品解説において重要な部分については文字数を費やしてシーンを描写してみせるのだが、その描写がまた美しく鮮やかに映像が浮かび上がってくる。とりわけ嬉しかったのは、宮崎駿の思想が色濃く出ている漫画版『風の谷のナウシカ』に一章を割いてくれていることだ。一作でも宮崎の作品に浸ったことがある人なら、一読をオススメする。

 物語繋がりで紹介しておきたいのは、ローラ・ミラー総合編集による『世界物語大事典』(越前敏弥訳/三省堂)。これは大変豪華な本だ。『ギルガメシュ叙事詩』から始まって、『千夜一夜物語』、『指輪物語』など、主に幻想/ファンタジィ/SFに関連する物語の網羅的なガイドブックになっている。ここ数年のものまでカバーしているのが特徴で、たとえば現代SF最大の話題作アン・レッキー〈叛逆航路〉三部作(二〇一三〜二〇一五)の紹介も入っている。文字だけでなく、必ず本を象徴する絵画やイラスト、映画化された際のシーンなどが差し挟まれており、ぱらぱらとめくるだけでも楽しい。物語好きにはぜひ手にとってもらいたい。

 続いて軍事関係でニール・ドグラース・タイソン『宇宙の地政学』(北川蒼、國方賢訳/原書房)を紹介しよう。全地球測位システム、通信、監視、ナビ、気象観測など現代の社会や軍隊は衛星に依存している。であればこそ、それを攻撃する動機も高まり、今制空権ならぬ制宙権をめぐる緊張感はいや増しているのだ。本書は、天体物理学と戦争の関わりを、まだ占星術しか存在しなかった紀元前のギリシャからたどり直していく。読み終えると、世界で大きな力を持つ国々は、宇宙のふるまいについて高度な知識を持つ科学者を有する国々であったことがよくわかる。

 軍事の次は政治。レイ・フィスマン、ミリアム・A・ゴールデン『コラプション なぜ汚職は起こるのか』(慶應義塾大学出版会)は汚職のメカニズムを明らかにしていく一冊だ。たとえば、公務員の給料をあげれば、汚職は減るのか?(減る)、汚職が存在することは経済を効率化させるので本当は良いのではないか?(いくつかの実証によって否定されている。汚職は経済活動を悪化させる)、国家レベルの富と汚職には相関があるか?(一人当たりGDPが高い国は汚職の割合は低い)など無数の疑問に答えていく。汚職をなくすための銀の弾丸は存在せず、地道にこうした研究と知識を積み上げていくしかない。

 茨木拓也『ニューロテクノロジー 最新脳科学が未来のビジネスを生み出す』(技術評論社)は、言葉を使わずに考えただけで文字を出力する、脳に接続して第三の腕を動かすなど、SFの中の出来事だと思われていた「ニューロテクノロジー」についての現在を解説してくれる本である。脳に刺激を与えてモチベーションを引き出すなど、ディストピア感のある研究もあるが、ADHDの症状を緩和したり、身体が不自由な人の助けになったりと応用可能性は驚くほど広い。今のうちに押えておくと面白い分野である。

 最後に、経済系で議論を呼びそうな本を。アニー・ローリー『みんなにお金を配ったら』(上原裕美子訳/みすず書房)は、一月一〇万円ぐらいの現金を制限なしで全国民に配布しちゃいましょう、という考えの、最低限所得保障制度(ユニバーサル・ベーシックインカム)についての一冊だ。

 一〇万も貰えたらお金のためにやりたくもない仕事をやる必要もなくなりかなり嬉しいが、はたしてそれで社会は回るのだろうか。人々の労働意欲が失われたり、必要な仕事を誰もやらなくなってしまうのではないかなど、無数の疑問が湧いてくる。

 すでに各所でこの制度の実験は始まっており、その良い面と悪い面が明らかになりつつある。AIやロボットで人間の代替が進み、失業者が増えるのはこの先避けられぬ流れだが、その解決の一手となりえるか──は、読んで確かめてもらいたい。

(本の雑誌 2020年1月号掲載)

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●書評担当者● 冬木糸一

SFマガジンにて海外SFレビュー、本の雑誌で新刊めったくたガイド(ノンフィクション)を連載しています。 honz執筆陣。ブログは『基本読書』 。

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