日常の当たり前を疑う『アルゴリズムの時代』

文=冬木糸一

  • アルゴリズムの時代 機械が決定する世界をどう生きるか
  • 『アルゴリズムの時代 機械が決定する世界をどう生きるか』
    ハンナ・フライ,森嶋 マリ
    文藝春秋
    1,870円(税込)
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  • 地球の未来のため僕が決断したこと
  • 『地球の未来のため僕が決断したこと』
    ビル・ゲイツ,Bill Gates,山田 文
    早川書房
    2,420円(税込)
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  • 宇宙の終わりに何が起こるのか
  • 『宇宙の終わりに何が起こるのか』
    ケイティ・マック,吉田 三知世
    講談社
    1,980円(税込)
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  • 元素創造 93~118番元素をつくった科学者たち
  • 『元素創造 93~118番元素をつくった科学者たち』
    キット・チャップマン,渡辺 正
    白揚社
    3,190円(税込)
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  • 夢を見るとき脳は――睡眠と夢の謎に迫る科学
  • 『夢を見るとき脳は――睡眠と夢の謎に迫る科学』
    アントニオ・ザドラ,ロバート・スティックゴールド,藤井 留美
    紀伊國屋書店
    2,420円(税込)
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 グーグル検索、フェイスブック、自動運転車など、我々はいま日常のあらゆる局面でアルゴリズムと接している。ハンナ・フライ『アルゴリズムの時代』(森嶋マリ訳/文藝春秋)は、そんな現代をアルゴリズムの時代と表現し、実際に各種アルゴリズムがどんな仕組みで動き、限界を持っているのかを、影響力、データ、正義、医療、車、犯罪といったトピックごとに解説していく一冊だ。日常にあてにしているアルゴリズムのことを、我々はあまり疑わない。たとえばカーナビが出すルートが本当に最短ルートか、地図を開いていちいち調べる人はそういないだろう。だが、それらのアルゴリズムにも弱点はあり、本質を理解しないままアルゴリズムを盲目的に信じて使うことは危険だ、というのが本書の主張である。

 たとえば、「地理上のどこで犯罪が起こるのか」を、一千万件の犯罪記録をもとに予測するアルゴリズムが存在する。このアルゴリズムをロサンゼルス市警察が利用し、十二時間以内に起こる犯罪のエリアを予測させたところ、アルゴリズムは人間の専門家の二倍以上の精度を出してみせた。数字だけみると役に立ちそうだが、この予測をもとに危険地域のパトロールを増やせば、その操作によって犯罪の検挙率も上がり、その地域がより危険だとするデータが積み重なることになりかねない。アルゴリズムは使い物にならないといっているわけではなく、弱点を認識してこそ、本当の意味で我々はそれを使いこなせるようになると教えてくれる一冊だ。

 続けて紹介したいのはビル・ゲイツ二〇年ぶりの著作となる『地球の未来のため僕が決断したこと』(山田文訳/早川書房)。ゲイツは世界最大規模の慈善基金団体であるビル&メリンダ・ゲイツ財団を創設・運営しており、一〇年以上にわたり地球の気候変動対策に対して資金援助を行ってきた。気候変動に対する本書の主張は単純なもので、毎年世界中の大気に追加される五一〇億トンという膨大な温室効果ガスをゼロにしなければならない、ということだ。なぜゼロにしなければいけないのかといえば、温室効果ガスが間違いなく地球の気候変動に一役かっているからであり、これが多ければ多いほど地球の温度は上がる。いま排出された二酸化炭素のおよそ五分の一は一万年後も残っているので、ゼロに近づけられるのが一番良い。しかしどうやって? というのが難しいところだが、本書では太陽光などの再生エネルギー領域で現在起こりつつある技術革新の話からはじまり、新しいタイプの原子炉、炭素回収・貯蔵と呼ばれる手法、牛などが出すメタンをへらす方法など、およそ生活のあらゆる側面にわたって改善策とその展望を紹介してみせる。危機についての本なのだが、これから可能になるかもしれない技術の可能性について語っている時の筆致は楽しそうで、それがまた魅力である。

 地球の後は宇宙の未来に目を向けよう。ケイティ・マック『宇宙の終わりに何が起こるのか』(吉田三知世訳/講談社)は、現在の科学から推測される「宇宙の終わり」の五つのシナリオを解説していく一冊だ。今まで、宇宙は今の形のまま永遠に続くと真剣に示唆する文献には出会ったことがないと理論宇宙物理学者の著者は語る。つまり何らかの終わりは訪れると思われるが、ではどうやって? 取り上げられていくシナリオとしては、現在の宇宙は膨張を続けているが、それがある時収縮に転じて潰れて終わるとするビッグクランチ説。エントロピー増大の限界を迎えあらゆる活動が停止する熱的死説などなど。どれも起こるのは数十億年後であり、我々は絶対に生きてその日を迎えられないが、そんな未来のことでも想像し、科学でもって何が起こるのかを推測できるというのは、たまらなくエキサイティングだ。

 キット・チャップマン『元素創造 93〜118番元素をつくった科学者たち』(渡辺正訳/白揚社)は、元素周期表の末尾に並ぶ二六元素がどのようにして作り・発見されてきたのか、その挑戦をまとめた一冊である。九三番元素から始まっているのは、ここから先の元素はほぼ自然界には存在せず、原子炉や加速器を使って作り出さねばならない領域だからだ。元素は最初に発見したと認定されたチームに命名権が与えられるので、冷戦期は米ソの科学者チームにより、国家の威信をかけた熾烈な元素創造レースが繰り広げられていたし、元素創造の歴史の中では日本が顔を出すこともある(理化学研究所により一一三番元素ニホニウムが発見・命名された)。最初の発見者の栄誉にあずかるためにデータを捏造するものも現れるなど、人間の醜さもみえるが、だからこそおもしろい。元素ハンターの物語がここまでドラマ性にとんでいるとは思わなかった。

 最後は、夢の神秘を解き明かすアントニオ・ザドラ、ロバート・スティックゴールド『夢を見るとき脳は』(藤井留美訳/紀伊國屋書店)。人間は多かれ少なかれ夢をみるが、その意味・仕組みまで理解している人は多くないだろう。たとえば、深い眠りのノンレム睡眠時と、浅い眠りのレム睡眠時では、セロトニンの濃度などいくつかの差があり、見る夢の種類が異なる。現実離れした奇妙な夢を見るのはレム睡眠の時で、ノンレム睡眠時は最近の夕食に何を食べたとか何を言われたとか、エピソード性の強い夢が現れるなど、本書は夢を見ている時に脳内で何が起こっているのかを教えてくれる。我々は夢を通して起きているときには関連付けないようなものの間に連想を見出し、創造性を発揮させてくれる。そうした事実を知っていくと、夜寝るのがこれまでよりも楽しみになるだろう。

(本の雑誌 2021年11月号掲載)

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●書評担当者● 冬木糸一

SFマガジンにて海外SFレビュー、本の雑誌で新刊めったくたガイド(ノンフィクション)を連載しています。 honz執筆陣。ブログは『基本読書』 。

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