エネルギッシュな中国小説怒濤の三冊読み比べ!

文=石川美南

  • 太陽が死んだ日
  • 『太陽が死んだ日』
    閻 連科,泉 京鹿,谷川 毅
    河出書房新社
    3,960円(税込)
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  • 申(シェン)の村の話
  • 『申(シェン)の村の話』
    申 賦漁(シェン・フーユイ),水野 衛子(みずの えいこ)
    アストラハウス
    2,420円(税込)
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  • まるで魔法のように ポーラ・ミーハン選詩集
  • 『まるで魔法のように ポーラ・ミーハン選詩集』
    ポーラ・ミーハン,大野光子,栩木伸明,山田久美子,河口和子,河合利江
    思潮社
    2,860円(税込)
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  • 秘密にしていたこと
  • 『秘密にしていたこと』
    セレステ・イング,田栗美奈子
    アストラハウス
    2,200円(税込)
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  • 家の本 (エクス・リブリス)
  • 『家の本 (エクス・リブリス)』
    アンドレア・バイヤーニ,栗原 俊秀
    白水社
    3,960円(税込)
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  • アホウドリの迷信 現代英語圏異色短篇コレクション
  • 『アホウドリの迷信 現代英語圏異色短篇コレクション』
    岸本佐知子,柴田元幸
    スイッチ・パブリッシング
    2,640円(税込)
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 中国の過去や現在を鮮やかに照らす小説、しかもエネルギッシュですこぶる面白く、ページを繰る手が止まらない──。そんな触れ込みで勧めて回りたくなる本が、立て続けに三冊刊行された。いずれ劣らぬ読み応え、一気に紹介していきたい。

 まずは、『丁庄の夢』『愉楽』などでも知られる閻連科の『太陽が死んだ日』(泉京鹿・谷川毅訳/河出書房新社)。河南省のある村に「夢遊」なる奇病が発生。罹患者は夢に囚われ、ある人は眠りながらひたすら麦を打ち、ある人は自ら死を選ぶ。夢遊の伝染と共に混乱は増し、人々は内なる欲望や強迫観念に突き動かされて強奪、暴行、殺戮を繰り広げていく。

 伝統的な土葬から火葬への移行。「革命」の熱波。本書には中国の歴史や社会のあり方が幾重にも練り込まれている(中国本土では発禁!)。とはいえ、優れた寓話というものは、特定の場所や時代の風刺に留まることがない。奇病に侵された世界の狂乱ぶりは、日本の読者にとってもどこか見覚えがあるものなのではないだろうか。

 物語の語り手は、十四歳の少年・李念念。彼の無垢な眼差しは、夢遊が始まった日の夕刻から夜が明けるまでの経過をまっすぐ捉え続ける。リフレインと直喩を多用した語りは躍動感があり、不思議とユーモラス。念念の隣人として閻連科本人が登場するのも楽しい。不気味すぎる表紙に怯むことなく、ぜひ手に取ってほしい。

 二冊目は、申賦漁『申の村の話』(水野衛子訳/アストラハウス)。日本語版の副題「十五人の職人と百年の物語」が示す通り、作者の故郷・申村の職人たちに一人ずつスポットライトを当て、その来歴を語る連作短編である。瓦職人、竹細工職人、灯籠職人らの仕事ぶりが丁寧に描写されていて目を見張るが、ある章の主人公が別の章に再登場したり、同じエピソードが別の角度から語り直されたりと、連作としての仕掛けも充実。読み進めるうち、壮大で精密な絵地図を眺めているような気分になる。『太陽が死んだ日』とは対照的に、文体は端正で静謐。ただし「夢遊」のような派手な虚構を纏っていない分、次々と起こる事件の衝撃度はもしかしたらこちらの方が上かもしれない。

 そして三冊目は、盛可以『子宮』(河村昌子訳/河出書房新社)。冒頭、少女と鶏の去勢屋が向かい合う場面から一気に引き込まれる。五ページ目にさらっと出てくる「呉愛香は産後一ヶ月で、子宮内リングを装着しに行った」という一文にギョッとするが、中国の計画出産政策とは比喩でも何でもなく女性の「子宮」をめぐる問題だったのだ、ということに今さら思い至って愕然とする。四世代に亘る女たちの人生は苦難の連続だが、読んでいて暗い気持ちにならないのは、彼女たちが自らの意志で生き方を選び取り、生き生きと動き回るからだろう。たまに出てくる意外な比喩もチャーミング。老若男女全てに放たれた矢のような一冊だ。

 さて、女性の苦難に寄り添う作品として、ポーラ・ミーハン『まるで魔法のように ポーラ・ミーハン選詩集』(大野光子・栩木伸明・山田久美子・河口和子・河合利江訳/思潮社)も挙げておきたい。現代アイルランドの代表的な詩人の一人であるミーハンは、虐げられた女性たちや蹲る子どもたちを真摯に見つめ、時に優しく語りかける。

(前略)とつとつと語る
 わたしの幽霊たちにだって 発言権はある

 母親に 教師に 迷子 彼らは語るのをやめない
 夜明けの光が 冷酷にも穏やかに 差してくる時刻まで。
(「詩」より)

「幽霊たち」の声なき声を迷いながらも聞き取り、書き留める。それこそが「詩」の力なのだと、ミーハンは告げているようだ。

 家族をめぐる小説を二冊。セレステ・イング『秘密にしていたこと』(田栗美奈子訳/アストラハウス)は、長女の死をきっかけに家族一人ひとりの抱える秘密が明らかになっていく、あまりにも痛切な家族ドラマ。夫婦が、親子が、どうしようもなくすれ違い続ける展開に、あと少しでも早く互いに気持ちを伝え合えていたら......と胸を締め付けられるが、大切な相手だからこそ口にできないことだってあるのだろう。終盤は泣きながら読んだ。

 地下の家、ラジエーターの家、家族の家に亀の家──。アンドレア・バイヤーニ『家の本』(栗原俊秀訳/白水社)は、「私」が生まれてから現在までに通過してきた大小さまざまな家を、七十八の断章で綴る詩的な小説。時間と空間を行き来しながら語られる家々の描写は細部まで美しいが、そこから徐々に浮かび上がる「私」の人生はほろ苦い。他人の音のない夢の中をさまよっているような読み心地が癖になる。

 最後にアンソロジーを。『アホウドリの迷信 現代英語圏異色短篇コレクション』(岸本佐知子・柴田元幸編訳/スイッチ・パブリッシング)は、岸本・柴田両氏が「日本でまったく、もしくはほとんど紹介されていない」作家という条件で訳した短編集。「全く(時代の)空気を読まないで選んでしまいました」(岸本)という言葉の通り、風変わりかつドライブ感溢れるラインナップになっているが、数作ごとに挟まれる対談「競訳余話」では、最近の英語圏文学のトレンドを垣間見ることもできる。高校のイベントで女子がアメフトを、男子がチアリーダーをやることになった顛末を描くルイス・ノーダン「オール女子フットボールチーム」(岸本訳)、スティーヴン・ミルハウザー的幻影×女子の体臭といった味わいが魅力のカミラ・グルドーヴァ「アガタの機械」(柴田訳)など。

(本の雑誌 2023年1月号)

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●書評担当者● 石川美南

外国文学好きの歌人。歌集に『砂の降る教室』『架空線』『体内飛行』などがある。趣味は「しなかった話」の蒐集。好きな鉄道会社は京成電鉄。きのこ・灯台・螺旋階段を見に行くのも好き。

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