ベスト候補長篇から時間SFまで小説ぜんぶ早川書房祭りだ!

文=大森望

  • プロトコル・オブ・ヒューマニティ
  • 『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』
    長谷 敏司
    早川書房
    2,090円(税込)
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  • 走馬灯のセトリは考えておいて (ハヤカワ文庫JA)
  • 『走馬灯のセトリは考えておいて (ハヤカワ文庫JA)』
    柴田 勝家
    早川書房
    924円(税込)
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  • 無情の月 上 (ハヤカワ文庫SF)
  • 『無情の月 上 (ハヤカワ文庫SF)』
    メアリ・ロビネット・コワル,大谷 真弓
    早川書房
    1,606円(税込)
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  • 無情の月 下 (ハヤカワ文庫SF)
  • 『無情の月 下 (ハヤカワ文庫SF)』
    メアリ・ロビネット・コワル,大谷 真弓
    早川書房
    1,606円(税込)
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  • 平和という名の廃墟 上 (ハヤカワ文庫SF)
  • 『平和という名の廃墟 上 (ハヤカワ文庫SF)』
    アーカディ・マーティーン,内田 昌之
    早川書房
    1,760円(税込)
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  • 平和という名の廃墟 下 (ハヤカワ文庫SF)
  • 『平和という名の廃墟 下 (ハヤカワ文庫SF)』
    アーカディ・マーティーン,内田 昌之
    早川書房
    1,760円(税込)
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  • 時ありて
  • 『時ありて』
    イアン・マクドナルド,下楠 昌哉
    早川書房
    2,200円(税込)
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  • SF作家の地球旅行記
  • 『SF作家の地球旅行記』
    柞刈 湯葉
    産業編集センター
    1,760円(税込)
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 今月は(9月からの積み残し分も含めて)小説ぜんぶ早川書房祭り。まずは単行本から。長谷敏司の書き下ろし『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』(早川書房)★★★★½は『BEATLESS』以来なんと10年ぶりの長篇。時は2050年代。主人公は27歳のコンテンポラリー・ダンサー、護堂恒明。恵まれた体躯と鍛え上げた筋肉で身体表現の極限を追い求める注目の若手だが、バイク事故で右足を切断。AI制御の義足を装着し、ロボットと共演する新作舞台に向けて過酷な日々が始まる──と、ここまでならテクノロジーと人間の共生(及びダンス表現における人間性の問題)を描く王道のSFだが、本書はそこに父親の介護という深刻で生々しい問題を重ねる。しかも、父の護堂森は、恒明の"超えられない壁"だった伝説のダンサー。その父がダンスを失い、人間性を失っていく。これでもかと襲いかかる八方塞がりの絶望的な状況の中で、恒明はそれでも公演実現のためにあがきつづける。介護パートがリアルすぎてSFとしては歪だが、だからこそクライマックスの舞台が深く胸を打つ。今年の日本SF長篇ベストの有力候補。

 同様に身体的障碍の克服を描く西式豊『そして、よみがえる世界。』(早川書房)★★★½は、第12回アガサ・クリスティー賞受賞作。こちらの時代設定は2036年。主人公は凄腕の脳神経外科医だったが、ある事件で脊髄を損傷し、肢体麻痺となる。しかし、脳の信号で外部機器を操作する新技術で行動範囲を広げ、さらに仮想空間Vバースではアスリートとして活躍している。唯一の不満は仕事に復帰できないこと。そんなときかつての恩師から、オペの代理執刀の依頼を受ける。記憶と視覚を失った少女エリカに視覚再建装置を埋め込む難手術。オペは無事成功したかに見えたが......。こちらは思い切りエンタメ方向に振り切って、SFはもちろん、アクション、ミステリ、ホラーからアニメ(細田守)まで、いろんな要素をぎゅうぎゅうに詰め込んで突っ走る。要素が多すぎて謎解きの印象が薄まった感もあるが、デビュー作としては充分に及第点。

 柴田勝家『走馬灯のセトリは考えておいて』(ハヤカワ文庫JA)★★★½は『アメリカン・ブッダ』に続く第2短篇集。異常論文ブームの火付け役となった「クランツマンの秘仏」は、信仰されたものは信者の思いの分だけ重くなるという"霊的質量論"の証明に生涯を捧げた東洋美術学者の足跡をたどるバカSF。他に、コロナ禍でリモート開催となった神事がVR空間の超巨大競技に発展する「オンライン福男」、美少女戦国国盗りゲームを描く「姫日記」など全6篇を収める。書下ろしの表題作は、かつて人気を誇ったバーチャルアイドル、黄昏キエラを復活させて卒業ライブのステージに立たせるという仕事を請け負った人生造形師が主人公。依頼者とキエラの複雑な関係が明らかになるにつれ、"アイドル"という特異な存在の本質が見えてくる。

 続いて、ハヤカワ文庫SFの翻訳長篇を2作。9月に出たメアリ・ロビネット・コワル『無情の月』(大谷真弓訳/上下巻)★★★½は、『宇宙へ』に始まる改変歴史宇宙開発SFシリーズ、〈レディ・アストロノート〉の第3弾(前2作の酒井昭伸から訳者が交代)。舞台は1952年の巨大隕石落下により、地球脱出を目指して宇宙開発がブーストされた世界。今回は、前作『火星へ』の裏側で、地球と月で起きていた出来事が描かれる。主人公は、次期大統領選有力候補のカンザス州知事を夫に持つ50歳の宇宙飛行士ニコール。地上勤務のはずが、宇宙開発に反対する地球ファースト主義者の破壊工作が頻発。その影響で、急遽、月へ向かうことに。だが、すでに300の人口を擁する月基地でも次々に事件が発生する......。というわけで、今回は主に破壊活動の犯人捜し。主人公の摂食障害が描かれるあたりが現代的だが、SF味よりサスペンス味が強い。

 10月に出たアーカディ・マーティーン『平和という名の廃墟』(内田昌之訳/上下巻)★★★★は、第一長篇『帝国という名の記憶』に続く二部作完結編。今回は、巨大な銀河帝国テイクスカラアンの前に現れた異星種属との戦争がメインになる。主役は情報省のスリー・シーグラス。艦隊司令官から交渉役に指名された彼女がマヒートを相棒に選び、かくして前作の黄金コンビが復活。ファーストコンタクトに臨むことになる。前作同様、立ち上がりはゆっくりだが、下巻に入ると一気呵成。本格的な宇宙戦闘シーンもなかなかの迫力だ。2作連続ヒューゴー賞(本書はローカス賞も)受賞は伊達じゃない。11歳の皇位継承者(前皇帝のクローンの利発な男の子)と異星生まれの猫も活躍します。

 イアン・マクドナルド『時ありて』(下楠昌哉訳/早川書房)★★★★は、古書ディーラーがたまたま一冊の詩集『時ありて』を手に入れたことから歴史に隠された謎に分け入っていく時間SFノヴェラ。恋人同士が詩集にはさんだ手紙でやりとりするという古典的なタイムトラベルロマンスだが、男性同士なのがポイントか。

 最後に柞刈湯葉『SF作家の地球旅行記』(産業編集センター)はなんともいえないおかしみと奇妙な蘊蓄に満ちた旅エッセイ集。小松左京の昔からSF作家の旅行記は珍しくないが(最近だと石川宗生『四分の一世界旅行記』とか)、タイトルに"SF作家の"と入るのは初かも。旅行先はカナダ、上海、モンゴルから首里城、千葉、静岡、茨城などいろいろ。陸羽西線に乗れば、「スピードに 定評のある 最上川」と俳句(?)を詠んだりもする。書き下ろしの架空編(月面編と日本領南樺太編)つき。

(本の雑誌 2023年1月号)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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