『絶縁』がつなぐ縁! アジア作家九人による濃密なアンソロジー

文=石川美南

  • 絶縁
  • 『絶縁』
    村田 沙耶香,アルフィアン・サアット,ハオ・ジンファン,ウィワット・ルートウィワットウォンサー,韓 麗珠,ラシャムジャ,グエン・ゴック・トゥ,連 明偉,チョン・セラン,藤井 光,大久保 洋子,福冨 渉,及川 茜,星 泉,野平 宗弘,吉川 凪
    小学館
    2,200円(税込)
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  • クレムリンの魔術師
  • 『クレムリンの魔術師』
    ジュリアーノ・ダ・エンポリ,林 昌宏
    白水社
    3,190円(税込)
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  • ルミナリーズ
  • 『ルミナリーズ』
    エレノア・キャトン,安達 まみ
    岩波書店
    7,260円(税込)
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  • アクティング・クラス
  • 『アクティング・クラス』
    ニック・ドルナソ,藤井 光
    早川書房
    5,060円(税込)
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  • 花びらとその他の不穏な物語
  • 『花びらとその他の不穏な物語』
    グアダルーペ・ネッテル,宇野和美
    現代書館
    2,200円(税込)
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  • 天使たちの都市 (韓国文学セレクション)
  • 『天使たちの都市 (韓国文学セレクション)』
    チョ・ヘジン,呉華順
    新泉社
    2,420円(税込)
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 日韓同時発売のアンソロジー『絶縁』(小学館)が、濃い。当初は日韓競作の企画だったが、韓国の作家チョン・セランから「韓国と日本だけでなく、アジアの若手作家が同じタイトルで短編を書くのはどうか」と提案があり、結局、アジア九都市から九人の作家が参加するこの豪華なアンソロジーが誕生したのだという。まずは「絶縁」というキーワードで作家たちの「縁」をつなぐという趣向がすばらしいが、実際に寄せられた作品も、企画の意図に見事に応えている。

 日本から参加しているのは村田沙耶香。若者の間で「無」が大流行するという異様な設定ながら、九作品読み終えてみると、これが日本の現実に一番近い気がしてくるのが恐ろしい(「無」)。『マレー素描集』のアルフィアン・サアットは、シンガポールのマレー人夫婦に訪れた変化のときを描く(「妻」藤井光・訳)。『折りたたみ北京』の郝景芳は、誰もがポジティブな感情を表現し続けなければいけない都市での悪夢をポップに語り(「ポジティブレンガ」大久保洋子・訳)、『路上の陽光』のラシャムジャは、チベットの若者たちの過酷な青春にそっと寄り添う(「穴の中には雪蓮花が咲いている」星泉・訳)。まだ邦訳のないグエン・ゴック・トゥ、連明偉らの作品が読めるのも嬉しい。

 書影では黒に見えるが、本書のカバーを手に取ると、虹色の粒子が光っているのがわかる。月並みな見立てだけれど、つながり合うことが困難な時代の小さな希望を象徴しているようで、ぐっときてしまった。

 ジュリアーノ・ダ・エンポリ『クレムリンの魔術師』(林昌宏訳/白水社)は、モスクワを訪れた〈私〉が思いがけずヴァディム・バラノフなる人物の招きを受けるところから始まる。かつてプーチンの側近として暗躍していたバラノフは、祖父から父、彼に至る三代の家族史と、〈皇帝〉プーチンを中心とするロシアの政治史を〈私〉に語って聞かせる。

 小説の筋立ては至ってシンプルだが、抜群のリアリティとリーダビリティでぐいぐい読ませる。バラノフは一応架空の人物だが、かつて大統領補佐官を務めていたウラジスラフ・スルコフをモデルにしているという。プーチンをはじめとするロシアの重要人物たちやエリツィン、メルケルなどが実名で登場し、まるでドキュメンタリー映画を見ているよう。ロシアという国の精神を知るためのヒントが満載の一冊だ。大衆の怒りを操る政治。ソチ五輪。そしてウクライナとの関係──その先の展開は、私たち皆が知っている。

 エレノア・キャトン『ルミナリーズ』(安達まみ訳/岩波書店)は、ヴィクトリア時代のニュージーランドが舞台。ゴールドラッシュによって多種多様な人が流入してくる町。港のホテルに曰くありげな十二人の男たちが集い、秘密の会合を始めようとしたまさにそのとき、招かれざる客が闖入し、物語が動き出す。

 目を引くのは、人物表に振られた星座のマークと、各章の扉に描かれた占星図。実は、本書の登場人物には一人一つずつ恒星または惑星が割り当てられており、物語の展開も当時の天体の運行に則しているらしい。そんなややこしいプラン、誰も考えつかないし、考えたとしても実行に移せなそうだが、作者は自らに課した難題をクリアした上で、めくるめく群像劇を成立させている。

 ミステリとしては大味だし、「そんな偶然ってある?」と思う場面もちょくちょくあるが、そこに目くじらを立てるのは星の巡りにツッコミを入れるようなもの。欲得まみれの男たちがあたふたと動き回る姿を楽しむうち、物語は渦を巻いて核心に迫っていく。このワクワク感、子どもの頃に初めてシャーロック・ホームズシリーズを読んだときの感触に近いかも。七三二ページ二段組、先月号で散々重い重いと言った『パラディーソ』よりさらに重たいが、一度読み始めたら最後まで手放せなくなるはずだ。

 群像劇と言えば、ニック・ドルナソのグラフィック・ノベル『アクティング・クラス』(藤井光訳/早川書房)も、不気味なる大傑作。すれ違う夫婦、職場に溶け込めない男、仕事中ヘイトを溜め込む男など、不器用に生きる十人が演技教室に集まって即興芝居にのめり込む。しかし、演技と現実を行き来するうち、いつしか彼らの心は崩壊していく。

 登場人物の目は小さく黒目がちで、感情が読み取りにくい。灰色を帯びたコマに見入っていると、彼らの虚無に飲み込まれそうになって、とても怖い。

 短編集を二冊。メキシコの作家・グアダルーペ・ネッテルの『花びらとその他の不穏な物語』(宇野和美訳/現代書館)は、人と異なるこだわりや癖を持つ人々を主人公にした短編六編を収めている。

「花びら」は、女子トイレに忍び込んだ男が、微かに残る尿の跡に惚れ込み、その匂いの持ち主を探し求めるという......まあ、ドン引き必至のストーリーなのだが、作者は決して男を異物として排除することなく、その強烈さを淡々と受け入れている。小さな島でのガール・ミーツ・ガールをシビアに描く「桟橋の向こう側」も印象的。

 チョ・ヘジン『天使たちの都市』(呉華順訳/新泉社)は、声なき人の声を拾い上げる繊細な筆致が魅力。キッチンのショールームに住む女、サボテンと共にホームレス生活を送る男など、それぞれの痛切な事情が徐々に明らかになっていく。

 ちなみに、二〇〇八年に出た原書は、当時新人編集者だったチョン・セラン(『絶縁』の!)が惚れ込んで担当したものだそう。チョン・セラン、ここでもいい仕事してますねえ!

(本の雑誌 2023年3月号)

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●書評担当者● 石川美南

外国文学好きの歌人。歌集に『砂の降る教室』『架空線』『体内飛行』などがある。趣味は「しなかった話」の蒐集。好きな鉄道会社は京成電鉄。きのこ・灯台・螺旋階段を見に行くのも好き。

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