超高密度のサイキックSFサスペンス谷口裕貴『アナベル・アノマリー』完結!
文=大森望
シリーズ第1作「獣のヴィーナス」の〈SF Japan〉掲載から22年。既発表2篇に新作2篇を加え、谷口裕貴『アナベル・アノマリー』(徳間文庫)★★★★がついに出た。12歳の少女アナベルは、人為的に生み出された最強の能力者。すべてを変容させるその恐るべき力ゆえ、能力発現と同時に撲殺されるが、世界はすでに呪われていた。生前の自分と関係するものを依り代として彼女は何度も甦り、地上に死を撒き散らす。"少女禍"と呼ばれるこの異常事態に対処すべく誕生した組織ジェイコブスは、「世界文学全集」に閉じこもる複合人格Sixの力でアナベルを殺しつづける。170ページを超える新作中篇「姉妹のカノン」では、他人の記憶に侵入し改変できる能力者・氾雨天が登場。アナベル狩りに利用されるが......。谷口裕貴を知らない読者にもすすめたい超高密度のサイキックSFサスペンス。巻末には伴名練の29ページにわたる熱い解説がつく。
伊藤典夫編訳『吸血鬼は夜恋をする』(創元SF文庫)★★★½は1975年に文化出版局からソフトカバーで出た全23篇のアンソロジーに9篇を追加した文庫版。テンの表題作はじめ、元々ファンタジー系の小品が中心だが、SFMの戦争SF特集(77年6月号)訳載のシェクリー「たとえ赤い人殺しが」や、宇宙のエロス特集(76年6月号)訳載のポール「デイ・ミリオン」などの名作が加わりSF度が上昇。50~60年代発表の短い作品(10ページ前後とか)が多くて読み易いのも特徴。ブレットナー「頂上の男」とか、なんてことのない話なのに、50年近く前に読んだオチの1行が鮮明に記憶に残りすぎてて思わず笑ってしまった。
山口雅也製作総指揮の新叢書〈奇想天外の本棚〉第一期全12巻の第4弾となるアルジス・バドリス『誰?』(柿沼瑛子訳/国書刊行会)★★★½は、かつてソノラマ文庫海外シリーズから仁賀克雄訳で出た『アメリカ鉄仮面』(原書58年刊)の新訳版。時は(架空の)冷戦時代。極秘のK88計画の実験中に大爆発が起き、瀕死の重傷を負った米国の天才物理学者ルーカスがソビエト側の病院に収容される。交渉を経てついに解放された彼は、金属の仮面をつけた変わり果てた姿になっていた。果たして彼は本物なのか? ルーカスの生い立ちをたどるパートは青春小説風。SFともミステリともつかない独特の味がバドリスらしい。
同じ国書刊行会からは、トマス・M・ディッシュのSF評論集『SFの気恥ずかしさ』(浅倉久志・小島はな訳)もついに出た。表題作はSFに内在する欠陥を鋭く指摘した75年の名高い講演(『解放されたSF』所収。これのみ浅倉訳)。「レイバー・デイ・グループ」と題された時評(81年)では、ヒューゴー賞および年刊SF傑作選の内輪化を指摘し、LDG作品を容赦なく撫で切りにした歴史的な悪口が楽しめる。ストリーバーが自身のアブダクション体験を語ったベストセラー『コミュニオン』の書評は、古今東西SF書評傑作選を編むなら是非入れたい爆笑作(SFの書評ではないが、書評がSFなので問題ない)。クロウリー『エンジン・サマー』を絶賛した書評など、とても他人とは思えない。さすが、誕生日がオレと同じだけのことはあるね。マニア必携。
対するアーシュラ・K・ル=グウィン『私と言葉たち』(谷垣暁美訳/河出書房新社)は、2017年のヒューゴー賞関連書籍部門を受賞したSF評論集。基本は真面目路線だが、こちらもなかなか意地悪で、とりわけ「純文学について」が最高です。あと、《ライラの冒険》三部作におけるダイモンの雑な扱いに対する苦言とか。ちなみにこの2冊共通して書評している唯一の本は、ハクスリー『すばらしい新世界』でした。
池澤春菜『SFのSは、ステキのS+』(早川書房)はSFM連載の単行本化第2弾(14年11月号から50回分)。SF現場を外から取材するスタンスが主軸だった前作に対し、本書ではすっかり"中の人"となり、日本SF大会に行けば星雲賞を(ついでに暗黒星雲賞も)獲得。ヘルシンキのワールドコンから、オーストラリア、ブルガリア、ロンドン......と世界を飛び回り、チリに半年留学して帰国したと思ったら高山羽根子と台湾に行って本を出し、初小説を書き(二個めの星雲賞獲得)、ついには日本SF作家クラブ第20代会長に就任。その快刀乱麻の活躍ぶりが(cocoの4コマ漫画とともに)ヴィヴィッドに語られる。巻末にはキノコSF短篇つき。
『AI2041 人工知能が変える20年後の未来』(中原尚哉訳/文藝春秋)は、Google中国の元社長で人工知能研究者の李開復が企画し、陳楸帆が小説部分を書いたビジネス書。2041年の未来を背景に、AIにまつわる10のテーマを李開復が設定。陳楸帆が世界各地を舞台に書いた10本のSF短篇に、それぞれまた李開復の解説がつく。短篇は、AI教育を受けた韓国の双子の孤児を描く「金雀と銀雀」とか、急死したアイドル博嗣Xのファンがその死の謎を探るところから始まる「アイドル召喚!」とか。さすがプロの仕事だとは思うが、ビジネスにSFが奉仕させられている感は拭えず、心の奥にいる10代のSFマニアが「ケッ!」と言う。還暦すぎてるくせにまだそんなものがいるのかよ。
劉慈欣『三体0 球状閃電』(大森望・光吉さくら・ワンチャイ訳/早川書房)は、『三体』より早く2004年に発表された著者の第二長篇。謎の(実在の)自然現象・球電に両親を殺された少年がその研究に打ち込むうち、球電の軍事利用を目論む林雲と出会う。後半は丁儀が颯爽と登場、球電の意外すぎる正体を鮮やかに解明するが......。
(本の雑誌 2023年3月号)
- ●書評担当者● 大森望
書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。
http://twitter.com/nzm- 大森望 記事一覧 »