フランス、アルジェリア──その膨らみとひずみを読む

文=石川美南

  • ジャコブ、ジャコブ
  • 『ジャコブ、ジャコブ』
    ヴァレリー・ゼナッティ,長坂道子
    新日本出版社
    2,420円(税込)
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  • ファティマ (叢書《エル・アトラス》)
  • 『ファティマ (叢書《エル・アトラス》)』
    レイラ・セバール
    水声社
    2,750円(税込)
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  • 思い出すこと (新潮クレスト・ブックス)
  • 『思い出すこと (新潮クレスト・ブックス)』
    ジュンパ・ラヒリ,中嶋 浩郎
    新潮社
    2,200円(税込)
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  • グレート・サークル
  • 『グレート・サークル』
    マギー・シプステッド,北田 絵里子
    早川書房
    4,070円(税込)
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  • サバキスタン 1 (路草コミックス)
  • 『サバキスタン 1 (路草コミックス)』
    ビタリー・テルレツキー,カティア,鈴木佑也
    トゥーヴァージンズ
    1,980円(税込)
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 アンヌ・ベレスト『ポストカード』(田中裕子訳/早川書房)の始まりは二〇〇三年。作者アンヌの実家に、差出人不明のポストカードが届く。記されていたのは四人の親族の名前のみ。いずれも一九四二年、アウシュビッツで死去していた。さらに十六年後、アンヌは母・レリアと共にポストカードの差出人を探し始める。

 実在する家族の物語を、ミステリ小説のような構成と鮮やかな描写で語るノンフィクション小説。気風の良いレリアと、現代を生きる等身大の女性アンヌ、二人の探偵役に導かれて一族の歴史を辿るうち、登場する一人ひとりが近しく感じられ、その過酷な人生に胸を締め付けられる。人はなぜ、個人の歴史を辿り直し、語り遺そうとするのか。その答えが凝縮されたラストシーンに、涙が止まらなかった。

 本書はまた、ナチス・ドイツ侵攻後のフランスでユダヤ人がどのように扱われたか、という重いテーマを扱っている。そしてその問題は、決して遠い過去だけのものではない。

 一方、ヴァレリー・ゼナッティ『ジャコブ、ジャコブ』(長坂道子訳/新日本出版社)の主人公ジャコブは、フランス植民地時代のアルジェリアで生まれ育ったユダヤ人青年。一九四四年、彼は訪れたことすらない「祖国」フランスのため、戦争に駆り出されることになる。

 まずは、ジャコブの住むコンスタンティーヌの描写に目を奪われる。高い吊り橋、ユダヤ系とムスリム系両方が犇めき合う路地、貧しい家で口にするクミンたっぷりのスープ......。そんな暮らしぶりをじっくりと味わった後、舞台は戦地へと移る。

 感受性の強いジャコブをはじめ、ジャコブを溺愛する母ラシェル、婚家で不自由に生きる義姉マドレーヌ、反抗を身に溜め込む甥のガブリエルなど、登場人物たちそれぞれの個性が生き生きと、かつ神話のように描かれ、読後、「良いものを読んだ」という感慨がしみじみと残る。やるせなくも美しい作品だ。

『ジャコブ、ジャコブ』でアルジェリアへの関心が高まったところで続けて読んでほしいのが、レイラ・セバール『ファティマ 辻公園のアルジェリア女たち』(石川清子訳/水声社)。こちらは、フランスのシテと呼ばれる集合団地に暮らす、アルジェリア出身のムスリム女性たちが主人公である。父親からの暴力にほとほと嫌気がさした少女ダリラは、ある日ついに家出を決意する。彼女が回想するのは、幼い頃母親たちが辻公園に集って興じていたとめどないおしゃべりだった。

 次々に語り手を変え、脱線していく噂話をそのまま流し込んだような文体にしばしば溺れそうになるが、そういう読み心地こそが作者の狙い。彼女たちの声に必死で耳を傾けるうち、移民たちの苦難に満ちた道のり、数々の暴力と愛、母世代と娘世代のジェネレーションギャップが浮かび上がってくる。

 本書は、かつてフランス植民地だったマグレブ諸国の文学を紹介する叢書エル・アトラスの一冊。セバールの他の作品もぜひ同シリーズから出してほしい。

 ジュンパ・ラヒリ『思い出すこと』(中嶋浩郎訳/新潮社)は、『停電の夜に』『その名にちなんで』のラヒリによる、一風変わった詩集。

 ラヒリがローマの家の抽斗から発見したノート。その表紙にはネリーナという女性の名が記され、彼女が書いたと思しきイタリア語の詩が未発表のまま残されていた。本書は、その詩をヴェルネ・マッジョなる研究者が編纂し、注釈を施したもの......なのだが、どうやらネリーナもヴェルネ・マッジョもラヒリ自身らしい。そうした、一見回りくどい手続きを経たからこそ、ここにはラヒリのプライベートな顔がいつになくストレートに表れているようだ。家族との暮らし、失くしてきた物たちへの思い、言語への興味などをテーマにしたシンプルな詩は、親しみやすく、どこか懐かしい。

 マギー・シプステッド『グレート・サークル』(北田絵里子訳/早川書房)は、飛行中に消息を絶った女性飛行士マリアンと、マリアンの伝記映画に主演することになったハリウッド女優ハドリーの運命の交錯を描いた物語。

 マリアンの人生をひもとくパートでは、一九〇九年のスコットランドから、一九五〇年にマリアンが地球一周飛行に挑戦する辺りまでが壮大なスケールで描かれる。孤独な飛行をこよなく愛しながら、複雑な愛に絡めとられ続けるマリアンの姿に何度もハラハラさせられた。一方、ハドリーの一人称で語られる現代パートは、ハリウッドを舞台にしたドタバタ劇といった味わい。子どもの頃から業界にどっぷり浸かってすっかりスレきっていたハドリーが、マリアン役と向き合い、ついにマリアンの真実に辿り着く展開は爽快だ。八百ページを超える大作ながら、筋運びはそれこそハリウッド映画のように明快で、サービス精神に満ちている。

 ビタリー・テルレツキー作・カティア画『サバキスタン』(1)(鈴木佑也訳/トゥーヴァージンズ)は、フルカラーの不穏なグラフィックノベル。

 犬による国家サバキスタンが(犬暦で)五十年ぶりに国境を開き、外国人ジャーナリストたちを招き入れる。謎のベールに包まれたサバキスタンでは〈同志相棒〉と呼ばれる独裁者が長年君臨していた。

 原作と作画のコンビはロシア出身で、現在は日本在住。かの国の作者が描くディストピアには異様なリアリティがあって恐ろしいが、一章ごとに視点が変わり、少しずつ謎が明かされていく展開がめちゃくちゃ面白く、とにかく先が気になる。〆切の関係で一巻だけ読んだ状態でこれを書いているが、全三巻を一気読みできる人が羨ましい!

(本の雑誌 2023年11月号)

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●書評担当者● 石川美南

外国文学好きの歌人。歌集に『砂の降る教室』『架空線』『体内飛行』などがある。趣味は「しなかった話」の蒐集。好きな鉄道会社は京成電鉄。きのこ・灯台・螺旋階段を見に行くのも好き。

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