エドワーズ『処刑台広場の女』のクールなヒロインに注目!

文=柿沼瑛子

  • 処刑台広場の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『処刑台広場の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
    マーティン・エドワーズ,加賀山 卓朗
    早川書房
    1,320円(税込)
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  • 8つの完璧な殺人 (創元推理文庫)
  • 『8つの完璧な殺人 (創元推理文庫)』
    ピーター・スワンソン,務台 夏子
    東京創元社
    1,210円(税込)
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  • ナイフをひねれば (創元推理文庫)
  • 『ナイフをひねれば (創元推理文庫)』
    アンソニー・ホロヴィッツ,山田 蘭
    東京創元社
    1,210円(税込)
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  • 幸運には逆らうな (創元推理文庫)
  • 『幸運には逆らうな (創元推理文庫)』
    ジャナ・デリオン,島村 浩子
    東京創元社
    1,210円(税込)
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 一部の例外を除けば、必ずしもいい評論家=いいミステリ作家とは限らないのだが、マーティン・エドワーズの『処刑台広場の女』(加賀山卓朗訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)はいい意味でそれを裏切ってくれる快作である。マーティン・エドワーズといえば、いっけんお高くとまって見える、英国黄金時代の作家たちの楽しい裏事情をわたしたちに教えてくれたノンフィクション『探偵小説の黄金時代』でおなじみだが、なんと小説のほうも二十冊以上も出しているベテラン作家だったのである。物語の舞台は一九三〇年代のロンドン。高名な銀行家が自らの悪事を告白した遺書を残して自殺する。だが、そこにはレイチェル・サヴァナクなる女性がかかわっていたことがわかる。ゴージャスな素人探偵レイチェルは、その前にも別の殺人事件で真犯人を突き止め警察に赤恥をかかせていた。そんな彼女に興味を惹かれた事件記者のジェイコブは、彼女につきまとい、その正体を明かそうとするが、彼自身にもしだいに危険が及んでくる。謎の美女がはたして父親の狂気を継いだ悪女なのか、それとも正義の女必殺仕掛人なのか......ジェットコースター的展開やさまざまな大仕掛けも楽めるのだが、なんといっても本書の最大の魅力はレイチェルというクールなダークヒロインだろう。そのゴージャスさは「ミステリーIN上海 Miss Sの探偵ファイル」を、活劇場面はどことなく初期のカーや、彼の歴史ミステリを思わせるところがある。それにしてもジェイコブ、あんたあまりにも無防備すぎ!(特に女性に対して)

 ピーター・スワンソンの新作『8つの完璧な殺人』(務台夏子訳/創元推理文庫)の主人公ミステリ専門書店の店主マルコムは、ある雪の日FBI捜査官グウェンの突然の訪問を受ける。彼女はかつてマルコムがブログに載せた『完璧なる殺人8選』に登場する作品を思わせる殺人事件が起きているのだといい、協力を要請する。グウェンの意図がいまいちつかめないまま、主人公は殺人事件を調べていくうちに、自分の過去のある罪が関与していることに気づく。誰が味方で誰が敵かわからぬまま、主人公がどんどん疑心暗鬼に陥っていくさまはまさにスワンソンならではだが、本作品はいつにもましてミステリへの愛がてんこ盛りである。それゆえにある程度ミステリの教養があったほうが楽しめるのだが、そこはそこ、ちゃんと親切に解説してくれている(読んでいない人にはネタバレになるが)。何かというとハイスミスに比較されるスワンソンだが、本作は全体的にクリスティー味のほうが濃く感じられる(特に某作の)。そして真相がわかったときも、読者がなんとなくまだ霧に包まれているような不穏さの中に取り残されるのも安定のスワンソン印だ。

 アンソニー・ホロヴィッツの〈ホーソーン&ホロヴィッツ〉シリーズを読むたびに毎回思うのだが、作者はよく自分の分身をここまで「道化」にできるなあと感心してしまう。何しろこの語り手ホロヴィッツときたら、やたら俗っぽさ丸出しで、肝心なことを教えないホーソーンに「何で教えてくれないんだ。ぼくちゃんだって出来るところ見せてやるんだからな、ふんだ」と対抗心を燃やすのだが、だいたいろくな目にあわず、あげくの果てに何度か死にそうになり、毎回探偵を恨んで終わるという悪循環(それがまた楽しい)。しかも新作『ナイフをひねれば』(山田蘭訳/創元推理文庫)ではホロヴィッツ自身が、殺人事件の容疑者にされてしまうのだ。彼の戯曲を酷評した嫌味な女流劇評家が殺され、彼がプレゼントされた短剣が刺さっていた。今度こそコンビを解消してやると心に固く決めたはずのホロヴィッツだが、またしてもホーソーンに頼らざるを得なくなるというなんとも皮肉な巡りあわせに。最後に劇場に全員を集めてポワロよろしく推理を披露するのは、まさにクリスティーへのオマージュだ。ホーソーン&ホロヴィッツ・シリーズは十作まで予定されているようだが、アティカス・ピュントものはもう出ないのだろうか。

「帰ったら〇麦、帰ったら〇麦」という某コマーシャルではないけれど、どんなに疲れてイヤなことがあっても帰ったらアレが読めるという幸せがわたしにもある。それがジャナ・デリオンのワニ町シリーズだ。新作『幸運には逆らうな』(島村浩子訳/創元推理文庫)では敵役のシーリアがついに町長に就任。さらには現役保安官や保安官助手をしりぞけて、悪評高い従兄弟のネルソンを身内のコネで就任させるなどやりたい放題、おかげで町の治安と政治は大混乱。そんなところに湿地で爆発事故が起こり、吹っ飛んできた脚がボートに乗っていた住人を直撃するという大惨事が起こる。どうやら爆発したのはおなじみの密造酒製造所ではなく、覚醒剤の工場だったことが判明する。シーリアとずぶずぶの現保安官にはまかせられないとばかりに主人公フォーチュンと婆ちゃんズことシンフル・レディーズは立ち上がる。この三人が一緒になるとどうなるか、ファンにはおおよそ見当がつくだろうが、あいかわらず凄まじい破壊力である(主に元凶はガーティだが)。今回は田舎マフィアのヒバート一家がいい味を出している。シリーズが続いていくと、作者もつい「みんな明るそうですが、本当はそうじゃないんですよ~実はこの人にはこんなつらい過去が...」とかやりたくなりがちだが、このシリーズのいいところは、作者の思い入れを押しつけて読者を傷つけたりはしないことだ。少なくともこれまで翻訳された六作目まではそうだし、アメリカでは二十五作も出ているのだからきっとそのスタンスは変わっていない。

(本の雑誌 2023年11月号)

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●書評担当者● 柿沼瑛子

翻訳家。翻訳学校教師。主訳書はアン・ライス、パトリシア・ハイスミスなど。最新訳書はアルジス・バドリス「誰?」ジプシー・ローズ・リー「Gストリング殺人事件」共編書に「耽美小説・ゲイ文学ガイドブック」「女探偵たちの履歴書」などあり。元山歩きインストラクター・靴屋の店員、ロス・マクドナルド&マーガレット・ミラー命。

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