悪逆非道の家庭用ロボット チク・タクがすばらしい!
文=大森望
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- 『チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク (竹書房文庫 す 9-1)』
- ジョン・スラデック,鯨井 久志
- 竹書房
- 1,485円(税込)
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- 『大阪SFアンソロジー:OSAKA2045 (Kaguya Books)』
- 正井,青島もうじき,紅坂紫,北野勇作,玖馬巌,玄月,中山奈々,宗方涼,牧野修,藤崎ほつま
- Kaguya Books
- 1,650円(税込)
ジョン・スラデックの超破天荒なロボットSF長編 Tik-Tok (1983)が、原書刊行から40年を経てついに邦訳された。残念ながら現状TikTokを検索しても関連動画は全然上がってませんが、10回クイズ? と言いたくなる迷惑な邦題は、『チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク』(鯨井久志訳/竹書房文庫)★★★★。
小説は全26章から成り、現在と過去のエピソードがかわるがわる語られる。語り手は『オズ』のチクタクにちなんで命名された家庭用ロボットだが、なぜかアシモフ回路が作動しないサイコさん。隣家の盲目の少女を殺してその血で壁に描いた絵が地元の美術評論家に認められてロボ画家としての道を歩き出す。自分の絵に高値がつくと知ったチクタクが数十台のロボットを使って絵を量産しはじめるあたりはなかなか予言的です。
そうやって成功の階段を登りつめる裏で、チク・タクは悪逆非道の限りを尽くす。社会派的な要素もあるが(ロボ版公民権運動とか)、ひどすぎる下ネタや無意味なグロ描写ですべてを台なしにするところがスラデック。すばらしい。なお、訳者の鯨井久志は1996年生れ。本書で長編翻訳デビューらしい。
続いては、同じロボットSFつながりで、高丘哲次の第二長編『最果ての泥徒』(新潮社)★★★½。こちらは泥徒が普及した1900年前後の欧州を舞台にした改変歴史小説。主人公は、泥徒製造業で知られる架空の小国レンカフ自由都市で偉大な尖筆師になることを夢見る少女マヤ・カロニムス。10歳にして泥徒スタルィを錬成するが、ある日、父は無残な遺体となり、秘匿されてきた〝原初の礎版〟三つが消えたことが発覚。事件の真相を突き止め、礎版をとり戻そうと、マヤは最強の従者スタルィとともに旅立つ......。ゴーレムを軸に読み替えられた世界史に冒険と戦争を重ねたロボット版『屍者の帝国』。もう少し独自色が出ればよかったか。
以下、短編SF祭りふたたび。まずはKaguya Books(発売・社会評論社)から同時刊行された地域SFの新作アンソロジー2冊。正井編『大阪SFアンソロジー OSAKA2045』★★★は、2045年の大阪を描く10作を収録。大阪弁のひとり語りで二つの万博の記憶を合体変形させる北野勇作「バンパクの思い出」、夢洲の万博跡地に建設された科学館のAIを描く玖馬巌「みをつくしの人形遣いたち」と、それに続く青島もうじき「アリビーナに曰く」がいい。1970年に始まったサステナブルな大阪万博が75年後の今も続く世界線で、エキスポランドを舞台に、一体の自律解体機と月に行きたいアリビーナとの道行きをリリカルに描く。万博の呪縛。その他、中山奈々(SF俳句)、玄月、牧野修、正井、藤崎ほつまなどが参加。SF度はわりと低め。
対する井上彼方編『京都SFアンソロジー ここに浮かぶ景色』★★★½は全8編。千葉集「京都は存在しない」は、京都が消えた世界で京都を捏造する京都エッセイストたちの話。個人的にぐっときたのは、京大の立看板撤去騒動を遠未来に投影した麦原遼「立看の儀」。巻末の織戸久貴「春と灰」は、機械仕掛けの天使が跋扈する禁足地と化した国会図書館関西館に忍び込む話。他に溝渕久美子、藤田雅矢などが参加。
相川英輔『黄金蝶を追って』(竹書房文庫)★★★はSF/ファンタジー系の全6編。巻頭の「星は沈まない」はコンビニAIと店長の交流を語り、植民惑星を舞台にした「シュン=カン」はそのはるかな後日譚。「日曜日の翌日はいつも」は、一週間に一日、なぜか自分にだけ訪れるオマケの日を使って記録を伸ばしてきた水泳五輪強化選手の話。表題作は中学時代にもらった〝魔法の鉛筆〟で成功したデザイナーの話。リアルなディテールが楽しい。
キム・チョヨプ『この世界からは出ていくけれど』(カン・バンファ、ユン・ジヨン訳/早川書房)★★★½は、全7編を収録する著者の邦訳第二短編集。「ローラ」は実際の身体と一致しない《間違った地図》を持つ人々の話。脳内で三本目の腕を持つローラは、機械の腕を生やそうと決断するが。「ブレスシャドー」は、有毒な気体に覆われた惑星の地下で暮らすことに適応し、粒子を使ったにおい言語で会話する新人類が、氷の下の冬眠ポッドから見つかったプロトタイプの人類のひとりと遭遇する物語。巻末の「キャビン方程式」は現代の韓国を舞台にした梶尾真治風の時間SF。理論物理学者の姉は、局地時間バブルに関する論文の発表後、脳に損傷を負い、時間感覚に異常を来す。妹は姉との時間的距離を埋められるか?
最後の一冊、『未来の「奇縁」はヴァースを超えて』(プレジデント社)は、日本におけるこの分野(企業とSF作家の橋渡し)の草分け、WIRED Sci-Fiプロトタイピング研究所(小山知也ほか)による事例集。顧客(名刺管理サービスのSansan)のお題〝「出会い」と「コラボレーション」の未来〟のもと、ワークショップを経てSF作家3人が書いた短編と、アイデア出しの裏側、そのためのツールなどを1冊にパッケージする。SFができあがる過程を見せる点で、実例つきの創作指南書としても使える。短編は3作。藤井太洋「二千人のわたしたち」は、同じ人物から分岐したAI人格たちが同窓会を開く。倉田タカシ「世界の外で会うために」は、主人公が274体のアバターを運用停止にされてしまう。高山羽根子「ランダマイズ・ヒューマン〝A〟」は、ガチャに外れ続けてきたと自認する少年Aが仮想空間の〝ホゴカンサツ〟を経て実社会に復帰する。
(本の雑誌 2023年11月号)
- ●書評担当者● 大森望
書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。
http://twitter.com/nzm- 大森望 記事一覧 »