『少女、女、ほか』が最高としか言いようがない

文=石川美南

  • 少女、女、ほか
  • 『少女、女、ほか』
    バーナディン・エヴァリスト,渡辺 佐智江
    白水社
    4,950円(税込)
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  • イスタンブル、イスタンブル
  • 『イスタンブル、イスタンブル』
    ブルハン・ソンメズ,最所 篤子
    小学館
    2,750円(税込)
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  • 小さな町 (Woman’s Best)
  • 『小さな町 (Woman’s Best)』
    ソン・ボミ,橋本智保
    書肆侃侃房
    1,980円(税込)
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  • 吹きさらう風 (創造するラテンアメリカ)
  • 『吹きさらう風 (創造するラテンアメリカ)』
    セルバ・アルマダ,宇野 和美
    松籟社
    1,980円(税込)
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  • 穏やかな死者たち: シャーリイ・ジャクスン・トリビュート (創元推理文庫)
  • 『穏やかな死者たち: シャーリイ・ジャクスン・トリビュート (創元推理文庫)』
    ケリー・リンク,ジョイス・キャロル・オーツ 他,渡辺 庸子、市田 泉 他
    東京創元社
    1,650円(税込)
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 何の捻りもない感想で恐縮だが、バーナディン・エヴァリスト『少女、女、ほか』(渡辺佐智江訳/白水社)が、最高だった。まだ読み終わってもいないうちから、「すごくかっこいい小説があって、あなたのことを思い出したから手に取ってみて!」と、友だちにメッセージを送ってしまったくらい。

 ロンドンのナショナル・シアターで、今夜『ダホメ王国最後のアマゾン』が初演される。実在した黒人女性軍団をモデルにした芝居の作・演出を手掛けたのは、アマ。これまでは小劇場を主戦場に、エスタブリッシュメントに牙を剥くような劇を作り続けてきたが、五十代になった今、ついに大舞台で上演する機会を得た。本書ではアマを筆頭に、アマの娘ヤズ、アマの盟友ドミニク......と、年齢や立場の異なる十二人の女性(?)の人生が描かれていく。彼女/彼らはそれぞれに困難を抱えているし、どこかしら欠点も持っているが、作者はクールかつパワフルな文体とからっとしたユーモアで、全員の生を肯定していく。

 句点を用いず、意外なタイミングで改行する独特な文体は翻訳でも再現されており、巻頭の献辞から最終章まで、途切れることのないエネルギーに圧倒される。登場人物同士の意外な繋がりにも驚き、感動した。外国の/黒人の/女性中心の小説と聞いて、自分にとっては身近でないと思う人がいたとしたら、それは大間違いだ。これはあなたの大切な友だちの話であり、あなた自身の話でもある。

 ブルハン・ソンメズ『イスタンブル、イスタンブル』(最所篤子訳/小学館)は、ノスタルジックかつ危険極まりないイスタンブル賛歌だ。

 舞台はイスタンブルの地下牢。学生のデミルタイ、医師のドクター、床屋のカモ、老いたキュヘイランの政治犯四人は、狭い牢のなかで汚れた身を寄せ合いながら、めくるめく物語を互いに聞かせ合う。一人ずつ呼び出され、拷問にかけられるそのときまで──。

 囚人たちの語りの中では、『白鯨』も『デカメロン』もロシアの小話も皆イスタンブルで起きた物語となる。あらゆる夢を呑み込んで膨れ上がる地上のイスタンブルと、陰惨な地下のイスタンブル。その両方のなかに、本物のイスタンブルはある。彼らが空想上の煙草に火を付け、宴会の支度をするシーンは、あまりにも美しく、儚い。

 テイストは全く異なるが、ソン・ボミ『小さな町』(橋本智保訳/書肆侃侃房)も、現実と夢の二重構造が印象的な作品である。

 主人公の「私」は子どもの頃、小さな町で母と二人暮らしをしていた。その町ではかつて大きな火事があり、人々は死者の代わりに犬を飼っていた。母の死後、「私」は記憶を遡り、思いがけない真実に辿り着く。忽然と消えた女優、森の中で出会った美しい人。個々のエピソードはどこかおとぎ話めいているが、終盤で突き付けられるのは、あくまでもシビアな現実だ。人が「消えたい」と思うのはどんなときなのか。人は過去をきれいさっぱり消して生きることができるのか。読後、母が語ったこと/語れなかったことの重さを思い、嘆息した。

 セルバ・アルマダ『吹きさらう風』(宇野和美訳/松籟社)は「創造するラテンアメリカ」シリーズの一冊。ラテンアメリカ文学と聞くとどうしてもマジック・リアリズム的なものを想像しがちだが、本書は刈り込まれたプロットと静謐な文体が魅力的で、まさに、ラテンアメリカ文学の新しい一面を見る思いだった。

 アルゼンチン各地で布教の旅を続ける牧師と、ふてくされながら同行する娘のレニ。ある暑い日、二人の車が故障し、小さな自動車整備工場に運び込まれる。牧師とレニ、整備工のグリンゴと少年タピオカの四人は、車が直るまでの短い時間、共に過ごすことになる。大きな事件が起きる訳ではないし、布教に燃える牧師と信仰を持たない知恵者という構図も目新しいものではないが、作品に漲る静かな緊張感に惹かれて、ぐいぐい読んでしまう。

 セルバ・アルマダはアルゼンチンの作家。二〇一二年に刊行された本書が大きな話題を呼び、国際的に注目されている。

『穏やかな死者たち シャーリイ・ジャクスン・トリビュート』(創元推理文庫)は、カルメン・マリア・マチャード、ジョイス・キャロル・オーツなど豪華な顔ぶれが集結したアンソロジー。参加した十八人の作家たちは単なるパロディではなく、ジャクスンの感受性を受け継ぎ、恐怖を利用した作品を求められたという。ジャクスン作品のファンはもちろん、ダークな幻想譚や人間の暗部を暴くホラーが好きな人は、必ずお気に入りが見つかるはず。

 無人の別荘に忍び込んだ初老の女性たちの恐怖を描くエリザベス・ハンド「所有者直販物件」(市田泉訳)や、少女たちの危うい関係と閉鎖的なコミュニティの因習を掛け合わせたベンジャミン・パーシィ「鬼女」(渡辺庸子訳)は、「いかにもジャクスン」なモチーフを盛り込みつつ、独自の世界を展開している。女性を脅かすものをコラージュ的な手法で暴き出すジュヌヴィエーヴ・ヴァレンタイン「遅かれ早かれあなたの奥さんは......」(佐田千織訳)も、後味悪い(誉め言葉です)。

 一方、ジェフリー・フォード「柵の出入り口」(谷垣暁美訳)は「シャーリイ・ジャクスンっぽい......か?」と首を傾げながらも、炸裂する個性にニコニコ。「むかしむかし、四年生の夏になっても卒論を書き終えていない学生がおりました」というとぼけた一文に始まるケリー・リンク「スキンダーのヴェール」(中村融訳)も、ヘンテコな展開が楽しい。

(本の雑誌 2024年1月号)

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●書評担当者● 石川美南

外国文学好きの歌人。歌集に『砂の降る教室』『架空線』『体内飛行』などがある。趣味は「しなかった話」の蒐集。好きな鉄道会社は京成電鉄。きのこ・灯台・螺旋階段を見に行くのも好き。

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