地道なヒロインの第二作にぶわっと涙!

文=柿沼瑛子

  • ケンブリッジ大学の途切れた原稿の謎 (創元推理文庫)
  • 『ケンブリッジ大学の途切れた原稿の謎 (創元推理文庫)』
    ジル・ペイトン・ウォルシュ,猪俣 美江子
    東京創元社
    1,210円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 渇きの地 (HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOKS No. 1)
  • 『渇きの地 (HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOKS No. 1)』
    クリス・ハマー,山中 朝晶
    早川書房
    2,310円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 野外上映会の殺人: マーダー・ミステリ・ブッククラブ (創元推理文庫)
  • 『野外上映会の殺人: マーダー・ミステリ・ブッククラブ (創元推理文庫)』
    C・A・ラーマー,高橋 恭美子
    東京創元社
    1,496円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 英国本屋めぐり 本と本を愛する人に出会う旅
  • 『英国本屋めぐり 本と本を愛する人に出会う旅』
    ルイーズ・ボランド,ユウコ・ペリー
    サウザンブックス社
    2,970円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

「人生の酸いも甘いも噛み分けた、どーんと肝の据わったヒロイン」イモージェン・クワイは地道ながらも読者の心をつかんでいるようで、第二作『ケンブリッジ大学の途切れた原稿の謎』(ジル・ペイトン・ウォルシュ/猪俣美江子訳/創元推理文庫)が刊行されたのはめでたい限りである。何せこのシリーズ、冒頭のとっつきがいまいち地味なのだ。今回もいきなりキルトの話で始まり、「?」と首をひねっているうちにイモージェンが預かっている若き院生フランが、指導教授に頼まれ伝記の代筆をすることになるという、これまた地味な出だし。しかしその対象となる数学者サマーフィールドがくせもので、歴代の伝記作者はみな行方不明になったり、不審な死を遂げたりしていた。彼らは一様にサマーフィールドの経歴のある特定の時期を調べている最中だった。その時期にいったいどんな秘密が隠されているのか? それと併行してまるで関係のなさそうなキルト作りやら学生のカンニング事件が起きたりするが、それらがいつのまにか物語に絡みあい、最後に大きな奔流となって読者を引きずりこんでいく手際はあいかわらず見事だ。イモージェンと妻帯者の警官マイクとのつかず離れずのバディ関係もよし。そして前作もそうだったが、本当にオチのつけかたがうまい。最後は思わずぶわっと涙ぐんでしまった。作者は既に亡くなっているので、イモージェン・クワイと会えるのもあと二作しかないのかと思うと実に悲しい。

 オーストラリアの小さな町で、誰からも慕われていた若い牧師スウィフトが突然銃を乱射し、住民を次々に射殺するというショッキングな事件が起る。事件から一年後、中東でPTSDを負ったジャーナリストマーティンは、一年後の町の様子を取材するために派遣される。クリス・ハマー『渇きの地』(山中朝晶訳/ハヤカワ・ミステリ)はW・F・ハーヴィーの「炎天」もかくやと思われるひりつくような暑さの描写がえんえんと続き、何もかもが炎暑に喘ぎひっそりと息をひそめて暮らしているかのよう──と思いきや途中からがぜん調子が変わり「ツイン・ピークス」もどきのおかしなクセの強い人々が次々に登場する。そんな中でマーティンのよすがといえるのが、オアシスにひっそりと咲く花のようなシングルマザーだが、彼女もまた暗い秘密を抱えているようだ。悪人と思ったらいい人で、いい人だと思ってたら悪人だったという具合に二転三転するので実にめまぐるしい。おまけに新しい真実がまるで後だしジャンケンのように出てくるので、読者もマーティンと同じように翻弄されるばかりである(そこがまたこの作品の醍醐味でもあるのだが)。結局スウィフト牧師とは何者だったのか、女たちがいうような聖人だったのか、それとも聖職者の影に隠れて少年たちを性的虐待していた極悪人なのか。その彼がなぜ銃撃事件を引き起こすことになったのかは、終盤にある人物の告白によってようやく判明する。それにしてもマーティン君よ、あんたジャーナリストなのにこんなに他人のいうこと信じちゃっていいの? 愛する女性に対するスタンスもぶれっぱなしだし、まあ、最後は成長した姿が見られるのでよしとしよう(何様?)。

 これまたオーストラリアを舞台とする〈マーダー・ミステリ・ブッククラブ〉の第三弾『野外上映会の殺人』(C・A・ラーマー/高橋恭美子訳/創元推理文庫)、このシリーズをコージーだと思って敬遠する人もいるかもしれないが、「ワニ町シリーズ」のようなすかっとした明るさを求めて読むと、意外にも大人っぽくビターである(もちろん楽しいわちゃわちゃはあるのだが)。今回取り上げられるのはクリスティーの「白昼の悪魔」とそれを元に映画化した「地中海殺人事件」である。広大な公園で屋外上映会が行われ、夜のピクニックとしゃれこんだ〈マーダー・ミステリ・ブッククラブ〉だが、その目と鼻の先で殺人事件が起る。たしかに警察の担当者(ハンサムな警部)が素人のヒロインにここまで秘密を漏らしていいのかとツッコミどころはあるが、ひとつひとつ可能性を消していく地道な捜査には好感がもてるし、使われているトリックもある意味ではとてもクリスティーっぽい。ちなみに次作は「そして誰もいなくなった」読書会で、道路が遮断されて陸の孤島となった山荘で事件が起るという、なんともよだれが出そうな設定。そういえばつい先頃クリスティーの別荘を訪れていた百人近くの観光客が嵐のために孤立したが、みな怒るどころか大喜びだったというニュースがありましたな。

「野外上映会の殺人」でもヒロインが、就眠儀式としてP・Dジェイムズのすり切れたペーパーバックを開くシーンがあるが、オーストラリアの元宗主国であるイギリスの人々はミステリーとチョコレートが大好きである。かの地では若い女の子がチョコバーをかじりながら、P・D・ジェイムズをめくってたりするのだ。ルイーズ・ボランド『英国本屋めぐり』(ユウコ・ペリー訳/サウザンブックス社)はそんなイギリス人の本と本屋への愛にあふれたガイドブックである。日本では独立系書店というと、比較的歴史の新しいものが多いが、ここに紹介されている本屋は本への愛はもとより、その地にどっかと根を下ろし、コミュニティに愛し愛されるタイムマシン的存在だ。著者の言葉を借りるなら「本屋とは願いを叶えてくれるアラジンの魔法の洞窟であり、どこか遠くへ連れて行くことを約束し、あなたの内面を引き出してすっかり変身させることを約束する存在」である。ワン・クリックだけじゃ得られない充足感が本屋にはあるのだよ。

(本の雑誌 2024年1月号)

« 前のページ | 次のページ »

●書評担当者● 柿沼瑛子

翻訳家。翻訳学校教師。主訳書はアン・ライス、パトリシア・ハイスミスなど。最新訳書はアルジス・バドリス「誰?」ジプシー・ローズ・リー「Gストリング殺人事件」共編書に「耽美小説・ゲイ文学ガイドブック」「女探偵たちの履歴書」などあり。元山歩きインストラクター・靴屋の店員、ロス・マクドナルド&マーガレット・ミラー命。

柿沼瑛子 記事一覧 »