竜のグリオールシリーズ最終巻『美しき血』に圧倒される!

文=大森望

  • 美しき血 竜のグリオールシリーズ (竹書房文庫 し 7-3)
  • 『美しき血 竜のグリオールシリーズ (竹書房文庫 し 7-3)』
    ルーシャス・シェパード,内田 昌之,日田 慶治
    竹書房
    1,375円(税込)
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  • 最後のユニコーン 旅立ちのスーズ (ハヤカワ文庫FT)
  • 『最後のユニコーン 旅立ちのスーズ (ハヤカワ文庫FT)』
    ピーター・S・ビーグル,井辻 朱美
    早川書房
    1,408円(税込)
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  • ときときチャンネル 宇宙飲んでみた (創元日本SF叢書)
  • 『ときときチャンネル 宇宙飲んでみた (創元日本SF叢書)』
    宮澤 伊織
    東京創元社
    1,870円(税込)
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  • 本の背骨が最後に残る (文芸書・小説)
  • 『本の背骨が最後に残る (文芸書・小説)』
    斜線堂有紀
    光文社
    1,870円(税込)
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  • 未来省(The Ministry for the Future)
  • 『未来省(The Ministry for the Future)』
    キム・スタンリー・ロビンスン,坂村 健,瀬尾 具実子
    パーソナルメディア
    3,300円(税込)
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  • サイエンス・フィクション大全 映画、文学、芸術で描かれたSFの世界
  • 『サイエンス・フィクション大全 映画、文学、芸術で描かれたSFの世界』
    Glyn Morgan,石田 亜矢子
    グラフィック社
    4,620円(税込)
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 全長1800メートルの巨竜グリオールは、古今東西のファンタジーに描かれた無数のドラゴンの中でも一番印象的なものの一つ。ルーシャス・シェパード『美しき血』(内田昌之訳/竹書房文庫)★★★★は、その〈グリオール〉連作を締めくくるシリーズ唯一の長編。2014年に世を去った著者にとって最後の長編でもある(フランス語版が13年に刊行、翌年英語版が出た)。

 主人公ロザッハーはグリオールの血を注射されたことで特異体質の持ち主となり、竜の血から生成した麻薬"マブ"により巨万の富を築く。小説は、麻薬王の一代記のようなスタイルをとりつつ、第1作で竜殺しの遠大な計画を提案した若き画家キャタネイも再登場し、シリーズ全体を別角度から語り直す。英雄による怪物退治のような神話的モチーフも投入されるが、圧倒的な文章力と濃密なエキゾチシズムは健在。

 竜の次は一角獣。ピーター・S・ビーグル『最後のユニコーン 旅立ちのスーズ』(井辻朱美訳/ハヤカワ文庫FT)★★★½は、地上でもっとも美しいユニコーン小説『最後のユニコーン』の後日譚となる「二つの心臓」と、さらにその後日譚にあたる新作「スーズ」をカップリングした中編集。05年に発表され、ヒューゴー賞とネビュラ賞の二冠を獲得した前者は、何度も村を襲って人間を食べてしまうグリフィンをどうか退治してほしいと王に頼むためにひとり旅立つ9歳の少女スーズの物語。37年の歳月を経てシュメンドリックやモリーや老王リーアを再登場させ、伝説的な長編に新たな角度から光をあてる。後者では、17歳になったスーズが、人間界を去り妖精郷に行ってしまった姉ジーニアを探して新たな旅に出る。道連れは、死神を探しているという石の女ダクハウン。『最後のユニコーン』から遠く離れて、独特の異世界を構築するシスターフッド小説(が、独特すぎてよくわからないところも......)。

 川端裕人『ドードー鳥と孤独鳥』(国書刊行会)★★★½は、絶滅動物をめぐる自然/科学小説。小学4年生のとき、緑の谷をともに歩き、ともに絶滅動物の図鑑に夢中になったタマキとケイナ。20年近い歳月を経て再会したとき、タマキは科学記者に、ケイナはゲノム研究者になっていた。ケイナの研究は、いつか"脱絶滅"への道を開くかも......。ドードー鳥と孤独鳥その他の絶滅動物をめぐる様々な歴史的逸話と科学的な知見が大量の図版とともに紹介され、興味をかき立てる。

 宮澤伊織『ときときチャンネル 宇宙飲んでみた』(創元日本SF叢書)★★★★は、動画配信チャンネルを始めた十時さくらが、同居人の天才科学者・多田羅未貴をダシに、登録者1000人を目指すドタバタ生配信の模様をほぼリアルタイムで描く全6話の連作集。超高次元ネットからの情報をもとに未貴が次々にくりだす珍発明が各話の中心になる。超弦ポイでマグカップに汲んだ宇宙とか、結晶化した時間とか、わけありエキゾチック物質詰め合わせ六種とか、とんでもないモノや概念が次々に登場し、視聴者たちからツッコミの嵐を浴びる。さしずめ、堀晃『マッド・サイエンス入門』を当世風に小説化した感じ? ネタの密度は高く会話のテンポは絶妙で、ユーモアSFとしても上々の部類。

 斜線堂有紀『本の背骨が最後に残る』(光文社)★★★★は、《異形コレクション》掲載の6編に新作1編を追加した短編集。通しテーマは苦痛。表題作および巻末書き下ろし「本は背骨が最初に形成る」は、本が紙ではなく人間に記録される国を舞台にした特殊設定ミステリ。SFとしては、特殊な装置を介して他人の痛みを引き受ける女性たちを描く「痛妃婚姻譚」、VR空間で自分の分身(のデータ)を痛めつけることで嗜虐性を満たす是非を問う「ドッペルイェーガー」が秀逸。

 なかなか読む気力が起きなかったキム・スタンリー・ロビンスン『未来省』(瀬尾具実子訳/パーソナルメディア)★★は、106の短い章から成るおかげで覚悟していたより読みやすかったものの、(SFとしては)覚悟していた以上につまらない。激烈な熱波がインドを襲い、数百万(一説には2千万とも)の死者が出る地獄絵図で幕を開けた物語の主役は、国連がパリ協定に基づいて設立した未来省の事務局長に任命されたメアリー・マーフィー。アイルランド出身の彼女は、炭素排出量削減と世界経済の舵取りに苦労することになる。もっとも、小説の大半は、いかにもありそうな近未来の出来事の集積で、気候変動シミュレーションノベルの色が強い。

 筒井康隆『カーテンコール』(新潮社)★★½は、2021年以降に発表された掌編25編を収める最後の(?)新作短編集。巨匠ならではの自分ネタ(往年の大作家や大スターが著者と一緒に舞台に上がる表題作とか、検査入院中の著者のもとに芳山和子や唯野教授や美藝公や日本SF第一世代の作家たちが現れる「プレイバック」とか)はさておいて、マネキン人形と目が合う「手を振る娘」や、ミニサイズの人魚を釣り上げる「横恋慕」など、どうということのない非日常譚がすばらしい。

 最後の一冊、グリン・モーガン編『サイエンス・フィクション大全』(石田亜矢子訳/グラフィック社)は、豊富なカラー図版を満載し、サイボーグ、宇宙旅行、コンタクト、地球の未来など五つのテーマごとに科学とSFの流れをたどる。前出のロビンスンほか、チャーリー・ジェーン・アンダース、ヴァンダナ・シンなど現役SF作家5人のインタビューつき。日本の漫画、アニメも多数登場、英語圏以外のSF小説の歴史と現状に関する解説もある。

(本の雑誌 2024年1月号)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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