死者生者入り乱れる狂騒の島にダイブ!

文=石川美南

  • マーリ・アルメイダの七つの月 上
  • 『マーリ・アルメイダの七つの月 上』
    シェハン・カルナティラカ,山北 めぐみ
    河出書房新社
    2,970円(税込)
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  • マーリ・アルメイダの七つの月 下
  • 『マーリ・アルメイダの七つの月 下』
    シェハン・カルナティラカ,山北 めぐみ
    河出書房新社
    3,080円(税込)
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  • ハリケーンの季節
  • 『ハリケーンの季節』
    フェルナンダ・メルチョール,宇野 和美
    早川書房
    3,410円(税込)
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  • 三世と多感
  • 『三世と多感』
    カレン・テイ・ヤマシタ,牧野理英
    小鳥遊書房
    3,080円(税込)
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  • オリンピア
  • 『オリンピア』
    デニス・ボック,越前 敏弥
    北烏山編集室
    2,750円(税込)
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  • だれか、来る
  • 『だれか、来る』
    ヨン・フォッセ,河合 純枝
    白水社
    2,530円(税込)
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  • シェイクスピアの記憶 (岩波文庫 赤792-10)
  • 『シェイクスピアの記憶 (岩波文庫 赤792-10)』
    ホルヘ・ルイス・ボルヘス,内田 兆史,鼓 直
    岩波書店
    693円(税込)
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 昨年末は外国文学が大豊作!中でも真っ先にご紹介したいのが、シェハン・カルナティラカ『マーリ・アルメイダの七つの月』(山北めぐみ訳/河出書房新社)だ。

 舞台は一九九〇年、内戦中のスリランカ。物語は、戦場カメラマンのマーリが死後の世界で目を覚ますところから始まる。自分が死んだ経緯をどうしても思い出せないマーリに残された時間は七日。彼は生者の世界に舞い戻り、そこら中を跋扈する死者たちに目を見張りつつ、やり残したことを完遂すべく、風に乗って奔走することになる。

 マーリのキャラクターは強烈だ。シニカルなユーモアを次々と繰り出すおしゃべり男にして、享楽的なゲイでギャンブラー。しかし、カメラマンとしての矜持を持ち、愛に関しては案外ナイーブ。読み始めた頃はあまり共感できなそうな奴だと思ったが、いつしかすっかり感情移入してしまい、一緒に現実への怒りに震えたり、愛する人たちの安否を気遣ってじたばたしたりした。内戦下のスリランカは、政府軍、複数の武装勢力、謎の人権団体などが入り乱れ、暴力が暴力を呼ぶ泥沼の状況。さらに冥界からも、死者を〈光〉へと導くヘルパー、復讐に燃える若き革命家、異形の神などが参戦し、めいめいの主張をがなり立てる。しかし、狂騒の果てにマーリが行きつく場所は意外なほど静かで、そのことに、泣いた。サルマン・ラシュディよりポップで、カート・ヴォネガットより熱っぽい。エネルギーに満ちた唯一無二の語りを、隅々まで味わってほしい。

 お次も物凄い作品。フェルナンダ・メルチョール『ハリケーンの季節』(宇野和美訳/早川書房)は、メキシコのベラクルス州に生まれ育った作者が、土地の言葉で濃密に描いた殺人譚である。

 小さな村で、「魔女」と呼ばれる人物が独り暮らしていた。村の女たちの堕胎を密かに助けていた魔女が、ある日、惨殺死体で見つかる。年下の子らの世話をさせられる娘、売春婦の夫、義父に妊娠させられた少女など様々な立場の人々の事情が明らかになるにつれ、事件のあらましが見えてくる。とはいえ、フーダニットが重要な話ではない。村を何重にも覆う暴力自体が本書の主役と言っていい。狭いコミュニティの殺人を描いている点、中心人物が章ごとに入れ替わる点はガブリエル・ガルシア=マルケス『予告された殺人の記録』を思わせるが、本書の人々はより逃げ場がなく、差別と貧困と暴力の連鎖の中でほとんど身動きが取れなくなっている。あまりにも絶望的な状況にずっと胃の辺りを押さえつつも、まさにハリケーンのような力強い文章に惹かれ、ぐいぐい読んでしまった。

 カレン・テイ・ヤマシタ『三世と多感』(牧野理英訳/小鳥遊書房)は、『熱帯雨林の彼方へ』で多くの読者を呆気に取らせた作者による短編集。前半は日系アメリカ人三世にまつわる小説、エッセイなどが並び、後半はジェイン・オースティンの諸作品を日系三世の社会に置き換えたパロディが展開する。意表を突くこの取り合わせは、どうやらJapanese AmericansとJane Austenの「JA」つながりということらしいのだが、ドライなユーモアのセンスも、オースティンと通じるところがある。やや校正が甘いのではと思う箇所があってもったいないのだが、日系三世のメンタリティを多角的に体感できる小説として貴重だし、何より、とても面白い。風呂にまつわるエピソードによって祖母・母・娘たちのジェネレーションギャップを浮かび上がらせる「風呂」、『レディ・スーザン』を下敷きに、したたかに生き抜く女性を描いた「オマキさん」が、特に良かった。

 さて、デニス・ボック『オリンピア』(越前敏弥訳/北烏山編集室)の主人公ピーターも移民三世だが、その時代背景は『三世と多感』と大きく異なる。ピーターの家族は、第二次世界大戦後にドイツからカナダへと渡ってきた人たちだ。

 祖父母が出場したベルリン・オリンピック、叔父がやって来た夏のミュンヘン・オリンピック、妹が出場を目指したモントリオール・オリンピック。彼らの歴史には、いつも平和の祭典が関わっていた。けれど、その人生は決して平穏なばかりではない。少年ピーターの過去への無関心ぶりは時に残酷さすら感じさせるが、そんな彼にも、過酷な運命と向き合う時が来る。ピーターの語る声は静かだが、そこには常に、嵐の中で蝋燭の火を守っているような緊張感が漂う。だからこそ、家族が前に進み始める最終章は感動的。何度も読み返したい、悲しくも美しい一冊だ。

 ヨン・フォッセ『だれか、来る』(河合純枝訳/白水社)は、二〇二三年にノーベル文学賞を受賞したノルウェー人作家の初邦訳。代表的な演劇作品とエッセイ、丁寧な訳者解説を収めている。

 人里離れた入り江の古い家で、二人だけの生活を始めようとする「彼」と「彼女」。しかし、二人の心には暗い海の波のように不安と孤独が忍び込む。物語の起伏を排した剥き出しの佇まいとミニマルな言葉の繰り返しは訳文でも味わえるが、作者が用いる言語についての解説を読むと、より理解が深まる。

 ホルヘ・ルイス・ボルヘス『シェイクスピアの記憶』(内田兆史、鼓直訳/岩波文庫)は、初邦訳一編を含むボルヘス最後の短編集。四編とも、短い中にボルヘスらしさが凝縮されている。表題作は、とある研究者がシェイクスピア自身の記憶を丸ごと譲り受けるという奇想天外な物語だが、作者の最晩年の作品だと思うと何か感慨深い。青い虎を求めてインドを訪れた男の奇譚「青い虎」も、妖しい魅力を放つ。

(本の雑誌 2024年3月号)

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●書評担当者● 石川美南

外国文学好きの歌人。歌集に『砂の降る教室』『架空線』『体内飛行』などがある。趣味は「しなかった話」の蒐集。好きな鉄道会社は京成電鉄。きのこ・灯台・螺旋階段を見に行くのも好き。

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