年間ベスト級作品目白押し!(絵本もあるよ)

文=石川美南

  • いろいろな幽霊 (海外文学セレクション)
  • 『いろいろな幽霊 (海外文学セレクション)』
    ケヴィン・ブロックマイヤー,市田 泉
    東京創元社
    2,640円(税込)
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  • 人殺しは夕方やってきた マルレーン・ハウスホーファー短篇集
  • 『人殺しは夕方やってきた マルレーン・ハウスホーファー短篇集』
    マルレーン・ハウスホーファー,松永美穂
    書肆侃侃房
    2,310円(税込)
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  • サメと救世主
  • 『サメと救世主』
    カワイ・ストロング・ウォッシュバーン,日野原慶
    書肆侃侃房
    2,640円(税込)
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  • 別れを告げない (エクス・リブリス)
  • 『別れを告げない (エクス・リブリス)』
    ハン・ガン,斎藤真理子
    白水社
    2,750円(税込)
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  • ドクロ
  • 『ドクロ』
    ジョン・クラッセン,柴田元幸
    スイッチ・パブリッシング
    2,970円(税込)
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  • 戦争は、
  • 『戦争は、』
    ジョゼ・ジョルジェ・レトリア,アンドレ・レトリア,木下 眞穂
    岩波書店
    2,200円(税込)
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 えっ、何どうしたの、と聞かれて気づいたら、本から上げたばかりの自分の顔が思いきりニヤニヤしていた。ケヴィン・ブロックマイヤー『いろいろな幽霊』(市田泉訳/東京創元社)は、幽霊が出てくる二ページほどの物語が百編収められた、奇妙な掌編集だ。「過去のある瞬間を繰り返し続ける幽霊」「方向音痴の幽霊」「子孫をつい甘やかす幽霊」など、いかにも幽霊然とした幽霊が登場する話もあれば、「前にも後ろにも年をとっていく男」「歯のあいだに食べ物のかけらが挟まっているという確信の幽霊」など「なんだそりゃ?」と笑ってしまうものや、幽霊という概念を限界まで拡張したような話も。テイストも、理屈っぽかったりノスタルジックだったり、SF風だったり怖かったりといろいろで、最後まで全く飽きずに楽しめる。

 ケヴィン・ブロックマイヤーはかつて、新型ウイルスで人類が滅亡に向かう『終わりの街の終わり』というシリアスな長編を書いている。そんな作者が、新型コロナウイルスによる本物のパンデミックのさなかこんなヘンテコな掌編を書き続けていたのだから、人間って面白い。巻末に付された作者による「主題の不完全な索引」、読者にとっては別に便利ではないのだが、リストアップを愛好するケヴィンの気質がよく表れていて、ここでもニンマリしてしまった。訳文もさらりとして心地良く、声に出して読みたくなる(実際読んだ)。

 オーストリアの作家・マルレーン・ハウスホーファーの『人殺しは夕方やってきた』(松永美穂訳/書肆侃侃房)も、隅から隅まで面白く、そして奥深い短編集だ。恥ずかしながら本書で初めて彼女を知った私は、こんなすばらしい作家がいたのかと、今さら目を見張る思いだった。

 少女時代の思い出/大人の生活/戦争の影の三章に分けたオリジナル編集版。一章は子ども時代にしか体感できないであろう瑞々しい叙情性に満ちているが、どこか人を食ったようなふてぶてしいユーモアもあって、この人の描く少女は絶対に信頼できるぞという気持ちになる。授業中いたずら書きを見つかってしまった少女の心の動きを鮮明に描く「さくらんぼ」、新しい物理の先生を「教育」してあげようとする女の子たちの無邪気な残酷さをユーモラスに描いた「ドラゴン」が特にいい。二章・大人編では、一章以上に複雑な感情を繊細に切り取っている。「とりわけ奇妙な愛の物語」は、かつての同級生を「所有」し続ける女性がイタくて愛おしい。幼い息子たちに延々と執筆の邪魔をされ続ける「お話」は身につまされるし、表題作の余韻も格別。そして三章では、戦争が直接間接に描かれる。

 紹介のタイミングがやや遅くなってしまったが、カワイ・ストロング・ウォッシュバーン『サメと救世主』(日野原慶訳/書肆侃侃房)は、ハワイ出身の作者の、チャーミングなデビュー作。

 少年ナイノアは、ハワイに暮らすフィリピン系一家の次男。海に落ちてサメたちに助けられた後、彼の手には不思議な力が宿る。しかしその奇跡は、家族やナイノア自身を苦悩させていくことになる。欠落を抱えた家族に回復の日は来るのか。救世主とは誰のことなのか─。マジカルな部分もある小説だが、中心を占めるのは、貧しい家族一人ひとりの苦闘の物語。どこかアンバランスでひりひりする空気感は、ジョン・アーヴィング『ホテル・ニューハンプシャー』辺りにちょっと似ているかも。ハワイにおける人種・民族の多様性や、ハワイ島とオアフ島の生活の違い、ハワイとアメリカ本土の距離感など、リゾート地ではないハワイの姿を知ることができるのも魅力だ。

 こちらも島の話。ハン・ガン『別れを告げない』(斎藤真理子訳/白水社)の主な舞台は、雪に覆われた冬の済州島である。

 作家のキョンハはある日、済州島で暮らす友人のインソンから連絡を受ける。事故で指を切断して入院中の彼女は、家に残してきた鳥を助けに行ってほしいとキョンハに頼み込む。治療のため三分ごとに指先を針で刺さねばならないインソンと、家族との辛い別れを経験し遺書を何度も書き直す日々を送っていたキョンハは、鋭い痛みの感覚によってつながり合う。そして、大雪のなか辿り着いた家で、キョンハはインソンの両親が経験した済州島四・三事件の壮絶な歴史に触れることになる。

 舞い上がり降り積もる雪のなかでは生と死、夢と現実が容易に反転しながら共存する。眩暈を感じるほど濃密で美しい雪の描写と、過酷な歴史の積み重なりに、ほとんど息をするのも忘れて読み耽った。圧倒的傑作。

 大人にもオススメの不穏な絵本を二冊。ジョン・クラッセン『ドクロ』(柴田元幸訳/スイッチ・パブリッシング)は、森の古い屋敷で女の子とドクロが出会い、頭のない骸骨と闘う話。ジョン・クラッセンと言えば絵本『どこいったん』の衝撃が忘れがたいが、本書は、余白の多い作風はそのままに、作者の脳内に一歩踏み込むようなスリリングさもある。

 ジョゼ・ジョルジェ・レトリア『戦争は、』(木下眞穂訳/岩波書店)は、「戦争は、」という書き出しの詩で戦争の本質を問う、恐ろしくも大切な一冊。息子アンドレによるイラストにも説得力がある。はじめて読んだとき「戦争は、物語を語れたことがない」というフレーズに首をひねった。戦争は物語を語るのが大好きなものではなかったか。しかし「語った」ではなく「語れた」であることに気づいて、これは静かな抵抗の言葉なのだと考え直した。戦争、お前が語るのは物語なんかじゃない。物語は私たちのものだ、と。

(本の雑誌 2024年7月号)

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●書評担当者● 石川美南

外国文学好きの歌人。歌集に『砂の降る教室』『架空線』『体内飛行』などがある。趣味は「しなかった話」の蒐集。好きな鉄道会社は京成電鉄。きのこ・灯台・螺旋階段を見に行くのも好き。

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