人情味とほろ苦さが"いい塩梅"な『ミステリーしか読みません』に◎!
文=柿沼瑛子
世の中には「いい塩梅」という言葉があるが、これにぴったりなのがイアン・ファーガソン&ウィル・ファーガソンの『ミステリーしか読みません』(吉嶺英美訳/ハーパーBOOKS)である。お色気聖女探偵、必殺兵器は空手チョップといういかにも七〇年代チックな『フラン牧師』で一世を風靡したミランダも、いまや落ちぶれて仕事は皆無。人のいいゲイの付き人には給料未払いはおろか立替までもさせて(そのために付き人君がバイトをしているというのが泣ける)エージェントからもクビを言い渡され、尾羽打ち枯らしたという言葉がまさにふさわしい境遇で、変わらないのは大女優気分だけ(山下和美「ツイステッド・シスターズ」の良子姉さんのような)。そんな彼女のもとに十五年前に疎遠になったままの元脚本家の夫からの葉書が舞い込んでくる。ミランダは起死回生のチャンスとばかりに夫婦でもう一度ひと旗あげようといそいそオレゴン州の港町までやってくるのだが、そんな彼女を迎えたのが「そろそろ離婚したほうがいいんじゃないか」というあまりに冷たい夫の言葉。行き場を失ったミランダだったが、田舎町のアマチュア公演に夫がかかわっていることを知る。無理やりオーディションに潜り込み、公演に参加することになるがそのリハーサル最中に殺人が起こる......。
カテゴリー上はコージーになるのかもしれないが、こんなにヒロインの性格が悪いコージーってあり? ていよくアッシーにされる地元警察署長や、『フラン牧師』の熱狂的ファンだったばかりにミランダにふりまわされるB&Bの女主人、落ち込むミランダにいつも優しく気を遣ってくれるボランティア書店員。なぜかやたらとミランダを敵視する巡査。だが、読み進んでいくにつれひとりひとりの人物に血が通い始めると、ミランダの価値観もひとつひとつリセットされ、自分の本当の幸せが何なのかを学んでいく。殺される人物は本当に嫌な奴なので納得がいくのだが、読者としては誰ひとり犯人であってほしくないと思ってしまう。このミステリー要素とユーモアと人情味と少しばかりのほろ苦さのさじ加減が実にいい「塩梅」なのだ。そして何よりもタイトルの元になったミランダの夫が営む海と港町の絶景を見下ろすミステリー専門店が素敵すぎる!
わたしが勝手に「イギリス情報部のエーベルバッハ少佐」と呼んでいる有能強面のラムゼイ少佐と金庫破りのエリーのコンビが活躍するアシュリー・ウィーヴァーの第二作『金庫破りとスパイの鍵』(辻早苗訳/創元推理文庫)がほぼ一年ぶりに登場! 前作を紹介した時に「この作品の舞台は一九四〇年八月である。つまりドイツ軍によるロンドン大空襲の一カ月前なのだ!」と書いたが、第二作のクライマックスはなんとそのロンドン大空襲の真っ只中である。テムズ川で鍵のかかったカメオ付きのブレスレットをつけた女性の遺体が発見され、エリーはラムゼイ少佐の要請を受けて遺体のブレスレットを開錠する。そこに隠されていた中身と、女性が毒殺されていたことから、ドイツ軍側のスパイ活動の関与が明らかになる。ふたりは女性を殺した犯人と、ドイツのスパイを探りだすためにまたしてもタッグを組むことに......第一作を読んだ時から、このシリーズにそこはかとなく漂っている「哀しみ」のようなものがずっと気になっていたのだが、それは戦時下の「死」と常に対峙している日常のせいか、もしくはエリーの母親が死刑囚だというトラウマのせいかもしれない。もちろん本作もまたユーモアたっぷりで少佐とフェリックスのエリーを巡る恋のさや当て的なロマンス要素もあるし、エリーの「少々訳あり」家族の絆にもぐっとくるのだが、明るいけれどどこか暗いのだ。
その加減が実に「いい塩梅」などといったらぶっ飛ばされそうだが、この作品の魅力をなしているもうひとつの要素は、コロナ禍でリバイバルした戦時下のモットー「KEEP CALM AND CARRY ON(平静を保て、日々を続けろ)」精神をほうふつさせる登場人物たちの心意気だ。何ひとつ以前と同じにはならないが「わたしたちはそう簡単に破壊されない」という作者とエリーの声が聞こえてきそうだ。
読者参加型ミステリーというのはよく聞く言葉だが、その概念を覆すこれぞほんまもんの読者参加型ミステリー、ゆめゆめ初心者には薦めてはならない問題作がダン・マクドーマン『ポケミス読者よ信ずるなかれ』(田村義進訳/ハワカワ・ミステリ)だ。ストーリー自体はきわめてオーソドックスで、アメリカ建国二百周年を迎える週末、ニューヨーク州の人里離れたセレブばかりの会員制狩猟倶楽部に、いっけんハードボイルド風の探偵が乗り込んでいくところから物語は始まる。隠されていた人間関係や過去の罪がしだいに明らかになっていくあたりは、どことなくロス・マク風でもあり、舞台が嵐で寸断されて陸の孤島となるあたりはまるきりクリスティーである。ところどころにはさまれる、時によってはお節介すぎるミステリーの雑学やらルール談義はもとより、「ほーれ、お前さん(読者)の考えることなんてわかってるんだよ、こういうの好きなんだろ」といわんばかりの挑発がうっとおしくも楽しい。途中でアンケートやら質問票やらも登場し、どことなくミステリーを書くための教科書的な趣も感じられる。West Heart Killときわめてオーソドックスな原題が、なぜこのようなタイトルになったのかは、まさに読んでのお楽しみということで。冒頭の人物紹介表で黒塗りされていた箇所があり、てっきり最後にネタバレがあるのかと思いきや、これは自分で入れろってことなのかな?
(本の雑誌 2024年7月号)
- ●書評担当者● 柿沼瑛子
翻訳家。翻訳学校教師。主訳書はアン・ライス、パトリシア・ハイスミスなど。最新訳書はアルジス・バドリス「誰?」ジプシー・ローズ・リー「Gストリング殺人事件」共編書に「耽美小説・ゲイ文学ガイドブック」「女探偵たちの履歴書」などあり。元山歩きインストラクター・靴屋の店員、ロス・マクドナルド&マーガレット・ミラー命。
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