地球環境から野球まで短編SF祭りだ!
文=大森望
今月は、約1年ぶりの短編SF祭り。数が多いのでどんどん行こう。『地球へのSF』(ハヤカワ文庫JA)★★★½は、日本SF作家クラブ編のテーマ別書き下ろしアンソロジー第4弾。主に地球環境を題材にした22編の新作を集める。琴柱遥「フラワーガール北極へ行く」は、シロクマとクジラ(の姿だが法的にはともに人間)の結婚を祝うため仲間たちが大挙して北極に集まる多幸感に満ちた壮大な祝婚SFの(藤本泉「十億トンの恋」以来の)傑作。柴田勝家「一万年後のお楽しみ」は、地図アプリを使った未来SLGに氷河期を生きる(原始人スタイルの)未来人が出現したことから、思いがけない"未来史"が始まる。長谷川京「アネクメーネ」は地磁気変動により人類が方向感覚喪失症を患う話。吉上亮「鮭はどこへ消えた?」は絶滅したはずの鮭で最高の一皿を供するべく、「未明の晩餐」のあの凄腕料理人が久々に再登場する。個人的ベストは空木春宵「バルトアンデルスの音楽」。地下15kmの超深度掘削坑から〈地球の音〉と名づけられた異様なサウンドが響き、周りに大規模野外レイヴ会場が造営される。これが大ブームとなり、地下から地球の音をとりだす〈花〉が世界各地に建設される......。他に新城カズマ、上田早夕里、小川一水、春暮康一、林譲治、菅浩江、円城塔など、全22人の22作を収録。
対するジョナサン・ストラーン編『シリコンバレーのドローン海賊 人新世SF傑作選』(中原尚哉ほか訳/創元SF文庫)★★★もほぼ同様のテーマ(やや社会問題寄り)に挑む競作集。イーガンの「クライシス・アクターズ」は、気候変動陰謀論者である主人公が気候災害のウソを暴くべく災害救助ボランティア団体に潜入する大変ひねくれた風刺小説。陳楸帆「菌の歌」は超皮質ネットワークへの参加を促すため女性エンジニアが中国奥地の村を訪ねる柴田勝家風のアイデアSF。大学出版局の(SFプロトタイピングっぽい)企画のせいか、ほかには社会的テーマに真面目に取り組むストレートな作品が多い。メグ・エリソンの表題作は配達用ドローンを強奪する話で、宮内悠介や藤井太洋を読んだ目にはいささか古めかしく映る。ナイジェリア出身のテイド・トンプソン(英国在住)、バングラデシュのサード・Z・フセインが寄稿しているあたりも今風だが、巻末にはキム・スタンリー・ロビンスンのインタビューがあり、なるほどねえという感じ。『未来省』が好きな人にはお薦め。
齋藤隼飛編『野球SF傑作選 ベストナイン2024』(発行Kaguya Books/発売社会評論社)★★½は、暴力と破滅の運び手「マジック・ボール」ほかかぐやSFコンテスト関連の4編と鯨井久志の同人誌掲載中編に小松左京「星野球」、新井素子「阪神が、勝ってしまった」、小山田浩子「継承」などを加えた全9編。序文にあるとおり、「じゃあオレの考えたチームと勝負だ!」的な意欲を刺激する1冊。千葉集のエッセイは26ページかけて英語圏の野球SF数十作を紹介する労作で、愛好者ならこれだけで買い。高山羽根子のコラムも面白い。
続いて国内短編集が3冊。空木春宵『感傷ファンタスマゴリィ』(創元日本SF叢書)★★★★は全5編収録の第2作品集。書き下ろしの表題作は19世紀末パリを舞台に、死者の姿を映す"幽霊幻燈機"をSF的に再解釈する幻想ミステリ。「さよならも言えない」は装いのスコアが重要な意味を持つ社会を描くディストピアもの。白眉は「4W/Working With Wounded Women」。上層の住人は〈冥婚〉で結ばれた下層の住人に肉体的な怪我を瞬時に転送できるというベタな謎システムが恐ろしくリアルに描かれる。幻想の80年代香港風(?)の〈下甲街〉描写が抜群。
八潮久道『生命活動として極めて正常』(KADOKAWA)★★★★½は、はてなブログで人気のブロガー(やしお/OjohmbonX)のデビュー短編集。はてなブログ初出の表題作に、カクヨム初出4編と新作2編を加えた全7編を収録する。短い作品は気の利いたネタ小説風だが、老人ホームで姫ポジションを目指して倦まずたゆまず努力を続ける優希(78歳・男性)の奮闘を描く「老ホの姫」は(オールジャンルの)年間ベスト級に面白いのですべての人に読んでほしい。巻末の書き下ろし「命はダイヤより重い」は、人身事故に遭遇する確率がなぜか異様に高い運転士の話。死亡事故を起こした運転士は"みたまがえしの儀"を行うしきたりだが、そのたびに総務課にいる親しい女性社員がギャル短歌をプレゼントしてくれる(「ギャルサーを抜けても抜けてもそこは闇。ファミレスにいるあたしはひとり」などなど)というセンスが凄い。
池澤春菜『わたしは孤独な星のように』(早川書房)★★★½は著者初の小説集。ゲンロンSF創作講座に提出された5編(2022年初出)に『2084年のSF』掲載作と『WIRED』日本版掲載作を加えた全7編。巻頭の「糸は赤い、糸は白い」はきのこ由来の脳根菌との共生により人間の共感能力を高めるmycopathyが一般化した未来で、脳に入れるきのこ選びに悩む少女を描く瑞々しい(?)思春期小説。表題作は、「叔母が空から流れたのは、とても良い秋晴れの日だった」という書き出しから、叔母の願いを叶えるべくスペースコロニーの中を旅する叙情SF。かと思えば、どんなダイエット法でも絶対痩せないことでバズったヒロインが脂肪との死闘を経て思いがけない地点にたどりつく「あるいは脂肪でいっぱいの宇宙」とその後日譚の声優小説「宇宙の中心でIを叫んだワタシ」のようなバカSFも楽しい。
(本の雑誌 2024年7月号)
- ●書評担当者● 大森望
書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。
http://twitter.com/nzm- 大森望 記事一覧 »