新川帆立の傑作長編『目には目を』に驚愕!
文=梅原いずみ
二〇二五年が始まってすぐの一月ではあるが、早くも今年を代表する一作が出た。新川帆立の長編『目には目を』(KADOKAWA)。『元彼の遺言状』で二〇二一年にデビューした新川の印象は、魅力的なキャラクターが活躍する小説を得意とする作家だった。その印象が変わったのは、二〇二三年刊行の短編集『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』を読んだ時。架空のレイワを舞台にした趣向と捻りが最高で、以降、新川への期待値は爆上がりしていた。が、『目には目を』はその期待を軽々と越える傑作だった。
かつて傷害致死で少年院に入っていた少年Aが、出所後に被害者の母親に殺された。事件の背景には、少年Bの密告が関係していたという。Aを含め少年院でともに過ごした六人の少年たちのうち、少年Bは誰で、なぜ密告をしたのか? 六人の元少年たちを取材するライターの〈私〉は問う。「他の多くの少年は罰を受けていないのに、なぜ、少年Aだけが殺されたのか。少年Aは運が悪かったのか。あるいは殺されるだけの事情があったのか」。物語は〈私〉によるノンフィクションの形で、元少年たちが罪を犯した背景と少年院を出た後の人生を冷静に綴っていく。
そして、第四章。ここで意外な事実が明らかとなり、少年Bを追うフーダニットものとしての仕掛けが炸裂する。衝撃。予想外で、でも物語にも著者が描きたかったテーマにも矛盾を生じさせない事実に、思わず椅子から立ち上がってしまった。ああ、だからこの物語は、『目には目を』というタイトルなのか......!
証言で進む物語繫がりで、宇佐美まことの短編集『謎は花に埋もれて』(光文社)の収録作「クレイジーキルト」も素晴らしかった。熟年婚をした花屋の店主と刑事の夫婦を中心にした六話で構成されているが、連作短編というより独立短編のような印象を受ける作品集である。
「クレイジーキルト」は三話目で、とある事件の全貌が六人の視点から浮かび上がる。小さな出来事の積み重ねが引き起こした悲劇と、ままならない人間の心理。「そうなると、もう偶然じゃない」「計算された必然になる。そうやって物事は起こっていくの」という言葉が、作中で重く響き続ける。その他、同じく些細な出来事の積み重ねを描きつつ、読み心地は「クレイジーキルト」と正反対の「家族写真」、蜜蜂が真相への手掛かりとなる「ミカン山の冒険」など、どれも短いながら切れ味鋭い謎解きが愉しめる。
大倉崇裕『高高度の死神 怪獣殺人捜査』(二見書房)は、怪獣が存在する世界を舞台にしたシリーズの二作目。少し前に一作目『殲滅特区の静寂 警察庁怪獣捜査官』が文庫化されたので、そちらを先に読むと背景事情がより分かる。
主人公は一作目と同様、怪獣の進行方向を予想し殲滅作戦を立てる怪獣省の予報官・岩戸正美。彼女が警察庁特別捜査室の刑事・船村に振り回され......いや、二人がバディとなって事件を解決していく。三話収録で、アメリカの国務長官が乗る飛行機の中で発生した毒殺事件と飛行怪獣との攻防を描く第一話、二匹の怪獣から核兵器を飲み込んだ個体を見極める第二話、第三話では七年前の殺人事件に怪獣の関与による冤罪の可能性が浮上する。VS怪獣色の強かった一作目に比べ、本作では他国の思惑や強権を持つ怪獣省と他官庁との政治的な駆け引きが主軸となっている。皮肉なのは、人々を守ろうと岩戸が尽くすほどに怪獣省が権力を肥大化させていくところだ。その姿はまるで......「エピローグ」で語られる彼女の心情は複雑である。
『をんごく』でデビューしたホラーミステリ界の期待の新人・北沢陶の二作目『骨を喰む真珠』(KADOKAWA)も刊行された。舞台は大正十四年の大阪。丹邨製薬の社長令息からの奇妙な投書を目にした女性記者の苑子は、丹邨家に化け込み──身分を偽り潜入取材を試みる。そこで苑子が目にしたのは、異様なほど若々しい夫人、病弱な息子に謎めいた美青年の社長秘書、一家の頂点に君臨する娘の礼以と、彼女が与える真珠のように白く虹色じみた光沢の丸薬......。苑子と礼以のやり取りは甘美だけれど、それ以上に不穏な雰囲気が張り詰めている。
中盤以降は苑子の妹が登場し、苑子の同僚である操とともに外側から丹邨家を調査する。無関係に見えた要素が一つの真相に収束していく過程はミステリ的だが、決してそこに収まることのない人外の姿が印象的だ。丹邨家に潜む人ならざる者たちは一見人間らしく取り繕っているけれど、言動の端々から違和感が滲み出ている。咽かえるほど血の匂いが漂う凄惨な現場で微笑む姿に、背筋が凍った。おぞましい展開を繰り広げながらも、物語の閉じ方には光が感じられる、上質な長編ホラーである。
彩坂美月『そして少女は、孤島に消える』(双葉社)は、大胆な仕掛けが施された孤島ミステリだ。子役でデビューしたゆえに今後の役者人生に悩む十八歳の井上立夏が挑んだのは、鬼才と称される映画監督の新作ホラー映画のオーディション。立夏含め五人の最終候補者たちは、ロケ地であり最終選考の会場でもある絶海の孤島で、三日間かけて台本に沿った演技をすることになる。五人は協力しながらも、互いに主演の座を譲る気は毛頭ない。シナリオが現実にリンクしていく違和感と恐怖の中、それでも殺し殺される迫真の演技を続け、自ら"選ばれに"いく。予想できないトリッキーな真相にひっくり返るはずなので、タイトルからクリスティの名作を思い浮かべた人にこそ読んでほしい。
(本の雑誌 2025年4月号)
- ●書評担当者● 梅原いずみ
ライター、ミステリ書評家。
リアルサウンドブック「道玄坂上ミステリ監視塔」、『ミステリマガジン』国内ブックレビューを担当。1997年生。- 梅原いずみ 記事一覧 »