P・ブランチ『死体狂躁曲』の軽味とスピード感が楽しい!

文=柿沼瑛子

  • 死体狂躁曲 (奇想天外の本棚)
  • 『死体狂躁曲 (奇想天外の本棚)』
    パミラ・ブランチ,小林晋,山口雅也,山口雅也
    国書刊行会
    2,640円(税込)
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  • ウィンダム図書館の奇妙な事件 (創元推理文庫)
  • 『ウィンダム図書館の奇妙な事件 (創元推理文庫)』
    ジル・ペイトン・ウォルシュ,猪俣 美江子
    東京創元社
    1,100円(税込)
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  • 木曜殺人クラブ 二度死んだ男 (ハヤカワ・ミステリ)
  • 『木曜殺人クラブ 二度死んだ男 (ハヤカワ・ミステリ)』
    リチャード・オスマン,羽田 詩津子
    早川書房
    2,310円(税込)
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  • テロリストとは呼ばせない (ハーパーBOOKS)
  • 『テロリストとは呼ばせない (ハーパーBOOKS)』
    クラム ラーマン,能田 優
    ハーパーコリンズ・ジャパン
    1,430円(税込)
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 2022年はひと足先に論創社から『ようこそウェストエンドの悲喜劇へ』が紹介され、さらには今回の『死体狂躁曲』(小林晋訳/国書刊行会)と、四作しか残されていない長編のふたつも紹介されてしまうなんて、もしかしてパミラ・ブランチ来てるのか?

 妻殺しからまんまと逃れた男が見知らぬ紳士にスカウトされ、連れていかれた先はなんと、法廷で無罪放免となった犯罪者たちが何食わぬ顔で市民生活を送る〈アスタリスク・クラブ〉の本拠。あいにくと泊まれる部屋がなくて隣の二組の芸術家夫婦が営む下宿に預けられるが、その晩に男は不審な死を遂げてしまう。隣の家の正体など露知らず、忽然とあらわれた死体にあたふたする二組の芸術家夫婦。この四人に、助けを求められた友人が加わった五人組が死体をこっそり処分しようといろいろと画策するのだが、そのたびに絶妙な「邪魔」が入る。一方「アマチュア」の手で平穏な暮らしを邪魔されてはたまらないと〈アスタリスク・クラブ〉のメンバーたちは死体を取り戻すべく画策するのだが......。

 ブラックユーモアとはいっても人を傷つけるような意地悪さはなく、出てくる人はみんな変なのにどこか憎めず、はちゃめちゃだけどどこかお上品、すべてが「程よい」のだ。だから心地よくて楽しい。この独特の軽味と一気につき進んでいくスピード感は現代作家の作品でいうなら、恩田陸の「ドミノ」が一番近いかな。あ、ひとつだけ忠告しておくが、ネズミが苦手な方は心して読むように。

 日本ではジュヴナイル作家として先に紹介されてきたジル・ペイトン・ウォルシュのミステリとしては本邦初紹介となるのが本作『ウィンダム図書館の奇妙な事件』(猪俣美江子訳/創元推理文庫)である。ケンブリッジ大学を舞台にしたミステリというと、まっさきに出てくるのがP・D・ジェイムズの『女には向かない職業』だが、本作のヒロイン、イモージェン・クワイにはコーデリア・グレイのようなけなげな未熟さはなく、人生の酸いも甘いもかみ分け、どーんと肝の据わったヒロインだ。本職はカレッジ付きナースだが、学寮長から学生、時には警察にいたるまでやたらに頼られ、ほとんど悩み事相談係になっている。学生が図書館で変死を遂げ、おりしも資産家からの寄付を受ける直前とあって何よりもスキャンダルを恐れる学寮長が、イモージェンのもとに駆け込んでくるところから物語は始まる。運営に四苦八苦する貧乏カレッジの苦労や、いじめやドラッグ、階級の問題など、現代イギリスの抱える問題がこの物語にも及んでいるが、この物語の主人公はあくまで「ウィンダム図書館」なのだ。イモージェンが大切なものを手放すラストはビターだが、ちょっぴり光明も感じさせてくれる。

 引退した老人(ひと癖もふた癖もある)がクーパーズ・チェイスという高級リタイヤメント・ビレッジで丁々発止の推理を繰り広げるリチャード・オスマンの第一作『木曜殺人クラブ』を読んでドラマ『やすらぎの郷』を連想したのはわたしだけだろうか? それはさておくとして、シリーズ第二作の『木曜殺人クラブ 二度死んだ男』(羽田詩津子訳/ハヤカワ・ミステリ)では、メンバーのエリザベスが元諜報部員であることが判明し、彼女の過去にかかわりのある人物が登場する。その人物と二千万ポンド分のダイヤモンドの紛失をめぐって殺人が起こり、マフィアや、地元ギャング、さらにはMI5までもを巻き込んで、エリザベスをはじめとする木曜殺人クラブが小気味いいばかりの活躍を見せてくれるのだが、必ずしも楽しいだけではなく、心や体に苦い傷を負うこともある。あまりネタばれしたくないのだが、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で「全部大泉のせい」という言葉がはやったのとまったく同じ意味合いで、この本を閉じた読者のほとんどが、「全部××のせい」という感想を持つとわたしは確信する。最初の出だしがいかにも思わせぶりで、どこに着地するかと思いきや、ああ、ラストでこう来たかと感心するとともに「二度死んだ男」というタイトルの二重の意味がわかるという仕掛けが実に心憎い。

 先の英女王の葬儀を見ても、日本人にとって「イギリス」というのはイングランドのみをさし、複数の王国からなる連合国家だということはあまり認識されていないようだ。さらには政治的・宗教的な事情、あるいは経済的な事情で故国を離れて流れてきた人々が加わる。それが今のイギリスだ。そこに弱者が弱者を差別するという構造が生まれ、時には「憎しみ」が生きるエネルギーになることもある。クラム・ラーマン『テロリストとは呼ばせない』(能田優訳/ハーパーBOOKS)は元ドラッグ売人のムスリムの青年ジェイを主人公とするシリーズの第二作である。主人公は本国での迫害を体験していない、イギリス生まれのムスリムなのだが、前作では行きがかり上、MI5のスパイとしてイスラム過激派のテロリスト組織に潜入し、戦いに巻きこまれるという凄絶な体験をしている。その反動で平穏な日常に憧れ、なんと今作ではネクタイ締めた公務員として働いている。彼は「ふつうのムスリム」に出会いたいと思い、コミュニティセンターでさまざまな若者たちと出会う。家族のつながりは生き延びるために必要なものだが、時に子供たちにとっては「呪い」ともなる。ジェイはかかわりあった人々の「呪い」を断ち切ろうと必死に駆けずりまわり、またしても心身ともにズタズタになる。次作でジェイはついにカタールに住む母親に会いにいくそうだが、今作のラストが衝撃すぎて、とてもそうなるとは思えない。早いとこ次の翻訳を出して安心させてください。

(本の雑誌 2023年2月号)

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●書評担当者● 柿沼瑛子

翻訳家。翻訳学校教師。主訳書はアン・ライス、パトリシア・ハイスミスなど。最新訳書はアルジス・バドリス「誰?」ジプシー・ローズ・リー「Gストリング殺人事件」共編書に「耽美小説・ゲイ文学ガイドブック」「女探偵たちの履歴書」などあり。元山歩きインストラクター・靴屋の店員、ロス・マクドナルド&マーガレット・ミラー命。

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