強く鮮やかに描く羽鳥好之『尚、赫々たれ』がいいぞ

文=北上次郎

  • 尚、赫々【かくかく】たれ 立花宗茂残照
  • 『尚、赫々【かくかく】たれ 立花宗茂残照』
    羽鳥 好之
    早川書房
    2,200円(税込)
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  • ひどい民話を語る会
  • 『ひどい民話を語る会』
    京極 夏彦,多田 克己,村上 健司,黒 史郎
    KADOKAWA
    1,650円(税込)
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 今月は、羽鳥好之『尚、赫々たれ 立花宗茂残照』(早川書房)から始めよう。三部構成の長編だが、圧巻は第二章。立花宗茂が、鎌倉にいく天寿院(七歳で秀頼に嫁いだ千姫。つまり家光の姉)のお供をするくだりだが、これがいいのだ。

 ちなみに、立花宗茂が初めて天寿院と会う場面では次のように描かれている。

「表をあげた宗茂の目に飛び込んできたのは、朝鮮の白磁のような額と、そこに一筋ひかれた細くのびやかな眉、こちらをまっすぐに見つめてくる切れ長の瞳だった。薙髪した髪が肩先にかかり漆黒に輝いている。その美しさに、宗茂は自然、身体が熱を帯びるのを感じる。たまらず、もう一度、面を下げた」

 で、鎌倉にいくくだりだが、その宗茂が愛馬にまたがり、六郷橋の上から見ると、冬の陽をうけてキラキラと輝く多摩川では、多数の水鳥が羽を休めている。このシーンが美しいのは天寿院のそばにいる宗茂の胸の弾みのためである。

 この第二章が圧巻なのは、もう一つ。関が原の戦いが終わっても女たちの戦いは終わらないことを、静かに、しかし強く、そして鮮やかに描いているからでもある。この視点がとてもリアルだ。

 関が原を描く第一章が読ませることはもちろんだが、この第二章が物語に奥行きを作っていることは見逃せない。

 著者の羽鳥好之は、大手出版社の編集者を長くつとめてきた人で、本書がデビュー作。六三歳の遅咲き新人だが、対する高野知宙『ちとせ』(祥伝社)は一七歳のデビュー作。こちらは、京都文学賞(中高生部門)の受賞作だ。

 明治五年の京都を舞台にした長編で、なによりもいいのは、三味線の音色が聞こえてきそうなことだ。まだ甘さが残っているので傑作には成りえていないものの、なあに気にすることはない。ここが出発点だ。

 今月はもう一作、ここに麻宮好『恩送り 泥濘の十手』(小学館)を並べてみる。第一回の警察小説新人賞の受賞作である。これもデビュー作であるならば、時代小説のデビュー作紹介三連発ということになるが、残念ながらデビュー第二作(デビュー作は、二〇二〇年の『月のスープのつくりかた』。つまり時代小説ではない)。警察小説新人賞に捕物帳で応募するとは大胆だが、捕物帳が江戸の警察小説と考えれば不思議ではない。

 こちらは文章が手慣れているので、澱みなく読まされてしまう。うまい。行方知れずになっている岡っ引きの父親を探す娘おまきの物語だが、おまきを助ける少年要が匂いのプロであるとの設定も効いている。

 たっぷりと読まされたのが、河﨑秋子『清浄島』(双葉社)。昭和二九年の礼文島を舞台に、エキノコックス症を撲滅するために島に渡った若き動物学者土橋義明を主人公にした長編だ。読み始めるとやめられなくなる。エキノコックス症とは、「米粒ほどの寄生虫によって、腹が膨れて死に至る謎多き感染症」である。島外への更なる流行拡大を防ぐために、島の犬、猫、狐──エキノコックス症を媒介すると見られる小動物を根絶するという後半の展開がキモ。しかも、それでエキノコックス症の拡大が抑えられても、犬や猫をふたたび飼うまでには一〇年以上の歳月が必要だろうというのがダメ押し。それだけ島民に負担を強いることなのだが、人間に寄生するこのエキノコックス幼虫を完全に死滅させる治療薬はまだ開発されていないというのが、いちばん恐ろしい。北海道の、さまざまな時代の、さまざまな地域のドラマを書き続けている河﨑秋子の、これもまた傑作だ。

 小説外が二冊。まず、浦崎浩實『ムービーマガジン1975-1989』(ワイズ出版)は、一九七五年から三一冊を出した伝説の映画雑誌を振り返る書。編集長の浦崎浩實が「映画論叢」に連載した回想録をまとめたものだが、たとえば一二号のこぼれ話。高倉健にインタビューを申し込んだところ、本人から電話がきて、「せっかくです......」というので断られるのかと思ったら、「せっかくですから、お受けします」の返事。高倉健に途端に好感をいだくエピソードだが、こういうこぼれ話がてんこもりなのだ。七月に出た本をいまさら紹介するのは遅すぎるが、気がつくのが遅かったので許されたい。

 もう一冊は、京極夏彦・多田克己・村上健司・黒史郎『ひどい民話を語る会』(KADOKAWA)。帯に「民話と妖怪を愛好する面々が縦横無尽に語る、あなたの知らない民話の世界。」という惹句が付いているが、何気なく読み始めたらとうとう一気読み。いやはや、ホントにすごいんですね、民話の世界は。

 全国の昔話や民話を集めた柳田國男もボツにしたものが数多くあるほど(なんと、『柳田國男未採択昔話聚稿』という本があるんだそうだ)、ひどい民話が全国にはあるというのである。たとえば、桃太郎には鬼を退治しないバージョンが結構あるというから驚きだ。桃太郎が巨大な松の根っこを山から持ってきて家に置いたら、家がメキメキと倒れてしまい、爺さんは鍋の中に、婆さんは飯桶に、それぞれ首を突っ込んで死んじゃう。それでおしまい。多田克己がそのバージョンを紹介すると、すかさず京極夏彦が「それは確か山陰地方で語られていた「桃太郎」ですよ」と言うのだ。何なのこの人たち。

 ウンコの話が多いので、そっち方面が苦手な人は注意が必要だが、どうしてこんな民話が生まれたのか理解に苦しむほどあまりのくだらなさにびっくりすることが多い。民話の世界は奥が深い、とひたすら感心するのである。

(本の雑誌 2023年1月号)

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●書評担当者● 北上次郎

1946年東京生まれ。明治大学文学部卒。1976年、椎名誠と「本の雑誌」を創刊。以降2000年まで発行人とつとめる。1994年に『冒険小説論』で日本推理作家協会賞受賞。近著に『書評稼業四十年』(本の雑誌社)、『息子たちよ』(早川書房)がある。

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