ちょっと不気味なジュブナイル C・ブランド『濃霧は危険』に驚愕!

文=柿沼瑛子

  • 濃霧は危険 (奇想天外の本棚)
  • 『濃霧は危険 (奇想天外の本棚)』
    クリスチアナ・ブランド,宮脇裕子,山口雅也,山口雅也
    国書刊行会
    2,530円(税込)
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  • 禁じられた館 (海外文庫)
  • 『禁じられた館 (海外文庫)』
    ミシェル・エルベ―ル&ウジェーヌ・ヴィル,小林 晋
    扶桑社
    1,210円(税込)
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  • 孤島の十人 (海外文庫)
  • 『孤島の十人 (海外文庫)』
    グレッチェン・マクニール,河井 直子
    扶桑社
    1,430円(税込)
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  • 帝国の亡霊、そして殺人 (ハヤカワ・ミステリ)
  • 『帝国の亡霊、そして殺人 (ハヤカワ・ミステリ)』
    ヴァシーム・カーン,田村 義進
    早川書房
    2,530円(税込)
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  • はなればなれに (新潮文庫)
  • 『はなればなれに (新潮文庫)』
    ドロレス・ヒッチェンズ,矢口 誠
    新潮社
    825円(税込)
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 クリスチアナ・ブランドはご存じのとおり、英国本格ミステリーの代表的作家であるが、マチルダばあやシリーズという子供向けの童話も書いている。そのもう少し年長版のジュヴナイルが今回の『濃霧は危険』(宮脇裕子訳/国書刊行会)である。お蚕ぐるみのお坊ちゃまがロールスロイス(!)に乗って親の決めたまだ見ぬガールフレンドに会いにいく途中で、いきなり濃霧の荒野に放り出される。おりしも〈ナイフ〉と呼ばれる脱獄囚が徘徊中で、主人公はわけもわからないまま強盗グループに追いかけ回されることになる。誰もが信じられないような過酷な状況で逃避行中に知り合った相棒パッチの助けを借りながら、暗号を解き、知恵と体力を絞り、困難な状況を切り抜けていく。この主人公をあの手この手で追いかけ回す悪役がとにかく冷酷で残虐なのだ。イラストも今のラノベの感覚からするとちょっと不気味。さすが「きかんしゃトーマス」のお国柄である(とはいえ、最近はほうれい線無しのニュートーマスが誕生したそうだが)。一番驚いたのがラストに明かされるある「真実」だ。しかもさりげなく冒頭近くに触れられていたではないか! さすがブランド印だけのことはある。

 館を建てた銀行家が詐欺の容疑で逮捕されて獄死し、さらには新たな持ち主にも次々と災難が降りかかり、現在は空き家といういわくつきの館が出てくるのがミシェル・エルベール&ウジェーヌ・ヴィル『禁じられた館』(小林晋訳/扶桑社ミステリー)。新たな買い手としてやってきた成り上がりの富豪ヴァルディナージュは「この館を出ていけ」という謎の予告を再三無視し、ついに殺人予告を受ける。そしてある雨の降りしきる夜、謎の訪問者を迎え入れるが、そこに銃声が響き、みなが駆けつけるとヴァルディナージュは射殺され、謎の男は実質的な密室だった館内から忽然と姿を消していた。発表年が一九三二年、いわゆる本格黄金期とあって、なんとなくおとぎ話を読んでいるようなのんびりした感覚におちいる。とはいえ、物語が進むごとに容疑者も二転三転、なぜか探偵役もそのたびに交替するので意外にスピーディ、なおかつ最後に真の「探偵」があらわれるという展開も面白い。まさにガチの本格、不可能犯罪。逆にこの「定型ありき」こそが現代ミステリーのモヤモヤ感に疲れた読者に妙な安心感をもたらしてくれるのですな。

 同じく一九三〇年代の本格黄金期の代表作といえばアガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』だが、そのオマージュともいえるのがグレッチェン・マクニール『孤島の十人』(河井直子訳/扶桑社ミステリー)である。登場人物が全員高校生の現在の若者たちのせいか、『そして誰もいなくなった』というよりは綾辻行人の『十角館の殺人』に近い感じがする。孤島に集められ、謎の警告とともにひとり、またひとりと殺されていく。ヒロインであるメグと親友ミニーの「共依存」ともいえる関係を軸に、さまざまな「いびつ」なつながりがあぶりだされていくのだが、どこかホラー映画っぽくもある。『そして誰もいなくなった』に比べると告発が行われるのがDVDであり、わらべ歌の代わりに使われるのが「日記」というのもいかにも現代らしい。

 ヴァシーム・カーン『帝国の亡霊、そして殺人』(田村義進訳/ハヤカワ・ミステリ)の舞台となるのはヒンズー教徒、シク教徒、イスラム教徒が入り乱れる一九四九年インド共和国成立直前のボンベイ。ヒロインのペルシス・ワディア警部はインド初の女性警部。とはいえ男尊女卑のはびこる警察署、しかもおちこぼれ刑事たちの集まりである部署に配属された彼女の前にさまざまな難問が立ちふさがる。自分の能力が認められたのではなく単なるバランスの問題で配属されたことに葛藤するペルシス。そんなところへ大晦日の年越しパーティの最中に英国外交官が殺されたという一報が入り、外交問題をもはらんだ難しい局面に立たされることに...。捜査の実質的な相棒であるイギリス人の犯罪学者アーチーと反発しながら捜査を進めていくうちに互いに惹かれていくのだが、このアーチーときたらあまりに腕っぷしが弱く、なのにイギリス人男性である彼がいると、関係者たちが進んで協力するというのがまた彼女にとっては癪の種でもある。女性の幸福は結婚だという家族や、事なかれ主義の上司に悩まされつつ、ペルシスは時に大丈夫かと思えるほどの突っ走りっぷり(あるいは暴走)で自らの信念を貫いていく。

 ドロレス・ヒッチェンズ『はなればなれに』(矢口誠訳/新潮文庫)はゴダールの映画からひとまず離れて、純粋な犯罪小説として見てみたい。一九五〇年代アメリカ、一攫千金を夢見る明日なき若者たちの無軌道な青春──ひとことでいってしまえばそれまでなのだが、彼らを利用しようとする大人たちの思惑がくわわって、話はどんどん望まざる方向に広がっていってしまう。中心となるのはスキップとエディという少年院上がりの若者なのだが、このスキップというやつがやたらに自信だけはたっぷりで、冷酷で、すぐに切れてはガールフレンドのカレンにまで暴力をふるう最低の男なのだ。それに引きずられながらもまるで呪縛のように彼から離れることができない心優しいエディ。最初は単純な強奪計画だったのが、本物のワルの大人たちに利用されていくのも腹立たしいが、わたしの一番いらつきの原因はカレンなのだ。あまりにも受動的すぎるし──と思っていたら一転、彼女こそが唯一の希望の光だった。「はなればなれ」になった若者たちにどのような運命が待ち受けているかは、原題のFool's Goldでおのずと想像がつくだろう。

(本の雑誌 2023年5月号)

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●書評担当者● 柿沼瑛子

翻訳家。翻訳学校教師。主訳書はアン・ライス、パトリシア・ハイスミスなど。最新訳書はアルジス・バドリス「誰?」ジプシー・ローズ・リー「Gストリング殺人事件」共編書に「耽美小説・ゲイ文学ガイドブック」「女探偵たちの履歴書」などあり。元山歩きインストラクター・靴屋の店員、ロス・マクドナルド&マーガレット・ミラー命。

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