『暗殺者たちに口紅を』の格好いいばあちゃんにスッキリ!

文=柿沼瑛子

  • 暗殺者たちに口紅を (創元推理文庫)
  • 『暗殺者たちに口紅を (創元推理文庫)』
    ディアナ・レイバーン,西谷 かおり
    東京創元社
    1,320円(税込)
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  • チョプラ警部の思いがけない相続 (ハーパーBOOKS)
  • 『チョプラ警部の思いがけない相続 (ハーパーBOOKS)』
    ヴァシーム カーン,舩山 むつみ
    ハーパーコリンズ・ジャパン
    1,120円(税込)
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  • アガサ・クリスティー失踪事件
  • 『アガサ・クリスティー失踪事件』
    ニーナ・デ・グラモン,山本 やよい
    早川書房
    2,970円(税込)
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  • 恐るべき太陽 (集英社文庫)
  • 『恐るべき太陽 (集英社文庫)』
    ミシェル・ビュッシ
    集英社
    1,815円(税込)
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 最近巷では七十代から八十代のおばあちゃんたちが主人公のマンガが売れているそうな。老後の不安の裏返しともいえるが「馬鹿にすんな、あたしたちはまだまだ現役だ!」という無言のプロテストに取れなくもない。ミステリーでも最近は『木曜殺人クラブ』のエリザベスとか、『破果』の爪角のような格好いいばあちゃんが目立つようになってきた。そのなかに颯爽と登場したのがディアナ・レイバーン『暗殺者たちに口紅を』(西谷かおり訳/創元推理文庫)である。この作品をひとことでいうなら、「セックス・アンド・ザ・シティ」と「必殺仕事人」を掛け合わせて二で割った感じといえばいいだろうか。かつては暗殺組織の一員として、社会に害をなす人物を抹殺することを生業にしてきた四人の女性暗殺者たち。彼女たちの引退記念としてプレゼントされたはずの豪華クルーズ旅行が、実は自分たちを抹殺するための罠であったことを知り、四人は生き延びるための逆襲に出る。己の保身のために女たちを消そうとする幹部たちがみんなゲス男ばかりで、彼女たちが衰えゆく体力と知恵を絞ってお仕置きしていくさまには溜飲が下がる。作者の献辞「性自認が女性で、憤るすべての人に。わたしもおなじです。これはあなたの本です」がすべてを語っている。

 白状すると、わたくしめヴァシーム・カーンをずっと女性だと思い込んでいた(最近のポケミスは作者の肖像写真が載ってない!)。だって『帝国の亡霊、そして殺人』の巻頭に「歴史に名を残すことなく、一途さと意志の力と不屈の精神をもって、世界を変えてきた女性の先駆者たちに」なんて書かれたら絶対に女性だと思っちゃうじゃないですか~。それはさておき、猪突猛進ペルシス・ワディア警部シリーズと並ぶもうひとつの人気シリーズの第一作がこの『チョプラ警部の思いがけない相続』(舩山むつみ訳/ハーパーBOOKS)。部下からも市民からも慕われていたムンバイ警察のチョプラ警部は、警察退任のその日に突然伯父さんから小象を相続したことを知らされる。退職当日に警察署の前で「わたしの息子が死んだのに、警察はなにもしてくれない!」と泣き叫ぶ母親を見たチョプラは放っておけず、事件の捜査を依頼するが、上司や彼と折り合いの悪い同僚はガン無視するばかり。弱い者が踏みにじられるのが許せないチョプラは、警部の肩書が取れても事件の解明に向けてひたすら突っ走る。それゆえに、奥さんとの微笑ましい行き違いや、「婿殿」のようなしゅうとめに悩まされるのだが、彼を取り巻く人々も面白い。そしてなんといってももう一人(?)の主人公である赤ちゃん象のガネーシャ。最初は環境の変化に弱っていたものの、後半でその二百キロ(!)の体重をいかして大活躍するのだが、それは読んでのお楽しみということで。

 さてもうひとつ、ごめんなさいなのがニーナ・デ・グラモンの『アガサ・クリスティー失踪事件』(山本やよい訳/早川書房)。事実をふまえて、作者が想像したフィクションと聞いてちょっとたかをくくっていたのだが、これが結構面白かった。コアなミステリーファンならご存じとは思うが、アガサ・クリスティーは生前謎の失踪事件を起こしている。夫のアーチーから若い愛人と結婚したいと離婚を切り出されたアガサが、自殺を匂わせるような状況で失踪し、十一日後にヨークシャーのスパ・ホテルで記憶喪失の状態で発見される、というのがそのあらましだ。作者はこの史実をもとにフィクションの肉付けをしているのだが、まず一番の特徴は、敵役である愛人のナンシー・ニールに焦点をあてたことだ。実はこの本の最大の鍵はナンシーがなぜ不倫相手としてアーチーを選んだのか、ということにある。その切実な理由がナンシーの過去に由来するものだとわかり、やがて潜伏していたハロゲートのスパ・ホテルで起こった夫婦殺人事件に絡んでくる、というこのあたりの仕掛けも心憎い。ちなみにこの事件以降、クリスティーは物理トリックよりも、人の心の綾に重点を置くようになる。この作品ではアーチーがアガサにひと目惚れしたことになっているけれど、わたしは絶対に逆だと思う。写真で見るアーチーはハンサムな優男だけど、ちょっと酷薄そうな感じ......ほら、クリスティー作品に登場するアイツとかアイツとかアイツとか。わかるよね?(笑)

 さてそのクリスティーの代表作へのオマージュともいえるのが、今回ご紹介するミシェル・ビュッシの『恐るべき太陽』(平岡敦訳/集英社文庫)である。ただこの作品、『そして誰もいなくなった』のように一人また一人と殺されていくわけではなく、最初のひとりが殺され、作家が行方不明になってからが結構長く、それゆえに真綿でじわじわ絞められていくような不安を読者は登場人物とともに味わうことになる。南太平洋仏領ポリネシアのヒバオア島で、ベストセラー作家ピエール=イヴ・フランソワによる創作セミナーが開催され、選ばれた五人の作家志望の女性たちが、夫や娘たちと一緒に集められる。作家から課題を与えられた五人はそれぞれの創作に励むが、ほどなくして作家自身が行方不明に。疑心暗鬼にとらわれる女性たちの前に、やがて過去にパリで起きた未解決レイプ殺人事件が浮かびあがってくる......もうひとつこの作品に重要な役割を果たしているのが、タイトルにも使われているジャック・ブレルの歌である。シャンソンの革命児といわれた彼は絶頂期に引退してこの物語の舞台となるヒバオア島に移住した。どこかの孤島リゾートの木陰で、冷えたワインなどたしなみつつ、ブレルの歌を聞きながらこの本を読んだら最高だろうな。

(本の雑誌 2023年8月号)

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●書評担当者● 柿沼瑛子

翻訳家。翻訳学校教師。主訳書はアン・ライス、パトリシア・ハイスミスなど。最新訳書はアルジス・バドリス「誰?」ジプシー・ローズ・リー「Gストリング殺人事件」共編書に「耽美小説・ゲイ文学ガイドブック」「女探偵たちの履歴書」などあり。元山歩きインストラクター・靴屋の店員、ロス・マクドナルド&マーガレット・ミラー命。

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