多くの人に受け継がれる『オシムの遺産』に涙!

文=すずきたけし

  • オシムの遺産(レガシー) 彼らに授けたもうひとつの言葉
  • 『オシムの遺産(レガシー) 彼らに授けたもうひとつの言葉』
    島沢 優子
    竹書房
    1,760円(税込)
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  • 再考 ファスト風土化する日本~変貌する地方と郊外の未来 (光文社新書 1252)
  • 『再考 ファスト風土化する日本~変貌する地方と郊外の未来 (光文社新書 1252)』
    三浦 展
    光文社
    990円(税込)
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  • SNSの哲学: リアルとオンラインのあいだ (シリーズ「あいだで考える」)
  • 『SNSの哲学: リアルとオンラインのあいだ (シリーズ「あいだで考える」)』
    戸谷 洋志
    創元社
    1,540円(税込)
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 読んでいて涙が溢れてきたのが、島沢優子『オシムの遺産 彼らに授けたもうひとつの言葉』(竹書房)だった。サッカーユーゴスラビア代表監督としてチームをまとめ一九九〇年のイタリアワールドカップでベスト8の結果を残し、世界的に評価の高い監督となっていたイビチャ・オシムは、二〇〇三年にJリーグのジェフユナイテッド市原・千葉に就任しチームを改革。就任一年目から優勝争いを繰り広げる強豪へとジェフを変貌させた。その手腕は、監督というよりも「指導者」「教育者」の側面が強い。本書は選手、コーチ、通訳などオシムと関わった人々に取材し、二〇二二年に亡くなったオシムが残した日本のサッカーへの遺産とはなんだったのかを明らかにしていく。オシムはリスクを避ける傾向にある日本人の行動原理を見抜き、自ら考え、リスクを負うことを重要視する。そして結果よりもプロセスを評価した。またその哲学は選手だけでなくコーチやスタッフにも向けられていた。当時ジェフのチームドクターである池田浩は「選手の痛みを全部取ってあげること」がメディカルの役目だと思っていたが、オシムは違った。怪我もちや痛みのある選手がどの程度なのか判断し、痛みと共存させるリスクをとる。それがメディカルの腕の見せ所だと池田に教えた。「限界に、限界はない。限界を超えれば、次の限界があらわれる」というオシムの言葉を池田は今でも大切にしているという。ジェフの監督を三年半、日本代表監督を約一年(就任翌年に脳梗塞で倒れ後任に岡田武史監督)と短い期間であったものの、その指導論とサッカー哲学は様々な形で多くの人に受け継がれている。オシムの遺産とは人であることに目頭が熱くなった。

 Jリーグは地方とその地域に根ざしたスポーツだが、地方といえばファスト風土である。ショッピングセンターや、全国チェーンの飲食店などが立ち並ぶ均質化した地方都市を浮き彫りにして話題となった『ファスト風土化する日本』(洋泉社新書y)から約二十年。三浦展『再考 ファスト風土化する日本 変貌する地方と郊外の未来』(光文社新書)は、ファスト風土化した地方都市があれからどのように変質したのかを記した一冊。第一部では、地方都市での乾いた生活を描いた小説『ここは退屈迎えに来て』でデビューした山内マリコさんによる「地元に残れなかった者の、地元愛」のファスト風土論が素晴らしい。出身地である富山の思い出とともに、そのファスト風土的な原風景を指して、"田舎"ではなく"地方都市"、"故郷"ではなく"地元"、という郷愁よりも感情に絡み取られないふさわしい呼び名には大きく頷くしかない。また高齢化住民とファミリー層が住むニュータウンのなかで孤立する独身中年男性と、その世代が起こした犯罪との関わりや、ファスト風土と呼ばれてから二十年が経った現在は地方から東京都下へとファスト風土化が拡がりつつある現象も興味深い。脱ファスト風土を掲げた新しい大型商業施設の事例からその動向を探る第15章の「脱ファスト風土化の新動向」では、立川GREEN SPRINGSを例に、ウィルビーイングをコンセプトとした街づくりを紹介。「ウィルビーイング」とは身体的、精神的、社会的に満たされた状態にあることを意味し、「瞬間的な」幸せを表す「ハピネス」とは異なる持続的、永続的な幸せを意味する。いくつかの街づくりのコンセプトが横文字で綴られていることが気になったが、こうした欧米の概念であるコンセプトを輸入しないといつまでも何かを始動しない日本人に対して著者は嫌悪感を隠さない。脱ファスト風土への提言や、すでに始まっている新しい街づくりを例に、再び自分の住む"地元"へ目を向けるきっかけとなる一冊である。

 地方で濃厚なのが人間関係である。しかし現代社会において人間関係はリアルだけではなく、ネット空間でも重要度が増している。そう、SNSである。

 戸谷洋志『SNSの哲学 リアルとオンラインのあいだ』(創元社)はSNSの利点を認めながらも、承認欲求や炎上といったSNSの負の側面について考え「あなたは何者なのか」と問いかける。現実の人間関係とSNSのオンライン上の人間関係がイコールであるSNSネイティブの世代も登場し、SNSでのフォローの始まりは事実上の人間関係の始まりを意味するという。自分の投稿に「いいね」が付き他者から関心を寄せられることで充実感を得る「承認欲求」は、他者への依存となるものの、著者は他者に頼ること(他律)は悪者ではないと説く。そして哲学者ヘーゲルの問いを例に相互承認の境地を説明していく。本書はSNSにおける「承認欲求」、「時間の流れ」、「言葉」、「偶然」、そして「連帯」といった事柄をハイデガーやウィトゲンシュタイン、ベルクソン、アーレントといった哲学、思想家の言葉を借りて解説していく。なかでも面白かったのが二章「SNSにはどんな時間が流れているのか?」である。デジタル情報は劣化しないため、数年前の投稿やコンテンツだとしても、それがタイムラインやオススメにあがると時系列順であるかのように錯覚してしまう。一定期間経つと消えてしまうインスタグラムのストーリーズという機能は、そうしたSNSには存在しない時間の流れを疑似的に創り出すためのものだという。なぜなら一過性の情報は「おなじ時間を共有している」という感覚を持つことができるからである。本書は十代でも読みやすい平易な言葉で綴られており、SNSが現実の人間関係と同様の重要なツールとなっている若い人たちが直面する「自分は何者なのか?」の問いへと導いてくれる。

(本の雑誌 2023年7月号)

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●書評担当者● すずきたけし

フリーライターとかフォトグラファー。ダ・ヴィンチニュース、文春オンラインなどに寄稿。あと動画制作も。「本そばポッドキャスト休憩室」配信中。本・映画・釣り・キャンプ・バイク・温泉・写真・灯台など。元書店員・燈光会会員・ひなびた温泉研究所研究員

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