闘う子供たちの物語キング『異能機関』を一気読み!

文=柿沼瑛子

  • 異能機関 下
  • 『異能機関 下』
    スティーヴン・キング,白石 朗
    文藝春秋
    2,970円(税込)
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  • 異能機関 上
  • 『異能機関 上』
    スティーヴン・キング,白石 朗
    文藝春秋
    2,970円(税込)
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  • 愚者の街(上) (新潮文庫 ト 25-1)
  • 『愚者の街(上) (新潮文庫 ト 25-1)』
    ロス・トーマス,松本 剛史
    新潮社
    781円(税込)
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  • 愚者の街(下) (新潮文庫 ト 25-2)
  • 『愚者の街(下) (新潮文庫 ト 25-2)』
    ロス・トーマス,松本 剛史
    新潮社
    825円(税込)
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  • 木曜殺人クラブ 逸れた銃弾 (HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOKS No. 1)
  • 『木曜殺人クラブ 逸れた銃弾 (HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOKS No. 1)』
    リチャード・オスマン,羽田 詩津子
    早川書房
    2,310円(税込)
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  • その罪は描けない (創元推理文庫)
  • 『その罪は描けない (創元推理文庫)』
    S・J・ローザン,直良 和美
    東京創元社
    1,430円(税込)
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 二〇二四年に作家生活五十周年を迎えるスティーヴン・キングの最新作『異能機関』(白石朗訳/文藝春秋)は、闘う子供たちの物語だ。まあ、キングのことだからラストは信頼してもいいよね、と思いながらも、ついつい先を飛ばして読まずにはいられなかった。まずはこれぞアメリカンという南部の田舎町に流れついてきた元警官の物語から始まり、そこから舞台は一気に飛んで、十二歳の天才児ルークが謎の二人組に誘拐され、怪しげな施設に連れてこられるまでが語られる。そこはある目的のもとに特殊な能力を持った子供たちが集められた、怪しげな研究所だった。子供たちは冷酷な女所長のもとで、それぞれの能力を伸ばすために過酷な、時には拷問に近い訓練を受ける。ルークがその頭脳をいかし、仲間の協力を得て脱走をはかるまでが前半のピーク。子供たちが自らの力に目覚め、これまでさんざん自分たちを虐待してきた女所長や職員たちに反撃を始めるシーンは痛快だ。子供たちだけでなく、彼を助ける町のホームレスのおばさんや、研究所の掃除人モーリーンといった人物にも目配りが利いている。世の中には無駄な人間なんていないんだよというキング御大のメッセージが聞こえてくるような気がする。ルークが子供側のヒーローだとすれば、大人のヒーローは元警官のティムだろう。子供たちの運命は過酷だけれど、どんな時でも信頼できる大人がいるんだ、と確信できるのは大事なことだと思う。ひとつだけいちゃもんつけさせてもらうと、これだけの規模のカタストロフなのだから、犠牲を伴うのは仕方ないとしても、なぜよりにもよってあの〇〇〇(字数関係なし)を殺しちゃうのだ。もう、キングの鬼!

「街をひとつ壊してほしい」──元諜報部員のルシファー・ダイが怪しげな都市コンサルタントの依頼を受けるところから始まるロス・トーマス『愚者の街』(松本剛史訳/新潮文庫)は不思議なクールさに満ちた作品だ。対立するグループを互いに争わせて自滅に追いこみ、邪魔になる者はスキャンダルで追い落とす──本来だったら血と暴力てんこもりのホットな小説になるはずなのに、なぜ? それはひとえに一人称の主人公であるダイが、感情を表に出すことがないからだ。だから読者はひたすら物語に乗せられていくことができる。若き日にもっとも大切な愛を失ったこの主人公は、この世に何も望んではいない。それこそが彼の武器であり、敵にとっては不気味な存在であり、また敵味方含めて人を惹きつけずにはおかない魅力だともいえる。メインのストーリーと併行してその数奇な少年時代が語られるのだが、上海に取り残された孤児だった彼を拾ってくれた娼館のマダムや、その後の彼を引き受け、道を示してくれることになる怪しげな英国人ジャーナリストといった「師匠」たちが実にいい味を出している。もちろん現代(といっても一九七〇年代だが)に登場する元娼婦で酸いも甘いも嚙み分けたヒロインや、元悪徳警官ネセサリーとのこれまたクールだが親密な関係もいい。

 前回リチャード・オスマンの「木曜殺人クラブ」シリーズを取り上げた際、ドラマ『やすらぎの郷』を連想すると書いた。どこか浅丘ルリ子を思わせるエリザベスのクールな格好よさについつい目が行きがちだが、実はこのクラブの一番のクセ者はジョイスなのではないかと最近思えてきた。やることなすことがピント外れ、仲間の足を引っ張るとしか思えないお節介焼きで、読むほうとしてはそのたびに「あーっ、ジョイスったらやめて!」と心で叫ばずにはいられないのだが、なぜかそれが上手くいってしまう。彼女の最大の武器はどんな相手でも懐柔してしまうところなのだが、今回の『木曜殺人クラブ 逸れた銃弾』(羽田詩津子訳/早川書房)もそれがいかんなく発揮される。ニュース番組の女性キャスターが深夜に車ごと落とされた迷宮入り事件をめぐって、木曜殺人クラブは花形男性キャスターと接触することになり、ジョイスはすっかり有頂天に。一方エリザベスは認知症を発症し始めている夫のスティーヴンともども拉致され、KGBの元将校を殺さなければ、ジョイスを殺すと脅される。魅力的な元KGB将校や、ちょっと抜けてる誘拐犯など、あいかわらず多彩な人物で楽しませてくれる。それでも「老い」と「死」は確実に彼らを侵しつつある。だからこそ文中でもエリザベスがいっているとおり「できるときにできる限りのものを手に入れる」。それを体現しているのがジョイスなのだ。

 世の中には決してスタイリッシュではないけれど、素材もカットもなじんだ、どんな時でも体にぴったりくる服というものがあるのだが、S・J・ローザンというのはまさにそんな作家だ。中国系アメリカ人リディア・チンとその相棒アイルランド系白人のビル・スミスが活躍する本シリーズも長編で十三作を数え、私にとってはすっかり定番服となった。前作『南の子供たち』はリディア側から語られる、いわばアメリカ系中国移民のルーツを訪ねる旅だったが、今回の『その罪は描けない』(直良和美訳/創元推理文庫)の語り手はビルで、ニューヨークの私利私欲にまみれたアートシーンが舞台である。ビルはかつての依頼人から自分が殺人犯だということを証明してほしい、というなんとも奇妙な依頼を受ける。この画家というのが、よくいえばユニークだが、酒浸りで、すぐに記憶をなくすわ、迷惑をかけまくるくせに他人を頼ってばかりいるとんでもない男で、「ビル、こんなやつ放っておけよ」と思わず声をかけたくなるのだが、それができないのがビルなんだよね。

(本の雑誌 2023年9月号)

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●書評担当者● 柿沼瑛子

翻訳家。翻訳学校教師。主訳書はアン・ライス、パトリシア・ハイスミスなど。最新訳書はアルジス・バドリス「誰?」ジプシー・ローズ・リー「Gストリング殺人事件」共編書に「耽美小説・ゲイ文学ガイドブック」「女探偵たちの履歴書」などあり。元山歩きインストラクター・靴屋の店員、ロス・マクドナルド&マーガレット・ミラー命。

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