壮大な食の風俗史『ソース焼きそばの謎』に興奮!

文=すずきたけし

  • ソース焼きそばの謎 (ハヤカワ新書 006)
  • 『ソース焼きそばの謎 (ハヤカワ新書 006)』
    塩崎 省吾
    早川書房
    1,100円(税込)
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  • 心霊スポット考――現代における怪異譚の実態
  • 『心霊スポット考――現代における怪異譚の実態』
    及川祥平
    アーツアンドクラフツ
    3,300円(税込)
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  • 日本のブックデザインの一五〇年: 装丁とその時代 (別冊太陽)
  • 『日本のブックデザインの一五〇年: 装丁とその時代 (別冊太陽)』
    別冊太陽編集部
    平凡社
    1,980円(税込)
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 塩崎省吾『ソース焼きそばの謎』(ハヤカワ新書)は、ストレートな題名が潔い。ソース焼きそばのルーツを追った本書は、戦後の食料不足の際に登場し普及していったとされる主流の説を覆し、戦前の昭和一〇年ごろからすでにソース焼きそばは存在していたことを冒頭であっさり開示する。出鼻に犯人を描いてしまう刑事コロンボのような始まりだが、永井荷風や島崎藤村、江戸川乱歩に開高健と名だたる文人たちが登場し、時代も昭和大正どころか江戸時代まで遡る壮大な物語へと広がっていく。犯人の足取りはまず金の流れから、のセオリーよろしく、本書も麺の入手方法と仕入れ価格から探っていく。すると麺の原材料である小麦粉の国内事情に辿り着く。そして幕府が列強と締結した不平等条約と知られる安政五カ国条約まで遡るのである。この後、慶応二年の『改税約書』によって日本は海外からの小麦の輸入において関税をゼロにさせられたため、翻って海外からの良質な小麦粉が安価で国内に出回るようになったのだという。この関税自主権が完全に回復するのは約四〇年後の日露戦争になってからだという。また第二次世界大戦の敗戦とそれに続く食糧難において、GHQの援助による小麦粉普及の変遷なども詳細に記されており、次から次へと明らかになっていくソース焼きそばにまつわる真実の数々に興奮しっぱなし。まさかソース焼きそばから、近代日本における食の風俗史の一面まで窺い知ることになるとは想像だにしていなかった、知的好奇心を刺激するエキサイティングな一冊であった。ちなみに本書の版元である早川書房一階にあるサロンクリスティでは、しっかりとソース焼きそばがメニューに追加されていた。

 歴史といえば、ほぼ七〇〇ページにもなる風間賢二『ホラー小説大全 完全版』(青土社)もまたホラー小説史の資料として一級品であった。本書は、純然たるホラー小説は読者をいかに怖がらせるかに腐心し、真理や美や善を追究したり、人として道徳を説いたりすることに一切の関心を払わず、読者が戦慄する効果のみを狙った、潔い小説であらねばならないと説く。つまり"効果の小説"であると。そしてそれは"語り=騙り"(ナラティブ)のテクノロジーによって最大限に発揮される。一八世紀のゴシック文化における小説としてホレス・ウォルポールの『オトラント城』に始まり、一九世紀にはメアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』などのゴシックロマンスが、英国の心霊主義の隆盛によるゴーストストーリーの流行で退潮するなど、ホラー小説のスタイルは流行り廃りで変化していく。また二〇世紀に入ると三大巨匠であるアーサー・マッケン、アルジャナン・ブラックウッド、M・R・ジェイムズのモダンホラーから、"コペルニクス的転回"としてラヴクラフトが紹介されるなど、通史としてとても面白い。なかでも三大モンスターとして、フランケンシュタインの怪物、吸血鬼ドラキュラとあわせて、"ゾンビ"について言及しているのが興味深い。ゾンビというモンスターの発祥は小説ではなく映画からであり、その後もゲームなど映像メディアが主戦場で、ことゾンビを主題にした小説が登場するのはかなり最近になってからである。そんなゾンビ小説のブームのパイオニアはマックス・ブルックスの『WORLD WAR Z』(文春文庫)だったという。本書を通読すると、スティーヴン・キングがいかに偉大なホラー小説作家であるかがわかると同時に、ホラー小説が読者を怖がらせることに特化したシンプルな"効果の小説"であるがゆえに、膨大なタイトルを目にしてもほとんど混乱がおきないというのが驚きである。

 ホラー繋がりではタイトルから琴線にビビビっと触れた及川祥平『心霊スポット考』(アーツアンドクラフツ)も紹介したい。心霊スポットと銘打ってはいるが、こちらは民俗学的アプローチから読み解いていく真面目な本である。まず「心霊スポット」という言葉それ自体が、その「場所」を編成するものであるという。つまり史跡を訪れるのとは違い、その名が付くと「追体験可能性」の期待を含む、幽霊をめぐる物語と雰囲気を味わうことが目的となる「場所」になるのである。また心霊といえば稲川淳二や宜保愛子だが、"霊感を持つ人"や語り手によって単なる場所に心霊的な意味付けがされることで怪異の場所に読み替えられていくなど、心霊スポットにおける「霊感の強い」人や霊能者と呼ばれる人々の特権性に触れているのも面白い。心霊スポットを訪れ、霊感が強い友人の「帰ったほうがいい」という言葉にしたがって"何事もなかったこと"が体験となるのである。死を強くイメージする心霊スポットであるが、「怖がる」対象としての「この世に未練を残した霊」なども、あたりまえながら実際に亡くなった人には遺族がおり、死者との関係性、距離感の指摘は強く印象に残った。

 この「本の雑誌」誌面で書影が紹介される際にはかならずキャプションに装丁家の名前まで記されているが、『別冊太陽 日本のブックデザイン一五〇年』(平凡社)はまさにそうした書物への眼差しを深く持てるようになる特集である。二〇世紀初頭に明治維新によって西欧文化が流入し、書物もそれまでの和装本から洋風装幀へと移行。近代の装幀を手がけたのは画家や版画家であった。しかし戦後は画家による装幀は谷崎潤一郎からの悪評とデザイン界からの批判も加わり減少、美術としての装幀からデザインの装幀へと転換していったという。そんな谷崎は自身の手による装幀にこだわったが、後年は棟方志功に委ねることになるというのが面白い。

(本の雑誌 2023年10月号)

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●書評担当者● すずきたけし

フリーライターとかフォトグラファー。ダ・ヴィンチニュース、文春オンラインなどに寄稿。あと動画制作も。「本そばポッドキャスト休憩室」配信中。本・映画・釣り・キャンプ・バイク・温泉・写真・灯台など。元書店員・燈光会会員・ひなびた温泉研究所研究員

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