読んでも読んでも終わらない『グレイラットの殺人』が嬉しい!

文=柿沼瑛子

  • グレイラットの殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫 HMク 23-4)
  • 『グレイラットの殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫 HMク 23-4)』
    M・W・クレイヴン,東野 さやか
    早川書房
    1,430円(税込)
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  • 夜に啼く森 (小学館文庫 カ 3-5)
  • 『夜に啼く森 (小学館文庫 カ 3-5)』
    リサ・ガードナー,満園 真木
    小学館
    1,364円(税込)
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  • デンマークに死す (ハーパーBOOKS)
  • 『デンマークに死す (ハーパーBOOKS)』
    アムリヤ マラディ,棚橋 志行
    ハーパーコリンズ・ジャパン
    1,430円(税込)
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  • アリス連続殺人 (海外文庫)
  • 『アリス連続殺人 (海外文庫)』
    ギジェルモ・マルティネス,和泉 圭亮
    扶桑社
    1,540円(税込)
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 それにしてもM・W・クレイヴンのワシントン・ポーシリーズはどんどん長くなっていく。今作『グレイラットの殺人』(東野さやか訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)は紙の本の重さに負けて電子書籍で読んでいたのだが、読んでも読んでも終わらない! まずは冒頭の歴代007のマスクをかぶった銀行強盗たちの犯行現場から始まり、ショーン・コネリーがティモシー・ダルトンを殺すといういきなりの幕切れ。舞台は次にイングランド北西部、ほとんどスコットランドと境を接するカンブリアの売春宿に飛ぶ。世界のリーダーたちが集まる首脳会議が行われる直前に、首脳たちを運ぶ予定のヘリコプター会社の社長が売春宿で惨殺されるという事件が起こり、ポーはその真っただ中に放り込まれる(もちろんティリーも)。何せ国際政治がかかわるので、お膝元のMI5はもとよりアメリカのFBIの捜査官までが登場し(ちなみにどちらも女性)、捜査を巡ってポーとの丁々発止を繰り広げる。そして最後にあらわれる意外な犯人と思いきや、さらにもうひとつのどんでん返しが用意されている。このシリーズの魅力がポーとティリーの凸凹コンビにあるのは間違いないが、ふたりの関係はこの先どうなっていくのだろう。作中でポーをよく知る関係者が彼にこう告げる場面がある。「きみは流れる水のようだな、ポー。立ちふさがる者がいれば、それを迂回する。あるいは乗り越える。誰にもとめられないし、制御もできない」。だとすればその流れを堰き止めるのではなく、導くのがティリーなのかもしれない。ふたりの仲が進展するのを期待するむきもあるようだが、ティリーの相手ができるのは、ポーのような穢れた大人(笑)ではなく純粋無垢で真っ白な、ふんわか包みこめるような人じゃないかと思う。ティリーとポーはやっぱり良き「バディ」だな。

 くっついてほしいコンビというなら、断然リサ・ガードナーのD・D・ウォレン部長刑事&フローラ・デインシリーズに登場するフローラとキースである。四七二日間地下室に閉じ込められ、暴行を受け続けるという凄絶な過去を持ち、今なお地獄に生きるフローラと、彼女を支えるテッド・バンディそっくりの犯罪実話&コンピューターオタク男キースのもどかしい進展も最新作『夜に啼く森』(満園真木訳/小学館文庫)でようやく決着を見る。 風光明媚で静かな田舎を売りにするアパラチア山脈の町で十五年前の白骨死体が発見される。かつてフローラを救出する際、射殺された連続殺人犯ジェイコブの犠牲者である疑いが出てきたために、D・Dはフローラとキースを連れていっけんのどかな田舎町に乗り込む。さらに別の白骨死体が発見され、しだいに小さな町の底にうごめく闇と欲望があぶりだされていく。金持ちたちの「欲」の醜さと、彼らに虐げられながらも生き延びようとする女性たちの凜々しさがなんとも対照的である。このシリーズが今回でひと区切りになるのは残念だが、フローラが行き着いた先を見ることができたのは嬉しい。

 アムリヤ・マラディの『デンマークに死す』(棚橋志行訳/ハーパーBООKS)はなんともカテゴライズに困る作品だ。ノワールとも違うしハードボイルドでもない。独特の軽みとシリアスの絶妙な組み合わせは(若い人は知らないかもしれないが)ちょっと初期の「フレッチ・シリーズ」をほうふつさせる。元警官の私立探偵ゲーブリエルは、お洒落で食通で、インテリアにも造詣が深く、やたらとキルケゴールを引用し、自転車を乗り回す(ついでにギタリストでもある)。そのゲーブリエルが元カノの人権派弁護士レイラに頼まれ、右翼政治家を殺害したといわれるムスリム男性の無罪を証明することになるのだが、その事件はさらに第二次世界大戦末期のナチスに協力したデンマークの闇の部分にも及び、ゲーブリエルや愛する者たちの身にも危険が迫る。この主人公、ソフト帽にスーツで禿げ頭もとい剃り上げた頭というビジュアルのせいで、私の脳内では完全にクレイジーケンバンドの横山剣なのであるが、実際、主人公ゲーブリエルの女性観ってCKBの世界とちょっと似てるところがある。CKBには「ガールフレンド」という名曲があるんだけど、これがまさにレイラとの関係を表しているような歌で(特に最後の別れのシーン)張り裂けそうな胸を抱えてイキがっているあたりが、なんとも昭和オヤジ的というか、女性を見る目もちょっと火野正平が入ってるっぽい。正直女性としては時折うっとおしいんだけど、そこが妙に魅力的でもある(ちなみに作者は女性)。

 あのギジェルモ・マルティネスとセルダム教授が帰ってきた! とはいえシリーズ当初は数理論だのが出てきて四苦八苦させられたものだが、「笑わない数学」と「数字であそぼ。」のおかげでだいぶ耐性がついたせいか、今回の『アリス連続殺人』(和泉圭亮訳/扶桑社ミステリー)は(比較的)すらすらと読めた。おまけに今回のテーマはあのルイス・キャロルの「アリス」である。キャロルは生前膨大な日記を残していたが、それらは遺族の厳重な管理のもとに置かれ、そのうちの一部のページは遺族によって破棄されたといわれている。キャロルとアリスのリデル家が距離を置くことになった秘密を巡り、この失われたページを「発見した」女性学者がその発表の前に何者かによって襲われ重傷を負ってしまう。ひそかに女性学者を恋していた語り手の「わたし」もまた、失われたページをめぐる研究者たちの魑魅魍魎の世界に巻きこまれていくことになる。本編の主人公は「わたし」や教授ではなく、人々を狂気に誘わずにはおかない「アリス」の魔力なのかもしれない。

(本の雑誌 2023年12月号)

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●書評担当者● 柿沼瑛子

翻訳家。翻訳学校教師。主訳書はアン・ライス、パトリシア・ハイスミスなど。最新訳書はアルジス・バドリス「誰?」ジプシー・ローズ・リー「Gストリング殺人事件」共編書に「耽美小説・ゲイ文学ガイドブック」「女探偵たちの履歴書」などあり。元山歩きインストラクター・靴屋の店員、ロス・マクドナルド&マーガレット・ミラー命。

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