過激で苛烈なデスゲーム『就活闘争20XX』がヤバい!

文=松井ゆかり

  • こまどりたちが歌うなら
  • 『こまどりたちが歌うなら』
    寺地 はるな
    集英社
    1,870円(税込)
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  • あいにくあんたのためじゃない
  • 『あいにくあんたのためじゃない』
    柚木 麻子
    新潮社
    1,760円(税込)
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  • アンソロジー 舞台! (創元文芸文庫)
  • 『アンソロジー 舞台! (創元文芸文庫)』
    近藤 史恵,笹原 千波,白尾 悠,雛倉 さりえ,乾 ルカ
    東京創元社
    836円(税込)
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  • 就活闘争 20XX
  • 『就活闘争 20XX』
    佐川 恭一
    太田出版
    1,980円(税込)
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 今月まずは、「ここにいる」と声をあげることの大切さを描いた物語を二冊。

 寺地はるな『こまどりたちが歌うなら』(集英社)の主人公である小松茉子は、親族が経営する「吉成製菓」で働き始める。その前には新卒で入社した会社の経理部にいたのだが、コロナ禍での大幅な人員削減やハラスメント、さらに後輩とのすれ違いもあって退職を決めたのだった。

 茉子は入社早々からベテランスタッフには煙たがられる。サービス残業などの不透明な給与体系や先輩社員からの強い叱責が飛ぶ労働環境に関していままでなあなあで済ませていたような部分を指摘し、変えた方がいいと周囲に働きかけるからだ。しかし、彼女の言動はなかなか理解されず...。

 茉子は正しい。しかし、人間はしばしば自分の都合のいいように正しさというものをはき違えてしまう。パワハラをする者は、"相手に成長してほしくて厳しく指導している"。同僚をからかいや冷やかしの対象にする者は、"職場の雰囲気をよくするためにやっている"。嫌な思いをさせられた方ががまんを強いられるのは、職場に限らず社会のあらゆる場面で見られる構図だ。

 実際のところ、茉子のようなやり方は反発を買ってしまいがちだ。もっと穏便に周囲を納得させる方法があるのも事実だろう。それでも、どんなやり方で伝えられたものにせよ、改善を提案する人や傷ついた人たちが発した言葉が無視されることなく受け止められる社会であってほしい。

 声を上げても何も変わらないかもしれない。でも、声を上げなければ変わる可能性すら生まれない。納得のいかない気持ちを抱えたまま「ここにいる」と茉子が訴えることによって、「吉成製菓」スタッフの意識に変化が生じていく様子に心強さを感じた。

 柚木麻子『あいにくあんたのためじゃない』(新潮社)も、世の中のいたるところに存在するすっきりしない案件について考えさせる短編集だ。もともと女性を描くことには定評のある作家だし、「トリアージ2020」にはとりわけぐっときた。升麻梨子(アカウント名:ポッカレモン)は妊婦で悪阻に悩まされている。ひょんなことから、Twitter上の知り合いであるよこちんの母が、近所に住む升麻梨子を見舞ってくれるようになるのだが...。コロナ禍を描いた作品としても興味深い。個人的には男性が主人公の作品の切れ味も素晴らしいと思うので、「スター誕生」にもご注目を。時に厳しく、それでも窮地には助け合える関係性は読者の心を打つものとなるに違いない。各話のタイトルも趣深く、ビシッと決まっている。

 近藤史恵・笹原千波・白尾悠・雛倉さりえ・乾ルカ『アンソロジー 舞台!』(創元文芸文庫)に登場するのは、さまざまな種類のパフォーマンス。映像と違ってやり直しのきかないリアルタイムでの表現は、かけがえのない表現方法といえよう。その一瞬一瞬に懸ける舞台上の人々の心によぎるものは何か。

 収録作品五編のうち、「ここにいるぼくら」(近藤)・「モコさんというひと」(乾)の二編で、二・五次元の舞台が題材となっていることに時代を感じる。「モコさん~」と、バレエに関わる者同士の友情が印象的な「宝石さがし」(笹原)・市民劇団の演劇に魅せられる会社の同僚たちを描く「おかえり牛魔王」(白尾)も、女子の連帯が胸に迫る作品群だ。個人的に最も印象に残った「ダンス・デッサン」(雛倉)の主人公・瀬木到はミュージカル俳優。もともと人づきあいが苦手だった瀬木は、中学時代のクラスメイトである中山理人との別れをいまも引きずっている。孤独な瀬木が、それでも生きることを肯定しようとする思いに、読者も救われますようにと願う。

 さて、最後にポリコレ的には少々取り扱い注意な一冊(学歴偏重主義とも読める記述が散見されるので)。『就活闘争20XX』(太田出版)は、京大出身作家・佐川恭一が読者に突きつけた過激な怪作だ。就活という名のデスゲームを、センセーショナルかつリリカルに描き出している。

 太田亮介は京大の三回生。そろそろ就活に本腰を入れなければならない時期に差しかかったものの、いまひとつ実感が持てずにいた。しかし太田の生きる社会においては、少子化対策が想定外の成果を上げたため「ウルトラベビーブーム」が到来し、個人の生存競争も過去に例を見ないほど激しいものに。「就職偏差値ランキング」でトップに君臨する「Z社」は、「家族で一人でもZ社に入りさえすればその前後三代は安泰」とまで噂される企業。高校時代の同級生・小寺が「Z社」への入社を希望したことから、太田もなし崩し的に就活の渦中へと身を投じることになる。しかし、Z社の入社試験は、文字通り"生きるか死ぬか"の苛烈な戦いであった。生きてZ社に入社できる学生は、果たして存在するのか。

 もちろん落ち着いて考えれば、一企業に入るための就職活動で、命を懸けるなどという状況に陥ることなどあり得ないとわかる。しかしながら、現実の社会においては死なないまでも、企業からの理不尽な要求や自分にとって不利な条件を受け入れなければならない場面が多々あるだろう。戯画化されているとはいえ、真実味も感じられる(それだけによけい恐ろしい)のが本書の読みどころでもある。登場人物たちが大学名とセットで語られるという、狂気が混じったような笑いのセンスもすごい。それでいて、最終的には大きな感動の内に読み終えることになるのが圧巻なのだ。結論としては、佐川恭一という作家自身がいちばんヤバい。

(本の雑誌 2024年6月号)

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●書評担当者● 松井ゆかり

1967年、東京都生まれ。法政大学文学部卒。主婦で三児の母ときどきライター。現在、『かつくら』(新紀元社)で「ブックレビュー」「趣味の本箱」欄を担当。

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