『町の悪魔を捕まえろ』の真相に背筋が寒くなる!
文=柿沼瑛子
ぬわんとワニ町とジル・ペイトン・ウォルシュの新作が前後して出るなんて10月はなんてすばらしい月なんだ! というわけでまずはジャナ・デリオンのワニ町シリーズ八作目『町の悪魔を捕まえろ』(島村浩子訳/創元推理文庫)。毎回どの場面が表紙になるのかな~というのもこのシリーズの楽しみのひとつなのだが、なるほどこれで来ましたか! 今回はついにロマンス詐欺の魔手がこの平和(でもないが)な町にも及び、どうやらあちこちに被害者はいるらしいが、みな世間体をはばかって警察に届けるのを躊躇している。対象がどれも小金持ちの孤独な独身女性ばかりで、犯人はどうやらフェイスブックを利用して獲物を見つけているらしい、というわけでよりにもよってガーティが囮になるべくフェイスブックに登録するが、今回は意外にも毎回お荷物気味の彼女がその優れた共感能力を駆使して大活躍する。一方、天敵シーリアはこれ幸いとばかりにフォーチュンの仕業と決めつけ、カーターをけしかけて逮捕させようと息巻いている。うっかりシーリアと鉢合わせしたフォーチュンは、あわやというところを車椅子の男性とその妻に救われる。だが、直後にその妻が射殺されるというショッキングな事件が。町一番の善人とみんなが太鼓判を押すような女性がなぜ? 前作ラストで「カーター、シメちゃる!」と憤っていたあなた、どうかご安心を。すっきり問題が解決したわけじゃないんだけど、ふたりの距離の置き方が実に大人でいいんだな。今回の犯人像はこれまでワニ町シリーズには出てこなかったタイプで、真相がわかってみると思わず背筋が寒くなるような人物像は悪役シーリアがすがすがしく見えるほどだ。
毎回「とっつきが地味だけど面白い」と繰り返してきたジル・ペイトン・ウォルシュだが、今回の『貧乏カレッジの困った遺産』(猪俣美江子訳/創元推理文庫)はいささか毛色が違う。なぜならこのシリーズでは初めて事件のメインとなる舞台がケンブリッジの外になるからだ。イモージェンがナースを務めるセント・アガサ・カレッジ出身で、一代で巨大産業を築きあげた大富豪ジュリアスが不審な墜落死を遂げる。このジュリアスという男、イーロン・マスクとトルーマン・カポーティを合わせたような嫌味な奴なのだが、この富豪の腹心の部下こそ、かつてカレッジで将来を嘱望されていながら、出世のためにカレッジとイモージェンを捨てた人物だったのだ。「あなたはハンサムな人よ。頭もいいし、人並みに優しい。あれから腕が落ちたのでなければ、ベッドの中でも最高の相手よ」ま、まさかイモージェンの口からこんなセリフを聞くとは! この元カレが実に調子のいいやつで、自分に必要のある時だけ彼女をソウルメイト呼ばわりし、しかもイモージェンの目の前でしゃあしゃあと片思いしている人妻のことを打ち明ける。こいつにはカーターの爪の垢でも飲ませてやりたい。しかもイモージェンのほうもまだ望みを捨てきれていないでいるというのがなんとも歯がゆい...それでも犯人とひとりで対決する姿はまるで『皮膚の下の頭蓋骨』のコーデリア・グレイか後期のミス・マープルみたいで格好いい。そして毎回いってるが最後のオチのつけ方がうまい! われらがイモージェン・クワイは喪失のほろ苦さをぐっと噛みしめながらも昂然と顔を上げて生きていくのだ。
連絡手段の途絶した雪もしくは嵐の山荘、もしくは孤島に、人はなぜ惹かれるのだろう...。たとえていうなら外は荒れ狂う吹雪なのに自分だけ暖かいおこたに入ってぬくぬくしているような快感? たとえその場所でどんなことが行われようと、自分は絶対的に大丈夫だとわかっているからこその贅沢な安心感というべきか。仕事が煮詰まってそれどころじゃない時にやたらにそうしたミステリが読みたくなるのはそのせいかもしれない。講談社編『ミステリーアイランド』(講談社)は大矢博子、千街晶之をはじめとする6名のミステリ巧者たちが、こぞって国内外のおススメ孤島ミステリを紹介する。目次タイトルを読んだだけでは何のミステリかわからないという仕掛けがまた憎い。「はなれわざ」や「皮膚の下の頭蓋骨」って孤島ミステリだったんだとあらためて気づかされたり、うっかり「三十棺桶島」を修学旅行に持っていってしまって夜死ぬほど怖い思いをしたことなどが思い出されるのであった。
マット・スカダー・シリーズや泥棒バーニイ・シリーズなどで日本の読者にもおなじみのローレンス・ブロック。どちらも読んだあとで人生の哀歓をじんわり味わわせてくれる持ち味のシリーズだが、それを百パーセント裏切ってくれるのが『エイレングラフ弁護士の事件簿』(田村義進訳/文春文庫)である。この主人公エイレングラフは絶対に弁護を失敗しない、いわば弁護士界のドクターXともいうべき存在である。しかしそのやり方がユニークだ。依頼人が有罪判決を受けた時はいっさい弁護料を取らない、その代わりに成功したあかつきには目が飛び出るほどの報酬を要求され、値切ることはいっさいまかりならぬという。しかも彼の場合、法廷で無罪判決を勝ち取るのではなく、そもそもの嫌疑をなくしてしまうという荒療治であり、その無罪にする方法が実に荒唐無稽というか、スケールの大きさに読者は呆れかえるばかり(褒めてます)。ドクターXの決め台詞が「私、失敗しないので」なら、エイレングラフのそれは「わたしの請求額に常軌はありません」。本人は詩を愛するものすごいお洒落さんなのだが、腹黒さのせいか「笑ゥせぇるすまん」の喪黒福造の姿と声しか思い浮かばない。
(本の雑誌 2024年12月号)
- ●書評担当者● 柿沼瑛子
翻訳家。翻訳学校教師。主訳書はアン・ライス、パトリシア・ハイスミスなど。最新訳書はアルジス・バドリス「誰?」ジプシー・ローズ・リー「Gストリング殺人事件」共編書に「耽美小説・ゲイ文学ガイドブック」「女探偵たちの履歴書」などあり。元山歩きインストラクター・靴屋の店員、ロス・マクドナルド&マーガレット・ミラー命。
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