青崎有吾の百合短編「恋澤姉妹」が素晴らしい!

文=北上次郎

  • 彼女。 百合小説アンソロジー
  • 『彼女。 百合小説アンソロジー』
    相沢 沙呼,青崎 有吾,乾 くるみ,織守 きょうや,斜線堂 有紀,武田 綾乃,円居 挽
    実業之日本社
    1,925円(税込)
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  • 島田一男大陸小説集1 軍報道部
  • 『島田一男大陸小説集1 軍報道部』
    島田一男
    大陸書館
    1,870円(税込)
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 青崎有吾「恋澤姉妹」が素晴らしい。舞台は中東。鈴白芹というヒロインが、ツアーガイドのワラビを訪ねてくる。ワラビは恋澤姉妹のところまで案内してくれるのだ。

 恋澤姉妹とは何か。鈴白芹は何の目的で訪ねてきたのか。この段階では何も語られない。

「除夜子を埋めた場所に連れてって」

 そう言うだけだ。どうやら除夜子という女性が恋澤姉妹を訪ねてきて、そして殺され、ツアーガイドのワラビがどこかに埋めたらしい、とわかってくる。ワラビは客を恋澤姉妹のところに案内し、次の日に客だったものを車に乗せて適当な場所に埋めにいくのを仕事にしているようだ。環境保全もガイドの仕事ってわけ、とワラビは言う。

 あんたも観測者か、とワラビは尋ねる。「姉妹のファンをそう呼ぶのさ」

 何なんだこの話。まったく見当もつかない。殺すって何だ。姉妹って何だ。

 読み進むうちに徐々に見えてくるものがあるが、それを知るのが読書の愉しみだろうから、これ以上はここに書かない。激しいアクションが展開すること。最後には「最強の恋」が現出すること──を書くにとどめておく。切れ味鋭く、奥行き深く、まったく素晴らしい。ラスト一行がサイコーだ。

 ちなみにこれ、六〇ページ強の短編で、『彼女。 百合小説アンソロジー』(実業之日本社)に収録されている。短編を単独で取り上げるのは当欄初かもしれないが、今月いちばん感じ入ったのはこの短編なのである。

 岸田智明『バスケットボールの福音』(発行パレード/発売星雲社)も興味深く読んだ。

 この造本、装丁からは想像も出来なかったが、小学生の女子バスケットボールを描くスポーツ小説である。バスケットをまったくやったことがない少女たちが、なぜかチームをつくり、激しい練習に耐え、大会に出て活躍するまでを描いていく。展開も構成もとてもシンプルだが、別の言い方をするならば、王道をいくスポーツ小説だ。

 最初は、さして練習もせず、コーチもつけず、それで大会に出るから大変だ。五つめのファウルをするとその選手が退場になるというルールも知らないのだ。だから、二人が退場になるとピンチ。普通なら交代の選手が入るのだが、佐井川フレンズには選手が五人しかいないので、なんと三人で戦うのである。大丈夫か、佐井川フレンズ。ここから彼女たちの必死のリベンジが始まっていく。

 新鮮さがないと言われたらそれまでで、甘いと言われたら返す言葉もないが、しかし私、この手の小説が好きだ。

 上橋菜穂子『香君』(文藝春秋)もいい。人並みはずれた嗅覚をもつ少女アイシャは、夜になると香りがうるさいと言うのだ。たとえば、虫に葉を食われている植物は〔悲鳴の香り〕を発するし、悲鳴を聞いた木々たちは〔警戒の〈声〉〕を上げ始める。香りの声は獣たちも発するから夜になると目を覚ます獣たちの香りが濃厚に立ち込める。

 もちろん、うるさいだけではない。夜の空を好んで舞う蛾などを誘う夜咲きの花たちは、夕暮れとともに香りを放ちはじめるが、その花たちの誘いの香りは恋歌のように心地よい。

 全編に充満しているこの香りの声に誘われて、私たちは物語の中にどんどん接近していく。うまいなあ上橋菜穂子。

 奇跡の稲、オアレ稲の秘密をめぐる話であるという肝心要のことを紹介せず、いきなりアイシャの特殊な個性を引いてしまったが、物語の中心はこの「香り」にこそあるので、まあいいだろう。ストーリーはあえて紹介しない。上橋菜穂子の小説だから読み始めたらやめられなくなるのは当然。私たちはいつものように、ただただ上橋菜穂子の世界を堪能するのである。

 今月はほかにも、『島田一男大陸小説集1 軍報道部』(大陸書館/オンデマンド出版)と、清志まれ『幸せのままで、死んでくれ』(文藝春秋)が印象に残ったが、もう紹介するスペースがほとんどないので、これらは別の機会にする。

 今月の最後は、藤野千夜『団地のふたり』(U-NEXT)。

 空ちゃんがいい! 性格の穏やかなおっとりした子で、「空ちゃん、早く早く」とせかさないと、どんどん奈津子たちから離れてしまう。気がつくとしゃがんで花を摘み、立ち止まって木の枝を見上げていたりする。奈津子とノエチと空ちゃんは同じ団地に住み、同じ保育園に通った。空ちゃんは小学校にあがってから亡くなってしまったが、この友のことをふたりは忘れていない。「空ちゃんが今もここにいて、遊ぼう、って言ってる気がするね」と奈津子が言ったのは中学生のときだ。いまでも年に一回、空ちゃんのお母さんが住む三号棟の四階を訪ねて、空ちゃんの仏壇にお線香をあげている。

 奈津子とノエチは五〇歳で独身。幼なじみのこのふたりは時に喧嘩もするけれど、仲がいい。そういうふたりの交友の真ん中にいまでも空ちゃんがいるのは、彼女たちが自分たちの時間をゆったりと生きているからだろう。せわしなく日々をすごしている身にはとても羨ましい。私にも、小学生のときに三輪車に乗っていて車にはねられて亡くなった知り合いがいる。それほど親しい友ではなかったということもあるけれど、普段は彼のことを忘れている。時間に追われて過ごしていると、そういうことは思い出さないのだ。つまりここには、私たちが失ってしまった時間があるということだ。だからこのふたりが羨ましい。いい小説だ。心に残る小説だ。

(本の雑誌 2022年6月号)

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●書評担当者● 北上次郎

1946年東京生まれ。明治大学文学部卒。1976年、椎名誠と「本の雑誌」を創刊。以降2000年まで発行人とつとめる。1994年に『冒険小説論』で日本推理作家協会賞受賞。近著に『書評稼業四十年』(本の雑誌社)、『息子たちよ』(早川書房)がある。

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