タナ・フレンチ『捜索者』に引き込まれる!

文=吉野仁

  • 捜索者 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『捜索者 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
    タナ フレンチ,北野 寿美枝
    早川書房
    1,782円(税込)
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  • 気狂いピエロ (新潮文庫)
  • 『気狂いピエロ (新潮文庫)』
    ライオネル・ホワイト
    新潮社
    693円(税込)
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  • 辮髪のシャーロック・ホームズ 神探福邇の事件簿
  • 『辮髪のシャーロック・ホームズ 神探福邇の事件簿』
    莫理斯 (トレヴァー モリス),舩山 むつみ
    文藝春秋
    2,200円(税込)
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  • ガーナに消えた男 (HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOKS No. 1)
  • 『ガーナに消えた男 (HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOKS No. 1)』
    クワイ クァーティ,渡辺 義久
    早川書房
    2,640円(税込)
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  • 印
  • 『印』
    アーナルデュル・インドリダソン,柳沢 由実子
    東京創元社
    2,200円(税込)
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  • 姉妹殺し (ハーパーBOOKS)
  • 『姉妹殺し (ハーパーBOOKS)』
    ベルナール ミニエ,坂田 雪子
    ハーパーコリンズ・ジャパン
    1,440円(税込)
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 主要人物のプロフィール、舞台になっている土地、そして物語のさわりなど、書評で小説を紹介するのに際し、押さえておく点はいくつかある。

 たとえば、タナ・フレンチ『捜索者』(北野寿美枝訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)は、シカゴ警察を退職し、アイルランド西部の辺鄙な村へ移住してきたカルという四十八歳の男が主人公だ。カルはひとりで廃屋を修繕しながら田舎暮らしをはじめた。親切でおしゃべりな隣家の老人や食料品や日用品を売る店の女性らと会う以外は、静かな生活をつづけていた。だが、あるとき、何者かの視線を感じたカルがつかまえたのは、年端もいかない地元の子どもだった。やがて親しくなったその子トレイから、失踪した兄ブレンダンを捜してほしいと頼まれた。カルはいくつもの可能性を考慮しながら、ブレンダンの行方をつきとめようとした。

 このように要約しただけでは、さほど新味のある作品とは思えない。辺境の土地に流れついた男が、子どもとの交流を通じて過去の事件に足をつっこみ、正体の見えない連中から敵視され、身に危険が迫るも果敢に立ちむかう。よくあるストーリーだ。それでも、主人公が家の裏庭のはずれの切り株に集まるミヤマガラスを観察する場面から、周囲の美しい風景が描写される冒頭あたりを読み進めていくと、たちまちこの静かな物語に引き込まれてしまった。主人公の内面が直接に語られなくとも、なにか心に響いてくる筆致なのだ。繊細さと同時に力強さも感じる。終盤からラストへの話運びも印象深い。すべてがパターンどおりではなく、読みごたえがある。強くお薦めしたい。

 ライオネル・ホワイト『気狂いピエロ』(矢口誠訳/新潮文庫)は、キューブリック監督の映画「現金に体を張れ」の原作『逃走と死と』で知られる作家ホワイトが一九六二年に発表したものだ。あまりに有名なゴダール監督による同名映画の原作である。妻子ある男が、十七歳の少女と出会い、逃避行をつづける。ファム・ファタルの妄執に憑かれた男の物語。映画との違いをはじめ、ゴダール・ファンにとって興味ぶかいだけでなく、ホワイトならではの魅力をもつ犯罪小説に仕上がっている。六〇年代の作品なのに古さは感じられず、定型どおりの物語ながら読んでいると気持ちをざわめかせる要素に満ちているのだ。よくぞ出してくれましたと言いたい一作である。

 お次は香港。莫理斯『辮髪のシャーロック・ホームズ 神探福邇の事件簿』(舩山むつみ訳/文藝春秋)は、一九世紀末、清朝末期の香港を舞台に、辮髪の探偵と医師の中国人コンビが事件を解決するホームズ・パスティーシュで六つの短編が収められている。多少でもホームズを読んだことがあるなら、原典を下敷きにしていることがわかって楽しいだろう。個人的には香港近代史を背景にしている面がとても興味深かった。註釈も多く、この土地と歴史に関心があれば、なお面白く読める香港版ホームズなのだ。

 クワイ・クァーティ『ガーナに消えた男』(渡辺義久訳/ハヤカワ・ミステリ)は、ガーナ系アメリカ人作家による群像犯罪劇。アメリカ人ゴードンは、ガーナへ向かった。インターネットで知り合った女性とじかに会おうとしたのだ。ところが、それが確実に詐欺だと判明したあと、まもなくして彼は失踪した。ゴードンの息子のデレクは、ガーナの探偵事務所を訪ね、父の行方を調査してほしいと依頼した。元巡査の探偵エマが捜査を続けていくと犯罪の裏にうごめく悪の存在が浮かびあがっていった。国際的詐欺集団サカワ・ボーイズ、呪術師、汚職警察官、大統領選の陰謀にからむ連中といった怪しい者たちだ。ガーナという土地の特色を出し、多くの登場人物の視点で数珠つなぎのように展開していく物語は、新奇な面白さが感じられた。エマを主人公にした続編に期待したい。

 ガーナだけでなくアイスランドにも霊媒師はいて、不審死の謎に絡んでくる。レイキャヴィク警察署の刑事エーレンデュルを主人公にしたシリーズ第六弾、アーナルデュル・インドリダソン『印』(柳沢由実子訳/東京創元社)は、湖畔のサマーハウスで、首をつった女性マリアの死体が発見されたことから物語がはじまる。発見者のカレンは、自殺という判断に疑問をいだき、エーレンデュルを訪ねた。マリアは、自身の母親の死後、精神的な不安が強まり、落ち込んでいたとともに、死後の世界へ行き母と会いたいと霊媒師に助けを求めていたという。例によってエーレンデュル自身の私生活をはじめ、さまざまな家族のこじれた模様が事件捜査とともに描かれていく。ドラマの描き方が図抜けてうまい作者だけに、人間関係から生まれる複雑な気持ちを読みながら強く覚えさせられるのだ。

 最後は、ベルナール・ミニエのセルヴァズ警部シリーズ第五作『姉妹殺し』(坂田雪子訳/ハーパーBOOKS)だ。森のなかで白いドレス姿で木につながれた姉妹の変死体が発見された。女性たちの恰好は、人気ミステリー作家エリック・ラングの書いた小説と酷似した姿だった。これは一九九三年に起きたもので、当時二十四歳のセルヴァズがトゥールーズ警察署に赴任してから初めて捜査に加わった殺人事件だった。それから二十五年後、今度はラングの妻アマリアが白いドレス姿で殺された......。ケレン味の強い殺人事件、奇矯な人物の登場、驚愕の真相とシリーズの持ち味はしっかりと保ちつつ、そこに主人公セルヴァズの過去と現在の対比を鮮明にした構成、一連のサスペンスの盛り上がりがラストで炸裂する展開など、娯楽要素にあふれている。インドリダソン同様に、ミニエも読み逃すことはできない。

(本の雑誌 2022年7月号)

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●書評担当者● 吉野仁

1958年東京生まれ。書評家。おもにミステリを中心とした小説や本の書評、文庫解説などを執筆。

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