信じる力がわいてくる加納朋子の連作集がいいぞ!

文=北上次郎

  • ひとりの双子
  • 『ひとりの双子』
    ブリット ベネット,友廣 純
    早川書房
    2,240円(税込)
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  • 宙ごはん
  • 『宙ごはん』
    町田 そのこ
    小学館
    1,760円(税込)
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  • 幸村を討て (単行本)
  • 『幸村を討て (単行本)』
    今村 翔吾
    中央公論新社
    2,200円(税込)
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  • 生者のポエトリー
  • 『生者のポエトリー』
    岩井 圭也
    集英社
    1,500円(税込)
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  • 世界の中心で馬に賭ける-海外競馬放浪記 (単行本)
  • 『世界の中心で馬に賭ける-海外競馬放浪記 (単行本)』
    須田 鷹雄
    中央公論新社
    1,980円(税込)
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  • 中野ブロードウェイ物語
  • 『中野ブロードウェイ物語』
    長谷川 晶一
    亜紀書房
    1,870円(税込)
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  • 夏鳥たちのとまり木
  • 『夏鳥たちのとまり木』
    奥田 亜希子
    双葉社
    990円(税込)
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  • マウンテンガールズ・フォーエバー
  • 『マウンテンガールズ・フォーエバー』
    鈴木 みき
    エイアンドエフ
    1,813円(税込)
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 いやあ、いいなあこれ。これほど読後感のいい小説も珍しい。ではなぜ読後感がいいのか、それを詳しく書き出すとネタバレになるので困っている。加納朋子『空をこえて七星のかなた』(集英社一六〇〇円)である。

 これは七編を収録した連作集だが、個人的にいちばん好きな短編「箱庭に降る星は」の語り手は高校一年の日野君だ。あるとき生徒会の副会長から呼び出される。日野君はたったひとりの文芸部員なのだが、五人いないと部としては認められないと副会長はいう。美人だけど、怖い副会長だ。一緒に呼び出されたのは、ひとりきりの天文部に、ふたりしかいないオカルト研究会。存続するためには合併するしかない。でも全部足しても4人では部の条件を満たさない。すると「それじゃ、私が一時的に入部します」と副会長が言う──というところから不思議な部活動が始まっていくのだが、この副会長のキャラがとてつもなく魅力的で、おお、こういう女子はこのあとどういう人生を送っていくのだろうかと、猛烈に興味が湧いていく。

 このあとの短編「木星荘のヴィーナス」もいいが(超絶美人なのにそのことに本人が気づいていないヒロインのキャラがいい)、七編に共通しているのは、宇宙に惹かれた人間のドラマということだ。そしてなによりもいいのは、隠しテーマだろう。ラストで明らかになるのだが、ここで描かれているのは、「夢は叶う」ということなのである。真面目に一生懸命に生きていれば、夢は叶う。それを素直に信じようという気になるのがこの小説の力といっていい。とても素敵な小説だ。

 町田そのこ『宙ごはん』(小学館一六〇〇円)も、素晴らしい。このタイトルから、いま流行りの食べ物をキーワードにした家族小説(あるいは恋愛小説)を連想するのはたやすい。第一話「ふわふわパンケーキのイチゴジャム添え」とか、第二話「かつおとこんぶが香るほこほこにゅうめん」とか、そういう見出しも付いていることだし、そうに違いない──と思ってしまうが、違うのである。そういうふんわりした話ではないのだ。激しい話といっていい。

 全五話を収録した連作で、主人公の川瀬宙は幼いときから、「姉さんに子育ては無理よ」と言う母親の妹風海に育てられた。ところが宙が小学校に入るときに風海家族がシンガポールに移住することになり、母親と暮らすことになる。『宙ごはん』はここから始まる物語だ。この母親が「れっきとした大人なのに、大人らしいことをてんでしない」女性で、一緒に暮らすと大変である。なにしろ授業参観の日に学校には行かず恋人とデートに行っちゃうのだ。母親の中学時代の後輩で、商店街のビストロで働く佐伯が毎日食事を作りにきてくれているので、宙はなんとか健康を維持している。佐伯は宙の相談にも乗ってくれるから父親みたいな存在だ。

 という物語の外枠だけを聞くと、なんだかふんわりとした話のような印象を受けてしまう。みんな「いい人」だし、いい話だし。しかし徐々に明らかになっていくが、この物語の底には彼らの激しいドラマと感情が渦巻いている。これが凄い。わかりやすく言うならば、瀬尾まいこの衣装をつけた遠田潤子だ。全然わかりやすくなかったりして。さまざまな料理は、ドラマを彩る飾りではなく、もっと切実なものであるのだ。ドラマと料理が不可分なのである。この構造が素晴らしい。

 高校生になった宙がパンケーキを作るラストがいい。温かなものがこみ上げてきて、優しい気持ちに私たちは包まれるのである。

 今月は他にも、今村翔吾『幸村を討て』(中央公論新社二〇〇〇円)、岩井圭也『生者のポエトリー』(集英社一七〇〇円)、須田鷹雄『世界の中心で馬に賭ける』(中央公論新社一八〇〇円)、長谷川晶一『中野ブロードウェイ物語』(亜紀書房一七〇〇円)とあるが、これらは別の機会にして、今月はあと二冊。まず、奥田亜希子『夏鳥たちのとまり木』(双葉社一六〇〇円)。溝渕が「世間から見れば間違いだらけのことに救われる人間もいるってことですよ」と田丸葉奈子に言うシーンがある。溝渕は五四歳、田丸葉奈子は二八歳。会社の上司と部下ではない。ふたりは中学教師だ。歳は離れているが同僚である。生徒の間違いを認めるわけにはいかない立場である。しかし田丸葉奈子には、一三歳のときに世間から見れば間違いだらけのことをして救われた経験がある。その過去と、教師である現在の狭間で葉奈子は立ち尽くす。『夏鳥たちのとまり木』はこの地点から始まる物語だ。

 溝渕はいつも威圧的で乱暴で、いまは独身で風呂なしのアパート住まい。九年前に一度退職し、三年後にまた教員採用試験を受けて葉奈子の中学校にやってきたという男である。謎多きこの男と、ふたまわり以上も歳の離れた葉奈子との、微妙な関係がいい。静かな作品だが、しずかに読みふけるのである。

 今月のラストは、鈴木みき『マウンテンガールズ・フォーエバー』(エイアンドエフ一七〇〇円)。五編を収録した短編集だが、タイトルからわかるように登山をモチーフにした作品集だ。最初の短編のヒロインが、三番目の短編の主人公の憧れの対象となって再登場するように(そうか、あれから会社をやめたんだ)、それぞれの短編が微妙にクロスしながら繋がっていくのがキモ。しかも初の小説とは思えないほど、うまい。

 たとえば、二番目の短編「クライミングジム・シンデレラ」を読まれたい。クライミングジムに通っている主婦を描く短編だが、夫婦の寒々とした光景が印象的で、さらに彼女の最終的な選択と覚悟を実に鮮やかに描いている。

(本の雑誌 2022年7月号)

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●書評担当者● 北上次郎

1946年東京生まれ。明治大学文学部卒。1976年、椎名誠と「本の雑誌」を創刊。以降2000年まで発行人とつとめる。1994年に『冒険小説論』で日本推理作家協会賞受賞。近著に『書評稼業四十年』(本の雑誌社)、『息子たちよ』(早川書房)がある。

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