『壊れた世界で彼は』の予測不能なひねりが楽しい!

文=吉野仁

  • 壊れた世界で彼は (創元推理文庫 Mヘ 20-2)
  • 『壊れた世界で彼は (創元推理文庫 Mヘ 20-2)』
    フィン・ベル,安達 眞弓
    東京創元社
    1,144円(税込)
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  • 業火の市 (ハーパーBOOKS)
  • 『業火の市 (ハーパーBOOKS)』
    ドン ウィンズロウ,田口 俊樹
    ハーパーコリンズ・ジャパン
    1,440円(税込)
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  • ボンベイのシャーロック (HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOKS No. 1)
  • 『ボンベイのシャーロック (HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOKS No. 1)』
    ネヴ マーチ,高山 真由美
    早川書房
    2,970円(税込)
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  • ポピーのためにできること (集英社文庫)
  • 『ポピーのためにできること (集英社文庫)』
    ジャニス・ハレット,山田 蘭
    集英社
    1,650円(税込)
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  • 三日間の隔絶 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫 HMル 6-13)
  • 『三日間の隔絶 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫 HMル 6-13)』
    アンデシュ ルースルンド,井上 舞,下倉 亮一
    早川書房
    1,540円(税込)
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  • 三日間の隔絶 下 (ハヤカワ・ミステリ文庫 HMル 6-14)
  • 『三日間の隔絶 下 (ハヤカワ・ミステリ文庫 HMル 6-14)』
    アンデシュ ルースルンド,井上 舞,下倉 亮一
    早川書房
    1,540円(税込)
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 翻訳ミステリの世界は、今世紀に入ってから、ますますワールドワイドになっている。北欧ブームのあと、最近は中国台湾インドなどアジア系が目立つ。いまのところ歴史ミステリが多い印象ながら、これから現代を舞台にした作品が増えることに期待している。

 今月の一発目は、南アフリカ生まれで、現在はニュージーランド在住の書き手フィン・ベルの『壊れた世界で彼は』(安達眞弓訳/創元推理文庫)を紹介したい。デビュー作『死んだレモン』で注目された作家の第三弾。はじまりは町はずれの住宅で起こった立てこもり事件だった。ニュージーランド警察組織犯罪対策本部の刑事ニックは相棒のベテラン刑事トーブとともに現場に向かった。銃をもった男たちが、家族四人を人質にしているらしい。やがて家のなかで銃声がしたと思うと、爆発が起こった。立てこもり犯五人は射殺され、銃で撃たれ重傷を負った妻と二人の娘は救出された。だが、夫の姿はどこにもなかった。ニックは夫の捜索を開始するとともに、家に押し入ったギャングたちの目的を探ろうとした。

 警察小説として展開する本作だが、自身の出生にとらわれ悩む主人公だったり、舞台となった土地とその気候などが物語を劇的に推し進めたり、困難からの脱出に意外な手法が使われたりするなど、予測不能でひねりのある話の流れをいくつも見せていく。ただ驚きをもたらすためだけにこしらえた話で終わっていない。『死んだレモン』でも感じたことだが、 どこか洗練さに欠けてはいるものの、逆にそのぎこちなさや荒っぽさが強く印象に残るのだ。あえていえばB級の面白さ。それがいい按配に盛りこまれている。

 よく出来たAクラスの大作を求める方には、巨匠の新作をお薦めしたい。ドン・ウィンズロウ『業火の市』(田口俊樹訳/ハーパーBOOKS)は、マフィア・ファミリーの抗争を描いたものだ。舞台となるのは、ボストンの南に位置する都市プロヴィデンス。アイルランド系マフィアの一員ダニーは、マフィアのドンであるジョンの次女テリを妻にしていた。あるとき夫婦そろってビーチでくつろいでいるとき、ブロンドの髪の美女をみかけた。その女性パムは、ポーリーというイタリア系マフィアの恋人だった。ところがジョンの次男リアムが彼女にちょっかいをだしたことから、それまでの共存共栄関係が次第にくずれていき、やがて血を血で洗う報復の連鎖が起こる。本作は、トロイア戦争を語るギリシア叙事詩をなぞった三部作の第一弾。すなわちマフィア抗争を題材にした現代の神話だ。読みごたえのある生々しい物語なのは当然として、続きが気になってしょうがない。

 次は、ネヴ・マーチ『ボンベイのシャーロック』(高山真由美訳/ハヤカワ・ミステリ)。前回、莫理斯『辮髪のシャーロック・ホームズ』を紹介したが、こちらも同じ十九世紀末の話ながら、インドのボンベイが舞台だ。主人公のジムは騎兵隊を除隊後、病院で療養生活を送る三十歳の男。あるとき、二人の女性が大学の時計台から転落死するという衝撃的な事件の新聞記事を目にした。ジムは被害者の夫アディに面会し、彼に雇われる形で事件を捜査することになった。刊行まもないホームズ物語に影響されたジムが、変装をして調査をするといった展開で、『辮髪』のように原典をもとにしたパスティーシュではない。また同じインドの歴史ミステリ、アビール・ムカジー『カルカッタの殺人』のシリーズとは異なる読み心地である。とくに後半からロマンス小説の香りが強くなっており、著者の持ち味はそこにあるように感じた。

 ジャニス・ハレット『ポピーのためにできること』(山田蘭訳/集英社文庫)は、英国作家のデビュー作。だが、ページをめくっていくと驚く。なんと、その大半は電子メールの文章だ。そのほかテキスト・メッセージ、議事録、通話記録、手紙などが並んでいる。これらの資料から真相を推理せよ、という趣向で構成された内容なのである。地元の名士マーティン・ヘイワードは、劇団を主宰しており、あるとき劇団員へ一斉メールを送った。二歳の孫娘ポピーに脳腫瘍が見つかったという告白だ。さっそく《ポピーに治療薬を》という募金活動がはじまった。同時に、予定された次回公演の準備にとりかかっていくが、やがて殺人事件が起こった......。すべてのテキストを読み解けば事件の真相が分かるという問題作。こうした本格的な推理ものに挑戦したい方はぜひ手にとってほしい。

 最後は、スウェーデンの作家アンデシュ・ルースルンド『三日間の隔絶』(井上舞・下倉亮一訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)、〈グレーンス警部〉シリーズ最新作だ。あと半年で引退となったグレーンスのもとに、ヘルマンソン警部補がやってきた。住居への不法侵入があり、詳しく調べたところ、古い事件のファイルに警告文が残されていたという。この場所に関する報告は、犯罪の種類にかかわらず、グレーンス警部に至急連絡されたし、との一文だ。その場所は十七年前、一家四人惨殺事件が起きたアパートで、事件の担当者はグレーンスだった。その後、十七年前と同じ手口で当時の容疑者が殺される事件が起こった。一方、潜入捜査員を引退し、家族とともに暮らしていたピート・ホフマンのもとに謎の脅迫状が届く。ホフマンはグレーンス警部に警察での潜入捜査を依頼した。ケレン味の強い設定の数々、迫真のタイムリミット・サスペンス、そして驚きの真相と、三拍子そろった面白さ。海外ミステリに刺激の強さと豊かな娯楽性を求める読者であれば、文句のつけようもない。

(本の雑誌 2022年8月号)

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●書評担当者● 吉野仁

1958年東京生まれ。書評家。おもにミステリを中心とした小説や本の書評、文庫解説などを執筆。

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