一穂ミチ『光のとこにいてね』はきらきら輝く光の小説だ!

文=北上次郎

  • タクジョ! みんなのみち
  • 『タクジョ! みんなのみち』
    小野寺 史宜
    実業之日本社
    1,870円(税込)
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 きらきら光っている。これは光の小説だ。

 たとえば、結珠ちゃんのいなくなった部屋で、七歳の果遠が光を感じるシーンは次のように描かれている。

 空いちめんに細長い雲がいくつもいくつも並んで、夕陽を受けて煮えるように赤く光っていた。空はいつでもあるのに、太陽は毎日沈むのに、この日は特別にきれいだった。わたしの目にはそう見えた。きのうはこんな景色じゃなかった、あしたもきっとこんな景色じゃない。きょうだけ、きれいできれいで、ただ見ているだけでいい、何も考えなくていいよ、と夕暮れの空に言われた気がした。

 こういう印象的な光の光景が随所に登場する。一穂ミチ『光のとこにいてね』(文藝春秋)だ。

 七歳のときに知り合った結珠と果遠の、二五年間を描く小説である。女性同士の友情なのか、百合なのか、シスターフッドなのか、分類して名付けてしまうと、たちまち大切なものが崩れ落ちるような気がするので、ここでは書かない。

 幼いふたりが知り合ったころ、果遠が「そこの、光のとこにいてね」と言うシーンがある。そのとき、結珠が立っていたのは、ちょうどぽっかりと雲が切れ、小さな陽だまりができていたところで、シャベルを取ってくるまでそこで待っていてね、と果遠は言ったのである。それから二五年、ふたりのつきあいは途切れ途切れに続いていくが、その狭い陽だまりの中だけの奇蹟的な繋がりだった。一歩でも陽だまりの外に出てしまえば二度と会えなくなるような、心細く頼りない関係だったとも言える。にもかかわらず何度も再会するのは運命だ。

 だから、こう言い換える。こにあるのは、閉ざされた心がゆっくり開いていくときの解放感であり、満たされていくときの充実感だ。友情とか百合とかシスターフッドというよりも、そう言ったほうがいい。一穂ミチの傑作だ。

 古矢永塔子『今夜、ぬか漬けスナックで』(小学館)もなかなかよかったが、この作家の『あの日から君と、クラゲの骨を探している』(二〇一八年宝島社文庫)と、『七度笑えば、恋の味』(二〇二〇年小学館)をあわてて買ってきたものの、時間が取れず未読なので、それらの作品を読んでからにしたい。初めて読んだ作家の新作が面白いと、急いで過去の作品を遡って読むようにしているのだが、今回のようにせっかく買ったのに未読では意味がない。『今夜、ぬか漬けスナックで』は、瀬戸内海の小さな島を舞台に、母親のスナックを受け継いだ三一歳のヒロインの日々を描く長編で、タイトルだけでなく、中身もうまいのだ。この作家については宿題にしておきたい。

 うまいなあと思ったのはもう一冊。御木本あかり『やっかいな食卓』(小学館)だ。こちらは、七二歳の高畠凛子の家に次男夫婦が同居するところから始まる小説で、嫁姑の対立を描く小説かと思っていると、そういう展開が少しはあるけれど、メインは別。死んだ長男の忘れ形見がやってきて、一緒に住むようになるし、さらには意外な人物までやってくるから、つまりは大家族小説だ。その騒々しさと小さないさかいと、そして結局は楽しさを描く小説なのである。六九歳のデビュー作だが、とても新人の作品とは思えないほど、うまい。

 小野寺史宜『タクジョ! みんなのみち』(実業之日本社)は、女性ドライバー高間夏子を軸にしたタクシー・ドライバー小説で、相変わらずうまい。それにしても八月に出た『レジデンス』(KADOKAWA)は、いろいろ考えさせられる小説だった。小野寺史宜がデビュー前に野性時代青春文学大賞に応募した作品を書き直した作品ということだが、犯罪がありセックスがあり、とても小野寺史宜の作品とは思えないのだ。この作品で新人賞を受賞していたら、いまの小野寺史宜はいなかったのだろうか、と不思議な気持ちがするのである。

 今月の最後は、岩井圭也『付き添うひと』(ポプラ社)。少年犯罪を担当する弁護士朧太一を主人公とする連作で、全五話を収録しているが、驚くほど、うまい。

 たとえば、「両親とは縁を切り、きょうだいも、親類もいない。結婚もしていないし、子もいない。オボロを必要としてくれるのは仕事だけだ」という一文が第一話にある。「両親とは縁を切り」とは何だ? すぐに明らかになることだが、あえてここには書かないでおく。そのしばらくあとに、弁護士オボロが自ら言うシーンがあるので、そちらに委ねたい。

 その出自というか経歴を知ると、少年たちは一様にえっと驚き、真剣な表情になるのでそれを伝家の宝刀のようにオボロがつかっている節もある(いや、本人が認めているからこれは確信犯だ)。だから、妙な言い方になるが、七月刊の『最後の鑑定人』のようにはシリーズ化を望まない。『最後の鑑定人』はぜひともシリーズ化していただきたいが(岩井圭也、最初のシリーズ化はこちらだ)、この『付き添うひと』は、断ることを知らない笹木を始めとして魅力的なわき役のその後を知りたいという個人的な願いはあるけれど、伝家の宝刀はそう何度も抜くものではあるまい。残念ではあるが、これ一冊で大切に取っておきたい。

 全編、胸アツの話が展開するけれど、個人的には第四話「おれの声を聞け」がベスト。

 一月『竜血の山』、四月『生者のポエトリー』、七月『最後の鑑定人』、九月『付き添うひと』と、二〇二二年の岩井圭也は早くも四冊目の本だが、もう一冊くらい年末に出てくるか。

(本の雑誌 2022年12月号)

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●書評担当者● 北上次郎

1946年東京生まれ。明治大学文学部卒。1976年、椎名誠と「本の雑誌」を創刊。以降2000年まで発行人とつとめる。1994年に『冒険小説論』で日本推理作家協会賞受賞。近著に『書評稼業四十年』(本の雑誌社)、『息子たちよ』(早川書房)がある。

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