教訓から無断公開まで絶版本へのさまざまな思い

文=すずきたけし

  • 絶版本
  • 『絶版本』
    古田 徹也,伊藤 亜紗,藤原 辰史,佐藤 卓己,荒井 裕樹,小川 さやか,隠岐 さや香,原 武史,西田 亮介,稲葉 振一郎,荒木 優太,辻田 真佐憲,畑中 章宏,工藤 郁子,榎木 英介,山本 貴光,吉川 浩満,読書猿,岸本 佐知子,森田 真生,ドミニク チェン,赤坂 憲雄,斎藤 美奈子,鷲田 清一
    柏書房
    1,760円(税込)
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  • 反=恋愛映画論──『花束みたいな恋をした』からホン・サンスまで (ele-king books)
  • 『反=恋愛映画論──『花束みたいな恋をした』からホン・サンスまで (ele-king books)』
    児玉 美月,佐々木 敦
    Pヴァイン
    2,640円(税込)
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  • インディ・ゲーム新世紀ディープ・ガイド──ゲームの沼 (ele-king books)
  • 『インディ・ゲーム新世紀ディープ・ガイド──ゲームの沼 (ele-king books)』
    田中 "hally" 治久,今井 晋
    Pヴァイン
    2,420円(税込)
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  • ゲームさんぽ 専門家と歩くゲームの世界
  • 『ゲームさんぽ 専門家と歩くゲームの世界』
    いいだ,なむ
    白夜書房
    1,970円(税込)
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 書店員だったころ、あるテーマで本を集めようとすると注文できない本が見つかる。出版社に在庫がない「品切れ」である。そして「品切れ重版未定」という言葉に深い溜息をつく。ただの「品切れ」であれば重版(増刷)の希望の光はまだわずかに見えているものの、増刷する予定もない「重版未定」は希望すらない。そしてその先には出版社が本の発行を終了する「絶版」がある。ようするに出版権の放棄である。柏書房のウェブ連載に書きおろしを加えた『絶版本』(柏書房)は、研究者や翻訳者など24名による絶版本(または品切れ重版未定)の思い出エッセイをまとめた一冊だ。「なんのメッセージもない言葉」の、古田徹也氏が書店イベントのための選書で絶版の『吉岡実詩集』を諦めざるを得なかったエピソードはまさに「絶版本あるある」で頷くしかない。藤原辰史氏は「ナチスの聖典は絶版にすべきか」で、ナチスの根幹思想であったR・W・ダレエ『血と土』(黒田禮二訳/春陽堂一九四一年)を、絶版でよかった、絶版が当然だと書くが、本書の農本思想のすぐそばにナチズムが横たわっていることを教訓として、膨大な注釈付で新訳版を世に出すべきと考える。また稲葉振一郎氏は日本の漫画全体の芸術的水準を一段引き揚げたとまでいわれたものの、八〇年代に引退した漫画家の内田善美の一連の絶版作品を紹介。第三者によって無断で電子書籍アーカイヴに公開されており、現在も作者や権利者が沈黙したまま公開され続けているという、なかなかミステリアスな絶版噺が面白い。絶版という流通の専門用語である言葉から、本の「終わり」とは何か?まで考えが及んでしまう一冊である。

 恋の「終わり」とはなにか?それは恋愛映画を鼻クソをほじりながら観ることである。とはすずきたけしの言葉である。昔から恋愛映画が苦手だと感じていたものにとって『反=恋愛映画論』(佐々木敦、児玉美月/Pヴァイン)はタイトルからビビビっとくる一冊である。しかし本書の「反」とは、恋愛映画を否定するものではない。恋人同士で恋愛映画を観に行って、お互いの「スキ」(あえて愛とは書かない)を映画に投影して「映画みたいな恋をしよう」なんつってドキドキするような恋愛映画論でなく、モチのロンで現代における恋愛映画論である。最近では『花束みたいな恋をした』や『ラ・ラ・ランド』などの作品で、恋愛物語のゴールである結婚以外の選択を描き、また『テイク・ディス・ワルツ』や『マリッジ・ストーリー』といった結婚の「その先」を描く物語も登場し、恋愛映画というモノへの勝手なイメージを払拭する作品が増えている(私見)。つまり本書は共感性羞恥からハナをほじりながら目を逸らしてきた「恋愛映画」観への「反」なわけである。また、恋愛映画は異性だけでなく同性愛も描いてきたが、日本ではそれらを「普遍的な愛」という言葉で、困難な現状を覆い隠すマジョリティ側の視点でぼかして作品が送り出されている現状の指摘には頷くしかない。本書で紹介されている未見の作品を観はじめているが、確実に「恋愛映画」への観方は変わった(すくなくとも鼻をほじらなくなった)。

 観え方が変わるもう一冊は『インディ・ゲーム新世紀ディープ・ガイド ゲームの沼』(Pヴァイン)。本書は、大手ゲーム会社のメジャータイトルではなく、小規模のスタジオによるインディゲームのカタログである。インディゲームが扱うテーマはアフガニスタンをモデルにした国の戦後復興を指揮する"戦争"ゲームや、SNSの炎上やメンバーからのイジメなどに気を配りながらアイドルを育成するゲーム、また戦時下の家族を孫の視点で振り返る歴史ゲーム、そしてセクシャルマイノリティのリアルに切り込むアドベンチャーゲームなどさまざまだ。また小説や映画と違い、ゲームにはインタラクティブ性とプレイアブルな視点が加わる。例えば『Radio Commander』はベトナム戦争の指揮官となって作戦を遂行するゲームだが、駆使するのは無線機と地図だ。プレイヤーは前線からの無線の報告から地図に敵の配置を描き込み、戦況を読み、作戦を進めていくのである(もちろん戦場からの報告は時に混乱する)。またタイトルでピンとくる『Orwell:Keeping an Eye On You』では、プレイヤーは思想の自由を掲げる団体の連続爆破テロの容疑者を、監視システム「オーウェル」を駆使して捜査する。個人のプライバシーを監視し、容疑リストに加え有罪にできるが、もし冤罪だったとしてもプレイヤーにペナルティがないことがミソである。このように特殊な立ち位置から遊べるのもインディゲームの面白さである。本書はインディゲームを「戦争」「インターネットと現代社会」「フェミニズム」など九つの章でわけて紹介しているが、なかでも「文学」という章はゲームと文学の現在の距離感を感じられて興味深く読んだ。

 最後は新刊ではないが、ゲーム繋がりでぜひ紹介したいのが『ゲームさんぽ 専門家と歩くゲームの世界』(いいだ、なむ編著/白夜書房)である。「世界の見え方の違いっぷりを学ぶ」というコンセプトで、ゲームのディテールを建築や土木、歴史など様々な専門家と一緒に「さんぽ」するYouTubeの人気動画「ゲームさんぽ」の書籍化。本書は動画を文字起こししただけの安易な企画本ではなく、動画に登場した専門家へのインタビューを中心に、ゲームと現実世界を繋ぎ、その役割と可能性を考察する真っ当なゲーム論なのだ。クラウドファンディングで三月に書籍化されたもののながらく品切れだったが、品切れ重版未定ではなく版を重ねてくれたので是非読んで欲しい。

(本の雑誌 2022年12月号)

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●書評担当者● すずきたけし

フリーライターとかフォトグラファー。ダ・ヴィンチニュース、文春オンラインなどに寄稿。あと動画制作も。「本そばポッドキャスト休憩室」配信中。本・映画・釣り・キャンプ・バイク・温泉・写真・灯台など。元書店員・燈光会会員・ひなびた温泉研究所研究員

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