片瀬チヲルのシンプルな物語に感動!

文=松井ゆかり

  • 君の地球が平らになりますように
  • 『君の地球が平らになりますように』
    斜線堂 有紀
    集英社
    1,650円(税込)
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 片瀬チヲル『カプチーノ・コースト』(講談社)は、"概ね全編にわたって主人公が海岸でゴミを拾う"というシンプルな物語であるが、不思議な感動を呼び起こす。早柚はある事情で会社を休職中。五月のある日砂浜を歩いていた彼女は、海水に腕時計を落としてしまった。あったと思って拾い上げた丸いものは服のボタン。そのまま海に戻すのは気が引けて、早柚はボタンをポケットにしまう。次は瓶の王冠、続けてボタン電池が目に入り...ということを繰り返すうちに、大量のゴミを抱えてしまう。市役所にそれらを持ち込んだ早柚は、担当者から「よかったら、次からこれ使ってください」の言葉とともに、ビニール袋と軍手を渡される。それをきっかけに海岸でのゴミ拾いが日課となった早柚は、自分と同じ目的で海辺に来ている人々と出会う。

 一方で、世の中にはボランティアに対して肯定的に捉える人だけではないらしい。例えば、早柚に「なんでゴミ拾ってるんですか?」と問いかけてきた人。彼は捨て台詞のようにも独り言のようにも聞こえる「何か意味あんのかな」という言葉を残して立ち去った。少なくとも拾ったゴミの分だけ海岸はきれいになるし、自分では何もしていないのに人の行動を意味がないものとして指摘するのは、それこそ無意味だという気がする。日常生活でこのような無神経さにさらされる場面はけっこう多い。それでも、そうした状況が発生する可能性を認識していれば、ダメージの大きさは違ってくる。正しいと信じられることを見つけた早柚は、休職前よりも強くなれているのでは。

 とはいえ、自分が正しいと頑なに信じる人間に翻弄される悲劇、というものも存在する。第二十五回ボイルドエッグズ新人賞受賞作となったのは、遠坂八重『ドールハウスの惨劇』(祥伝社)。男子高校生ふたりが探偵役というライトめな設定や表紙イラストのファンシーさからは想像できなかった、ガツンとくる内容。舞台は鎌倉の名門校・冬汪高校。二年A組の滝蓮司は、F組の卯月麗一とともにいわゆる便利屋としての活動に励んでいる。ある日蓮司は、同じ学年の圧倒的美少女・藤宮美耶からのある依頼を引き受けることに。

 美耶と双子の妹・沙耶の母親は、徹底的に娘たちを自分の支配下に置いていた。美耶に対しては、高価な洋服やアクセサリー類と美しい家具に埋め尽くされた広い部屋を与え、美容のためのサポートを惜しまない。しかし沙耶には、学年トップの成績を維持し医学部に進学するための勉強に関すること以外のすべてを禁じている。美しい姉と比較され、周囲の心ない言葉に傷つけられてきた沙耶にとっては蓮司の優しさが心の拠り所だった。だが、抑圧されていたのは実は美耶も同じ。姉妹のささやかな反抗が、予想もしていなかった「惨劇」へとつながってしまい...。ぞっとする真相が明らかになっていく中で、蓮司と麗一のフェアな姿勢に救われる。早くもシリーズ化が決定しているというのも朗報だ。

 死が身近にあり、それこそ惨劇だらけだった時代の物語においては、登場人物たちは往々にしてキャラが立っている気がする。それもあって、歴史小説に明るくない身には、木下昌輝『戦国十二刻 女人阿修羅』(光文社)は読みやすい短編集だ。二十四時間前から話が始まってカウントダウン形式で進んでいくというしかけや(「十二刻」とは、現代でいえば二十四時間に相当)、あらかじめ結末が明らかにされているという倒叙ミステリーのような趣向も読みどころ。

 どの作品でも、歴史上の事件でなかなか表に出ることのない女性たちの心の動きが描かれている。個人的に印象に残ったのは、「鬼妹」の主役である義姫。義姫は、伊達家当主の政宗の母親であると同時に、最上家当主の義光の妹。伊達と最上の軍勢、すなわち甥と伯父が睨みあいを続ける中、義姫は戦場に駆けつけた。読者は最終的に「義姫が伊達家と最上家を和睦させる」ことになると知りながら読み進めるわけだが、それでも結末に衝撃を受けることは間違いない。史実から脚色された部分も大きいとしても、もしかしたらこの事件の真相はこうだったのかも...とあれこれ思いを馳せるのも一興。歴史に詳しい方はもちろん、あまり知識がないという方もぐいぐい読める一冊といえよう。

 結局のところ、フィクションで読む分にはキャラはどれだけ強めでもいい。"斜線堂有紀といえばミステリー作家"という認識の読者も多いと思うが、『君の地球が平らになりますように』(集英社)は、著者が恋愛小説の名手でもあることを読者に印象づける。すさまじい熱量で相手を恋い焦がれる主人公たちは、揃いも揃って強烈。しかし、誰もが彼女たちのようになり得る。それが怖ろしくて、あるいは共感できて、読者は主人公たちから目が離せなくなるのではないだろうか。特に凄みを感じたのは、「大団円の前に死ぬ」。仁愛(にーあ)はホストとの結婚を夢見て、風俗で働きながら大金を貢いでいる。担当ホストを巡る争いを制するのは、最も高い金額をつぎ込む女。にーあは、シイラの指名客の中では絶対的エースとされている。しかし、ある日初めて来店した客が、初対面のシイラのために二百万の酒を注文した。愕然とするにーあをさらなる衝撃が襲う。その女は、六年間音信不通だったにーあの実の姉・紫乃だった。

 恋は盲目。実の姉妹といえど一歩も引く気はなさそうなふたりにドン引きしつつも、いつしか清々しい気持ちになってくる。シイラに対する紫乃の「私に知らない世界を見せてくれてありがとう」という言葉を、私も本書に捧げたい。

(本の雑誌 2023年3月号)

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●書評担当者● 松井ゆかり

1967年、東京都生まれ。法政大学文学部卒。主婦で三児の母ときどきライター。現在、『かつくら』(新紀元社)で「ブックレビュー」「趣味の本箱」欄を担当。

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