青崎有吾の短篇集『11文字の檻』に圧倒される!

文=酒井貞道

  • 11文字の檻: 青崎有吾短編集成 (創元推理文庫)
  • 『11文字の檻: 青崎有吾短編集成 (創元推理文庫)』
    青崎 有吾
    東京創元社
    792円(税込)
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  • 【2023年・第21回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作】名探偵のままでいて (『このミス』大賞シリーズ)
  • 『【2023年・第21回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作】名探偵のままでいて (『このミス』大賞シリーズ)』
    小西 マサテル
    宝島社
    1,540円(税込)
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  • 君の教室が永遠の眠りにつくまで
  • 『君の教室が永遠の眠りにつくまで』
    鵺野 莉紗
    KADOKAWA
    1,870円(税込)
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  • 黒真珠-恋愛推理レアコレクション (中公文庫 れ 1-4)
  • 『黒真珠-恋愛推理レアコレクション (中公文庫 れ 1-4)』
    連城 三紀彦
    中央公論新社
    990円(税込)
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『11文字の檻』(創元推理文庫)は、ミステリ作家・青崎有吾の、高密度で幅の広い芸風が読者を圧倒する。

 最初の二本は、挨拶代わりの本格ミステリだ。「加速してゆく」は、JR西日本の福知山線脱線事故を題材とする。報道カメラマンが、現場近くで見かけた少年が抱える事情を解き明かす。本作は、平成を振り返る競作企画の産物だが、背景の歴史的事故が悪目立ちしない。物語としてもミステリとしても丁寧に仕上げている。続く「噤ヶ森の硝子屋敷」は見取り図付きで密室殺人を扱う。犯人を特定するロジック捌きに加えて、洒落たトリックが素敵だ。

 続く三作目「前髪は空を向いている」から、いよいよ世界がぐっと広がる。人気コミック『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』のトリビュート作品(小説による二次創作)である。作者はここで、既存作品でもチラ見せしていた、漫画アニメ等のサブカルへの造詣の深さを直截に発揮する。次の「your name」と「飽くまで」は掌篇である。前者は僅か三ページで切れ味よく犯人を特定、後者は《奇妙な味》の世界に踏み込む。「クレープまでは終わらせない」はなんと戦闘用巨大ロボットを整備するSFだ。世界破滅の予感が色濃い中での、少女たちの力が抜けた会話が印象的である。

 そして真打は最後の二篇である。「恋澤姉妹」は、ヒロイン鈴白芹が中東のツアーガイドを訪ねる場面から始まる。恋澤姉妹という化け物じみたコンビに師匠の除夜子が殺されたことが語られ、あれよあれよと言う間に、異様なクライムノベルが脈打ち始める。最後はアクション&ノワールに変容する一方、百合小説ないしバディものの情感がスリリングな展開とぴったり並走する。雑多な要素をこれでもかと詰め込みながら、終わってみれば、これしかないという流れでここしかないという地点に着地する。凄いわこれ。

 そして最後の表題作では、言論統制国家で敵性思想持ちとして収監された主人公らが、当てれば釈放されるという十一文字のキーワードを論理的に言い当てようとする。閉塞感の強いディストピア小説ながら、話の転がし方がうまく、次の展開から目が離せない。しかも、一気読みした果てに待ち構えるのは、本格ミステリばりのロジックなのだ。物語としてこれ以上は望みがたい圧巻の完成度である。

『このミステリーがすごい!』大賞受賞作の小西マサテル『名探偵のままでいて』(宝島社)は連作短篇集だ。探偵役の老人は七十一歳で、症状の一つに幻視があるレビー小体型認知症を患う。自宅の書庫で夢現の狭間にいる彼は、大学生の孫娘から謎を訊くと、以前の知性を取り戻し、穏やかに推理を始めるのだ。探偵役の症状はクライマックスでも劇的演出にうまく活用されている。それはそれとして、本誌の読者により刺さるのは、古典ミステリへのオマージュ色かもしれない。探偵役の老人は大の本好きで、学生時代はワセダミステリクラブの主要メンバーと設定されている。そして最初の一篇は、故・瀬戸川猛資氏の著作に氏の訃報の新聞記事スクラップが挟み込まれているのが謎となる。それ以降の各篇も、密室、人間消失、《幻の女》のモチーフ、リドル・ストーリーと、ミステリの伝統的な意匠を意識し、先行作の古典作品にも言及する。これらビブリオ趣味的な目配せは、いささかもわざとらしくなく、過不足ない。メインはあくまで、物腰穏やかな老爺の推理と、彼を見守る孫娘の愛情だ。バランス感覚が生み出す心地よさ。それが本書の魅力だ。

 横溝正史ミステリ&ホラー大賞の優秀賞受賞作である鵺野莉紗『君の教室が永遠の眠りにつくまで』(KADOKAWA)は、独特の魅力に溢れた佳品である。小学六年生・葵は、冒頭ではクラスメイトの佳苗が苛められているのを見ながら、少し前までいた紫子のことを思い浮かべている。続いて佳苗の前の苛めの標的が紫子だったこと、彼女の父が起こした社会的に非難を浴びる不祥事、紫子の転校、葵と紫子の行き違いが示唆される。やがてクラス担任が交代し、新任の狭間百合先生がやってきた。

 異様な事実(たとえば舞台となる町は三十二年も曇天だ)や事態がポツポツと提示されていき、じわじわと、しかし確実に加速度的に、物語の状況は異常化する。第一部の終盤から第二部冒頭にかけてはそれが頂点を迎えるが、その後も一筋縄ではいかない展開が連続する。予断を許さない物語に読者は手に汗握る他ない。また、物語のあちこちで滲出ないし噴出する、登場人物たちの切ない想いも印象的だ。破調気味の揺らぐ展開と、暗い情緒がもたらす味わいは、格別である。

 人の想いの切なさをミステリとして刻んだ作家としては、連城三紀彦の名を忘れるわけにはいかない。中公文庫のオリジナルとして出た『黒真珠』は、この大家の恐らく最後の新刊だ。収録十四篇の初出は、一九八二年から二〇〇八年にかけてである。書誌情報上は拾遺集めいているが、実際にはどの短篇もミステリとして質が高い。愛憎を中心に据え、伏線や符丁に支えられた論理的結構と意外性を備えているのである。僅か三十ページに転調を複数回盛り込む表題作、たった二人の会話シーンでプロットが二転三転する「裁かれる女」、妻のひき逃げ事故に意外な真相が浮かぶ「紫の車」、旅館にまつわる道ならぬ恋の人生模様に、尖った構図を捻った書き方で持ち込む連作「ひとつ蘭」と「紙の別れ」。この辺りが白眉だろう。七つの掌篇を含む他の収録作も、情緒のきらめきが蠱惑的だ。連城三紀彦の至芸を久々に堪能できて私は満足です。

(本の雑誌 2023年3月号)

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●書評担当者● 酒井貞道

書評家。共著に『書評七福神が選ぶ、絶対読み逃せない翻訳ミステリベスト2011-2020』。翻訳ミステリー大賞シンジケートの書評七福神の一人として翻訳ミステリ新刊の、Real Sound ブックの道玄坂上ミステリ監視塔で国内ミステリ新刊の、それぞれ月次ベストを定期的に公表。

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