一穂ミチ『うたかたモザイク』のバラエティ豊かな十三編に驚く!

文=松井ゆかり

 人はどんな風にでも生きられる。誰もがそのことをわかっているはずなのに、自分が考える"常識"からはみ出した生き方をしている他者に出会うと戸惑ってしまいがちだ。

 一穂ミチ『うたかたモザイク』(講談社)は、世の中にさまざまな生き方があることを思い出させてくれる、十三編が収録された短編集。いくつかの短編では同性同士が恋愛し、いくつかの短編では人間以外のものが心を持っている。自分のパートナーではない相手と関係を持つ男女や、「誰かのための食べもの」を求め続ける妖怪が登場するものも。

 好きな作品はたくさんあるが、とりわけ印象的だったのは「神様はそない優しない」。駅のホームから転落して亡くなった男が、猫に生まれ変わって妻だったさなに飼われることになった。いまや猫の「春男」となった男の視点から描かれる、十五年にもわたる元嫁との暮らしぶりが愛おしい。バリバリの関西弁で繰り出される春男の心の声がめちゃめちゃ笑えるのも、この作品の大きな魅力。

 ...と、ほっこり状態でいたら、驚きの展開に不意打ちを食らわされる。ハッピーエンドもバッドエンドも、ハートウォーミングもクールもありのバラエティに富んだ数々の収録作。もう十分知ってるつもりでいたけれど、著者の底力に改めて驚かされる読書体験だった。

 女性として、また立場の弱い者として生きることの難しさを描いた作品を、二冊続けてご紹介したい。砂村かいり『黒蝶貝のピアス』(東京創元社)の主役はふたり。元ローカルアイドルで現在はイラストレーターのNARIとして活動する戸塚菜里子と、彼女に憧れて自分も芸能界に入ることを望んでいた町川環。環はセクハラが原因で前の会社を退職しているのだが、転職先が菜里子の立ち上げた"アトリエNARI"だった。実はふたりは過去に一度出会っている。アイドル好きの幼稚園児だった環は、ひょんなことから地元開催のライブを観に行けることに。ステージで歌い踊るガールズグループに釘付けになった環は、じゃんけんゲームに勝ってピアスをゲットする。それを舞台から環に渡したのが、菜里子だったのだ。

 運命的な再会を果たしたものの、それぞれに屈託を抱える菜里子と環の関係は、ぎくしゃくしたり好転したりの繰り返し。「ファンでした」「きゃーうれしい」みたいな単純な流れにならないのが、妙にリアル。それでも、少しずつ歩み寄って支え合おうと心を砕く不器用なふたりの姿に胸を打たれる。

 デビュー作『ばいばい、バッグレディ』(早川書房)に続いてすべて日本語で執筆された、マーニー・ジョレンビーの第二作は『こんばんは、太陽の塔』(文藝春秋)。日本の大学への留学経験があるとはいえ、ミネソタ在住のアメリカ人作家が約二六〇ページの長編を完成させるのは至難の業だったと思うが、その属性を意識させることのない自然な文章になっているのは驚くべきことだ。

 二十二歳のカティア・クリステンセンは陶芸家を志していたが、師匠であるデーヴィッド・ライダーのもとから逃げ出した。しかし、カティアの腕先には、骨ばった長い指の「ライダーの手」がくっついているのだ。この手がライダーと自分の間のプライベートなできごとを露見させるのではないかと気に病み、人目に触れさせないようにとカティアは神経をすり減らしている。大阪にある女子校の英語教師の職を紹介されて日本にやって来たが、どうにも身が入らないカティア。正直なところ、こんな先生では生徒からの信頼を得られないのは当然であろう。しかし、カティアの不安定さは、モラハラ気質のライダーから受けた仕打ちに関係していることがわかってくる。果たしてカティアは、師匠と決別することができるのか...?

 太陽の塔はライダーと似た顔で強烈な存在感を放っていて、カティアは見るたび気持ちが沈んだ。しかし、望んで行動すれば自分の行きたい場所へどこにでも行けるということに、私たち読者も勇気づけられる。

 村上しいこ『あえてよかった』(小学館)の主人公は、妻を亡くした五十八歳の小野大地。妻だった美月がまだ生きているかのように、毎晩会話するのが日課となっている。自分も命を絶つことを考え続けているのだが、美月は大地に「私の代わりに子どもを育ててみてほしい」と頼む。死ぬ前に美月の希望に応えようと、大地は学童クラブで働くことに。

〈キッズクラブ・ただいま〉のスタッフたちはみな学童指導員としての経験を生かして、子どもたちに接しているのはもちろん、保護者たちからのクレームなどにも対応している。実際のところ大地は、いまの時代の常識からするとアウトな考え方をする傾向がありヒヤヒヤさせられる場面も。しかし、大地の「保護者あっての、児童なんですかね」という言葉にははっとさせられた。

 本書を読んで反省させられたのは、いつの間にか親としての立場でものを見るようになり、自分が子どもの頃に大人にどうしてほしかったかを考えてみることがなくなっていること。大地の存在は、大人たちの納得感や満足度を優先するのではなく、ほんとうの意味で子どもの気持ちに寄り添うことの大切さを思い出させてくれた。

 著者は児童書の分野のベストセラー作家。子どもたちの悩みや人間関係の難しさだけでなく、彼らを見守る大人たちの心情もきめ細かく描写している。子どもを描くことは大人を描くことであり、大人を描くことは子どもを描くことにつながるに違いない。結局私たちは何歳であろうと、かつて子どもであり大人になっていく道をたどるものだから。

(本の雑誌 2023年7月号掲載)

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●書評担当者● 松井ゆかり

1967年、東京都生まれ。法政大学文学部卒。主婦で三児の母ときどきライター。現在、『かつくら』(新紀元社)で「ブックレビュー」「趣味の本箱」欄を担当。

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