ヤングケアラーの問題を描く前川ほまれ『藍色時刻の君たちは』

文=松井ゆかり

 ヤングケアラーという言葉は、いままでなかなか注目されてこなかった"家事や家族の世話を担っている子ども"の存在を人々に意識させるきっかけとなった。前川ほまれ『藍色時刻の君たちは』(東京創元社)は、家族たちのケアに追われる高校生だった同い年の男女三人と、彼らを助けようとした女性の物語。

 織月小羽は、宮城県の港町の高校二年生。祖父と母との三人暮らしだが、家事と統合失調症を患う母の香澄の介護は、小羽の肩に重くのしかかっていた。辛い気持ちを分かち合えるのは、双極性障害の祖母の世話をする松永航平と、アルコール依存症の母を抱えながら年の離れた弟の面倒をみる住田凜子だけ。そんな彼らの前に現れたのが、東京から親戚の家に移り住んだ浅倉青葉。家族の事情でやりたいことができずにいる三人の心に寄り添い、自分の人生を生きるように勧めてくれる存在だった、しかし、東日本大震災によって小羽たちの人生は大きく変わることに。

 読んでいてとりわけ辛かったのは、ヤングケアラーとして登場する若者たちが(時に冷たく接してしまうこともあるとはいえ)いずれも家族思いであることだ。優しさがあればあるほどがんじがらめになってしまう彼らの姿に、もどかしさを感じずにいられない。

 本編はもちろん素晴らしいのだが、どうかあとがきも読み逃さずにいただきたい。看護師として働きながら小説を書き続ける著者が、自らは被災を免れた東北について、また職場で出会ったヤングケアラーたちに対してどのような思いを抱えているかが静かな筆致で綴られている。被災者の方々にとって震災はいまだ過去のできごとではなく、家族を支える若者たちは常にサポートを必要としていることが痛いほど伝わってくる文章だ。いきなり彼らの置かれている現状を変えられるわけではないとしても、本書のような作品を読むことも、問題意識を持ったり自分に何ができるかを考えたりするきっかけになり得ると思う。小羽たちのような現実の若者たちが、希望をつないで生きていけるように。

 児童向け学年別学習雑誌が日本特有のものであることを、古内一絵『百年の子』(小学館)で初めて知った。主人公の市橋明日花は、大手総合出版社の文林館で働く五年目の社員。入社以来女性ファッション局でバリバリ働いていたが、今年の春先から「学年誌創刊百年企画チーム」に一時的に籍を置くことに。同期入社で早々に結婚・出産を経験した岡島里子の子どもが体調を崩すたびフォローをしてきたにもかかわらず、自分の方が異動となったことは明日花にとってしこりとなっていた。しかしある日、明日花は偶然祖母・スエが戦時中まさに文林館で働いていたことを知る。それをきっかけに、明日花はそれまであまり気に留めていなかった自社の歴史、ならびに祖母の人生に思いを馳せるようになっていく。

 祖母や母が歩んできた歴史を知った明日花のように、女性が働くことの意義を心に刻みつけた人材が増えていくとしたら心強い。"既婚か未婚か""子がいるかいないか"といった属性の違いも乗り越えていけるはずだと示してみせた、明日花と里子の終盤のシーンには胸が熱くなった。そして、自らが望む生き方を選択できるのも平和な世の中であればこそ、ということもこの小説を読んで改めて思い知らされた。子どもに向けた学習雑誌においても戦争を賛美するような時代があったし、そのことに対して疑問を差し挟むこともなく多くの人が命を落としたのを忘れてはならない。

 高瀬隼子『いい子のあくび』(集英社)を読んで、「全然共感できない」とか「まったく理解できない」という感想を持つ人とは、心からわかり合うことはできないと思った。芥川賞受賞作『おいしいごはんが食べられますように』(講談社)で読者になんともいえない読後感を味わわせた著者の筆は、このたびも冴え渡っている。

 表題作の主人公は、通行中他人をよけようとしない相手にわざとぶつかっていく直子。交際相手で体格のいい大地だったら他人はよける、しかし、自分は「こいつならいいやって選別されてぶつかられてたんだ」と気づいたから。ある日、直子はスマホを見ながら自転車に乗る中学生にぶつかるが、それが思わぬ事態に発展し...。

 現実の社会では、不快なことがあってもそのたびにやり返していてはトラブルが増えるばかりだ。そうはいってもこみあげる感情もあるだろうけれど、本書を読むことで冷静さを取り戻せるとよいかと思う。

 一方で、これまで被害者側がじっと耐え忍ぶだけだった行為に対し、やめてくれと声を上げてもよしとされるようになったのは歓迎すべき変化だ。問乃みさき『スキサケ!』(河出書房新社)の舞台は、総合情報サービス企業に新たに開設されたハラスメント相談室。

 ウェブエディターの杉崎健作は派遣社員の山田美咲を敵と見なしている。産業医で小学校時代に杉崎と同級生だった鏑矢元は、「スキサケは恋に落ちた人間、主に男性が発症する、その人を好きすぎるあまり、脳が相手を強大な"敵"と認識し、相手との接触を避けようとしてしまう」症状だと指摘。さらに鏑矢は、杉崎がハラスメント関連で悩みがあるらしい山田さんの力になるにはハラスメント相談室の相談員になれと勧めてくる。

 やや不純な動機で始めた相談員の仕事だったが、杉崎がハラスメント問題にしっかりと向き合って成長していく姿が頼もしい。とはいえ堅苦しいばかりの話ではなく、微笑ましいラブコメとしての側面や、心温まる友情物語としても楽しめる一冊。

(本の雑誌 2023年10月号)

« 前のページ | 次のページ »

●書評担当者● 松井ゆかり

1967年、東京都生まれ。法政大学文学部卒。主婦で三児の母ときどきライター。現在、『かつくら』(新紀元社)で「ブックレビュー」「趣味の本箱」欄を担当。

松井ゆかり 記事一覧 »