文豪ゲームブックで芥川賞を目指せ!

文=松井ゆかり

  • ゼッタイ! 芥川賞受賞宣言-~新感覚文豪ゲームブック~ (単行本)
  • 『ゼッタイ! 芥川賞受賞宣言-~新感覚文豪ゲームブック~ (単行本)』
    佐川 恭一
    中央公論新社
    1,980円(税込)
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 芥川賞が日本最高峰の文学賞と認識されていることは周知の事実といえよう。その芥川賞を、執筆の苦労なしに受賞できるらしいと聞き及び、いそいそと手に取ってみた。佐川恭一『ゼッタイ!芥川賞受賞宣言 新感覚文豪ゲームブック』(中央公論新社)はゲームブック形式で読み進めるようになっており、まず「1」を読み、その章の最後に提示された選択肢の中から次に自分が進むべき道を選ぶ...という手順を、芥川賞を受賞するまで(あるいは「もうやーめた」となるまで)繰り返す。誤った選択をすると〈GAME OVER〉となってしまうが、その場合はすぐに選び直せるようひとつ前の番号が表示してある親切設計。

 最終的に目指すゴールはもちろん芥川賞受賞である。それ以外は、たとえ芥川賞と肩を並べる○○賞や世界に冠たる○○○○賞を受賞したとしても、完全な成功とはみなされないのが潔い。夢の挫折を突きつけてくるシビアな一面もある一方、何度でもチャレンジすればよいという前向きさも兼ね備えている。

 芥川賞作家になるような人物は、美形の異性といい仲になれたり肥大した自尊心が満たされたり、たいへん下世話な...もとい、刺激に満ちた生活を送れるらしい。どこまで事実に即しているか不明ではあるものの、好奇心も満足させられる。芥川賞に執着する自分を茶化しつつも、重要な文学賞であることは認めざるを得ない...といった複雑な感情が見え隠れするのも趣深い。率直に言って下ネタや露悪的な記述も多いのだが、それが下品にならないところが著者の得難い資質だと思うし、その美点が存分に味わえる作品でもあることは強調しておきたい。

 遠い昔から愛し合いながらも、時を超えて何度も出会いと別れを繰り返すことになった男女。遠田潤子『邂逅の滝』(光文社)は、同じ名を持つ男と彼と愛し合う女が、それぞれ異なる時代に生きる姿を描いた連作短編集だ。物語の最初に置かれているのは現代の物語で、紅滝という美しい滝にまつわる伝説が生まれた過去へ向けて、時代を遡っていく。

 いずれの短編においても圧倒されるのが、彼らの愛情の強さだ。それは時に自己犠牲として、あるいは憎しみとなってその身を滅ぼす。著者がどんな時代の人物も圧倒的な筆力をもって描き出せることは、本書一冊からでも実感された。

 男女はなぜ異なる時代で何度も出会うのか。最後の短編で「こういうことだったのか...!」と腑に落ちるので、その点はすっきりする。しかしながら読み終えてなお判然としないのは、繰り返される出会いと別れは、呪いだったか幸せだったか。彼らの望みは果たして成就したといえるのか。美しい物語であるがゆえに残酷さが一層際立ち、いつまでも彼らの運命に思いを馳せてしまう。

 寺地はるな『わたしたちに翼はいらない』(新潮社)を読み、同じものを見ていたはずなのに、受けとめ方は人間によってこんなにも違うのかと恐ろしくなった。主要人物は三人。中学時代に同級生の中原大樹からいじめを受けていた園田律。同じく大樹とは同級生で中学時代からつきあって結婚した莉子。大樹と莉子の娘・芽愛と自分の娘・鈴音が同じ幼稚園に通っている佐々木朱音。彼らの出会いあるいは再会は、思いがけない波乱と緊張をもたらすことになる。

 朱音は小学生のとき、自分をいじめた同級生の言葉通りに小学校の二階から飛び降りた。そのときに学年主任の先生からかけられたのが「きみには翼がある」という言葉。一見前向きな言葉であるが、朱音がこの言葉に対してどのように感じたかを知って納得すると同時に、よかれと思っての発言や行動が、やさしさや好意の押しつけになってしまう可能性に気づき慄然とした。

 それでもやはり、人間は言葉によって助けられることもあると信じたい。何よりも私たち読者は、寺地はるなという作家が綴る言葉にこんなにも救われているではないか。

 おそらくまだ続くであろうシリーズの途中作を取り上げるのはいかがなものかと一瞬ためらったが、いまご紹介することに意味があると思い直したのがこちら。鈴木るりか『星に願いを』(小学館)は、『さよなら、田中さん』から始まるシリーズの最新作。ファンにはおなじみの田中真千子・花実母娘は本書でも元気...と言いたいところだが、そうは問屋が卸さなかった。そして、前々作『太陽はひとりぼっち』で花実たちと我々の心をかき乱した祖母・タツヨの存在が、さらなる衝撃をもたらすことに。

 明るさばかりが勝った物語ではなくなってきているのは、花実が自分の家の経済事情に気づき始める年齢になってきたからでもあるし、徐々に明らかになってきた母や祖母の過去の秘密が影を落としているためでもあるだろう。

 そしてもうひとつ、重要な要因と考えられるのが、著者が作家としてますます成長を遂げていることだ。毎作唸らされるのが、自分の年齢に近い花実をいきいきと書けるだけでもすごいことなのに、母や祖母世代のキャラクターの心情まで鮮やかに描ききってみせるところ。本書の発売日は鈴木さんの二十歳の誕生日とのことだが、その筆力(と、昭和の雰囲気が濃厚に漂う作風)に、「えっ、その若さで...!」と多くの読者が驚きを禁じ得ないだろう。

 私たちはもう、鈴木るりかブランドを信頼してもよいだろう。大人でも表現できないような細やかな心の機微を描いた作品を、もう何年もコンスタントに発表されているこの若き作家の軌跡を目の当たりにしてきたのだから。まさに伸び盛りのいま、読み逃すことなかれ。

(本の雑誌 2023年12月号)

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●書評担当者● 松井ゆかり

1967年、東京都生まれ。法政大学文学部卒。主婦で三児の母ときどきライター。現在、『かつくら』(新紀元社)で「ブックレビュー」「趣味の本箱」欄を担当。

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