見かけ通りにいかない今村昌弘『でぃすぺる』に驚愕!

文=酒井貞道

  • 午後のチャイムが鳴るまでは
  • 『午後のチャイムが鳴るまでは』
    阿津川 辰海
    実業之日本社
    1,870円(税込)
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『でぃすぺる』(文藝春秋)は、今村昌弘がその作家的出自をうまく利用した野心作である。主人公は架空の田舎、奥郷町に住む小学六年生のユースケ。彼は前委員長のサツキ、同級生のミナと共に、二学期の掲示板係に就き、定期的に壁新聞を張り出すことになった。サツキの発案で、《奥郷町の七不思議》を追うことになる。彼女は実は心霊現象に興味はなく、真の目的は、サツキの従姉マリ姉の昨年の変死の謎を探ることだった。マリ姉は、七不思議を物語風に語ったテキストファイルを遺していたのである。事情を知ったユースケとミナは、彼女に協力を約束。七不思議を、サツキは現実的に、ユースケは怪異が存在することを前提に、それぞれ解釈し、ミナが両者を裁定する体制で調査を開始する。

 切れ者の女子キャラより頭が回る男子主人公など存在しない。サツキ/ミナとユースケの関係性もそうで、ユースケが存在感を出すのは、主に、気概や根性といった部分に過ぎない。従って普通に考えれば物語は、サツキが主導する合理に向けて収斂しそうなものだ。しかし、本書の作者は、代表作が『屍人荘の殺人』シリーズの、今村昌弘なのだ。田舎町の小学生が元気に駆け回り、都合よく警察官の親戚もいて、協力してくれる親切な大人たちも現れ......という典型的な微笑ましいジュブナイル・ミステリは、しかし本当にこのまま見かけ通りに終わってくれるのか。今にして思えばデビュー作から確かに存在したこの雰囲気を、作者が再び、しかもより鮮烈に味わわせてくれる作品と言える。

 なおかつ、純粋にミステリとして読んだ場合も、趣向が複合的・複層的で歯応え十分だ。特に、解くべき謎の奥行きがどんどん増していくのが素晴らしい。たとえば、七不思議そのものに加えて、なぜマリ姉が七不思議をその叙述形式/語り口で遺したかも、検討要素になってくるのだ。若い女性の死と七不思議を巡る物語は、じわじわとスケールが広がり、町に隠された秘密があるのではないかと疑われる事態に発展し、最後には驚愕の真相が現れる。そこに至る道程は、あくまでも推理によって導き出すことができる。疑いなく本格推理である。

 加えて、主役トリオの児童の人生の物語としても読ませる。学校という狭い世界の生きづらさと、それをも打破する若さの勢いを丁寧に描く。こちらにもちょっとしたミステリ仕掛けがあり、これまた良いのだ。

 阿津川辰海『午後のチャイムが鳴るまでは』(実業之日本社)は、高校が舞台の連作短篇集である。当然ながら、『でぃすぺる』の小学生に比べると、年齢層は数歳上がっている。それなのに、本作の登場人物ときたら......!

 第一話では、生徒二人が、昼休みに隠れてラーメンを食べに外出する。第二話では、文芸部の面々が、部誌の入稿が期限ぎりぎりになっても完了しないと焦る。第三話では、クラスのマドンナへの告白権を賭けて昼休みに消しゴムポーカー(阿津川辰海オリジナルのゲーム!)で真剣勝負が行われる。第四話は、校内で耳に入った誰かの一言から事情を推理する話。『九マイルは遠すぎる』の亜種である。第五話では、学校の十七年前の謎が解かれる。全て基本的にクッソどうでもいい事柄が揃っている──いや第二話をそう断言すると私が担当編集者に締め殺されるか。しかし事は商業誌ではなく高校の部誌であり、重要度・緊急度は低いと言わざるを得ない。第五話の十七年前の謎もあまり大した問題ではないことを、ここに保証しておく。

 ならばつまらないのかというと、さにあらず。高校生が仕出かすバカの数々が眩しくて仕方ないからだ。特に第三話が象徴的で、中年の私から見ると、こんなことを実行するばかりか、ここまで盛り上がるなんて、本当にアホだなあと思う。しかし、自分も十代なら同じように盛り上がっていた可能性が高いことは断言できる。なぜなら、私のようなおじさんおばさんも、青春があったことを覚えているからだ。若気の至りがあったことも覚えているからだ。青春を遥か昔に通り過ぎた今だからこそ言える。この時期の人の有り様は、人生においては掛け替えがない。本書では、そのアホアホで大切な青春群像劇が、魅力的な謎・緻密な伏線配置・的確な推理の三拍子が揃った、堅牢な本格ミステリによって隈取を得ている。加えて最後には、連作を通した洒脱な趣向が明かされる。少年少女のやる馬鹿をこんなに気持ちよく読める本作に、これ以上何を望めようか。

 白井智之『エレファントヘッド』(KADOKAWA)は、帯に「絶対に事前情報なしで読んでください」と明記されていて書評しづらいことこの上ないが、可能な範囲で紹介します。主人公の精神科医・象山は、自宅が見知らぬ女に見張られていることに気付く。彼は成功者だった。女優の妻、二人の娘──大学生にして覆面ミュージシャンの長女、持病があるがバイト好きの高校生の次女の四人家族で幸せに暮らしている。仕事も順調で、県警の刑事にも頼りにされている。しかし彼は過酷な幼少期を過ごし、現在も心に闇を抱えていた。

 この象山が、特殊ルールによる推理をしなければ生き残れない羽目に陥るのだ。そこに至る過程では、残虐でグロテスクな異常な事実が次々と明らかになった上で、一層強烈な展開が加わって、やっとその「羽目」に至る。そうなった後も展開は全く落ち着かず、ストーリーは荒れに荒れる。だが最後には、破天荒に見えた物語が伏線の塊であったことが明かされ、特殊ルール下のロジックで全てに綺麗に説明が付いて、物語は結末を迎える(象山が結末を迎えるとは言っていない)。本格ミステリの傑作として高く評価する。

(本の雑誌 2023年12月号)

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●書評担当者● 酒井貞道

書評家。共著に『書評七福神が選ぶ、絶対読み逃せない翻訳ミステリベスト2011-2020』。翻訳ミステリー大賞シンジケートの書評七福神の一人として翻訳ミステリ新刊の、Real Sound ブックの道玄坂上ミステリ監視塔で国内ミステリ新刊の、それぞれ月次ベストを定期的に公表。

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