意外性たっぷりの浅倉秋成の家族小説が素晴らしい!

文=酒井貞道

  • 家族解散まで千キロメートル
  • 『家族解散まで千キロメートル』
    浅倉 秋成
    KADOKAWA
    1,870円(税込)
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  • 切断島の殺戮理論 (星海社FICTIONS)
  • 『切断島の殺戮理論 (星海社FICTIONS)』
    森 晶麿
    星海社
    1,870円(税込)
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  • サロメの断頭台
  • 『サロメの断頭台』
    夕木 春央
    講談社
    2,310円(税込)
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  • 春のたましい 神祓いの記
  • 『春のたましい 神祓いの記』
    黒木あるじ
    光文社
    2,090円(税込)
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 家族の事を考えて何かを諦める。そうせざるを得ない状況は実際によくあるし、フィクションがそう落着する展開も、描き方にはよりますが基本的には良いものです。ただし、そこに必ずあるはずの個人の葛藤、苦悩、痛みそして犠牲を無視あるいは軽視して、家族万歳、家族最優先が一番だよねーと、一点の曇りもないハッピーエンドであったかのように描く家族小説は、最大限柔らかく言うと、しっくり来ません。

 その点、浅倉秋成『家族解散まで千キロメートル』(KADOKAWA)は素晴らしい。山梨県の実家を老朽化で取り壊すことになった喜佐家は、これを機に次男も結婚して独立し、両親と離れて暮らすことになっていた。既に独立済の長男や長女と彼らの配偶者も、最後だからと元旦に実家にやって来る。ところが、頻繁に家を空ける父親は約束に反しておらず、車庫には、青森県の神社のものと思しい神像があった。父が盗んできたのか。一家は、青森の神社まで神像を返しに出発する。

 神像が見つかる経緯、返却しようとする経緯、返却の道行きとその間の大小様々なトラブルはユーモラスに描かれてなかなか笑える。しかしながら、主人公の次男・周が、今時の二十九歳にしては家族に妙な拘り(家族は協力し合うべきだという想いが非常に強く、実家取り壊しも納得しきれていない)を持っていたり、周の兄姉も何か事情がありそうだったり、父と母もそれぞれ問題を抱えていそうだったりと、「ん?」という要素があちこちにばらまかれている。それらを含めて随所に仕組まれていた伏線が、残り四割を切って以降に徐々に回収されていき、終盤にかけてミステリ的な意外性たっぷりの展開を見せてくれるのである。

 この意外性が、旧来の家族観を打ち破ってくるのが素晴らしい。ミステリ的な仕掛けとそのサプライズが、家族小説としての側面に対しても完璧に機能しているのである。浅倉秋成の新たな代表作となるだろう。

 新たな代表作といえば、『切断島の殺戮理論』(星海社FICTIONS)も素晴らしい。アガサ・クリスティー賞を受賞してデビューした森晶麿は、もちろんミステリ作家であるが、代表作《黒猫シリーズ》で示される通り、本質的なところでミステリ・プロパーの作家とは美意識や嗜好、論理が全く異なると思う。そういう人材がミステリを書くことによる一種の異化効果を私などは楽しんでいた。『切断島』では、そんな森晶麿が、そのキャリアで初めて、「いかにも本格ミステリ」な、特色の強い部品や装飾を施された小説に挑んでいる。

 舞台となる島・鳥喰島は、政府に隠匿されており、肉体を故意に欠落させる文化を持つ集落が。主人公は学生で、文化人類学のフィールドワークで島を訪れる教授一行に参加する。主人公のレポートが指導教官の目に留まり、誘いをかけられるプロローグから森晶麿節が全開で、衒学的、空とぼけ、本質への鋭い指摘が混然一体となった会話が楽しめる。島民を除いても登場人物は一癖も二癖もある者が揃う。そんな中で殺人事件が発生する。面白くならないわけがない。良い意味で妙にならないわけがない。特に、島民たちの奇習が全開となった後の中盤以降が圧巻で、題名が「殺人」ではなく「殺戮」であった理由を痛感させられる。こう書くと、何が起きるか大体わかったとか思いましたか? 残念、軽々と越えてきますよ。

 その後、「これは本当にミステリとして落ちるのか?」と不安になる展開を経て、最終盤では、探偵役(誰かは秘す)がロジックにより真実を導き出す。本格謎解きとしか言いようがない精度の高い推理が披露される。しかも鳥喰島の特殊設定をも推理には完璧に反映している。なるほどこういうミステリにしたいならば、この舞台が必要だ。伏線の配置も極めて上手い。本書はどこからどう見ても、本格ミステリであったのだ。

 ところがである。物語は同時並行で、普通のミステリから完全に逸脱する。なお唐突というわけではなく、そこに至るのが物語的必然であるのは丁寧に示されている。安心してほしい──とまでは言いませんが。

 この二つの要素は、派手な上に丁寧に、絶妙なバランスで両立している。吸血鬼を題材としたファンタジック・ミステリの『前夜』(二〇二一年、光文社)と同等の高みに上った、新たな代表作の登場を寿ぎたい。

 夕木春央『サロメの断頭台』(講談社)は、大正を舞台にした、画家の井口&元泥棒の蓮野のシリーズの最新長篇で、今回は井口の作品が盗作されてしまう。未発表でアトリエに置かれていたその絵を見たことがある人物は限られており、その関係者を探るうちに殺人事件が発生する。次第に不可解な事態が続発して事態が大きくなっていくのが見どころ。推理も要点を押えておりロジックの強度は高い。そして事件の解明時の情景が、あまりと言えばあまりで強烈。ネタバレできない以上、何がどう凄いかは、読んでいただくしかない。震えました。

 黒木あるじ『春のたましい 神祓いの記』(光文社)は、感染症流行で祭祀が行われず暴れ始めた怪異を、文化庁の存在を秘匿された外郭団体・祭祀保安協会の職員、九重十一が鎮める、という展開を基本とした連作短篇集である。作者は怪談作家としての出自を持つし、実際に怪異や神、怪奇現象が出て来るので、本書は間違いなくホラーではある。しかしどの短篇も非常にトリッキーな真相が隠されており、場合によっては(怪異の存在を前提としたうえではあるが)ロジックで読者が事前に正解に辿り着くことも可能な内容になっている。従って、大手を振ってミステリとしてオススメします。

(本の雑誌 2024年6月号)

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●書評担当者● 酒井貞道

書評家。共著に『書評七福神が選ぶ、絶対読み逃せない翻訳ミステリベスト2011-2020』。翻訳ミステリー大賞シンジケートの書評七福神の一人として翻訳ミステリ新刊の、Real Sound ブックの道玄坂上ミステリ監視塔で国内ミステリ新刊の、それぞれ月次ベストを定期的に公表。

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