滝沢志郎『月花美人』に感謝を捧げたい!

文=松井ゆかり

  • 月花美人
  • 『月花美人』
    滝沢 志郎
    KADOKAWA
    2,145円(税込)
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  • たぶん私たち一生最強
  • 『たぶん私たち一生最強』
    小林 早代子
    新潮社
    1,760円(税込)
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  • わたしの知る花 (単行本)
  • 『わたしの知る花 (単行本)』
    町田 そのこ
    中央公論新社
    1,870円(税込)
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  • 銀河の図書室
  • 『銀河の図書室』
    名取 佐和子
    実業之日本社
    1,870円(税込)
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 男性作家が女性の月経・生理用品という題材を取り上げた勇気。新たな試みには困難が伴うものだということへの深い理解。そして難しい題材からこんなにも心を打つ物語を紡いだ筆の冴え。滝沢志郎『月花美人』(KADOKAWA一九五〇円)は、これらのすべてをひっくるめて著者に感謝を捧げたくなる一冊。

 江戸時代の武士である望月鞘音は、亡き兄夫婦の忘れ形見となった十三歳の若葉を養女に迎え、下総・菜澄の地で暮らしていた。「剣鬼」と呼ばれるほど武芸に秀でた鞘音であるが、若葉とふたりの生活を支えるために紙漉きの仕事を請け負ってもいる。漉いた紙を納める先の紙問屋・我孫子屋の若旦那は鞘音の幼馴染である壮介。鞘音が追い剥ぎに遭って負傷した際にたまたま生み出すこととなった衛生用品を、「剣鬼」の命を救ったという触れ込みで、サヤネ紙として商品化したのも壮介だ。しかし鞘音は、自分の名のついたサヤネ紙が女性の生理用品として使用されていることを知り激怒する。それでも、若葉が初潮を迎えたことによって、生理中の女性たちが「穢れ」として扱われる事実を目の当たりにした鞘音の心には変化が訪れることに。サヤネ紙を高く評価している女性医師・佐倉虎峰や壮介の後押しもあって、鞘音は商品の改良に真剣に取り組もうと心に決める。

"月経中の女子は穢れであり隔離が必要"とまで言うような者は、さすがに現代にはめったに存在しないだろう(と思いたい)。それでも、特に男性が生理というものについておおっぴらに口にしたり知識を得ようとしたりするのは、まだまだタブー感があるに違いない。本書はそういった心のハードルを乗り越えてでもお読みいただきたい作品だ。

 歳をとったらみんなでいっしょに住みたいといった話題は、女子同士の会話においては頻出する。その計画を人生の早い段階で実現させたナイスな四人組を描いたのが、小林早代子『たぶん私たち一生最強』(新潮社一六〇〇円)。

 ルームシェアを始めようと思い立ったのは、少女漫画家の花乃子、広告代理店勤務の百合子、大企業勤務の澪、給料の低い職場で働く亜希。全員高校時代の同級生で、疎遠になった時期がありつつも十年以上にもなる長い時間を過ごしてきている。別に男性嫌いというわけでもないけれど(彼氏のいる者も性的に奔放な者もいる)、その事実と「もうさー女友達と一生暮らしたいんだよね最近は!」という気持ちは両立するのだ。

 しかしながら、多様性の時代などと言われる現代においても、いまだ"結婚が女の幸せ""子どもを産んで一人前"といった固定観念が正義であると信じる人々は多い。心の内で信じているだけなら別にかまわないのだが、問題はそれを他人にもぐいぐい押しつけてくる輩がいることだ。そういう方々には、こちらも全力でこの本を配って回りたい。いや、好きに生きていいですよね!?

 人と人とは生きているうちにしか会話をすることができない。そうとわかっているのに、私たちは何度同じ後悔を繰り返してきたことだろうか。「もっと話をすればよかった」と。町田そのこ『わたしの知る花』(中央公論新社一七〇〇円)は、それでも後悔を抱えて生きることのつらさと尊さを私たちに伝えてくれる。

 安珠が話をしたいと思ったのは、四か月ほど前から見かけるようになった老人。画板を首からさげて足を引きずりながら歩く彼の正体は葛城平という名で、安珠の祖母・悦子の昔馴染でもあった。

 安珠には奏斗という幼馴染がいる。安珠は小学生の頃に、奏斗から「『男性』として生まれたけれど、自分の心の性別が分からない」と打ち明けられた。そのことについて安珠と言い争いになった日の夜、奏斗は自殺未遂を図る。思い悩む安珠を支えてくれたのが、平だった。しかし、平は帰らぬ人となり...。

 人間はいつ亡くなってもおかしくない。けれど私たちの多くは、ふだん死というものを意識せずに生きている。それゆえ本書で描かれる死の影は恐ろしく、人が亡くなるのは取り返しがつかないことだという気持ちにさせられる。けれどもその人のことを知りたいという思いが、遺された者に希望をもたらすものにもなり得ていて、それもまた愛情のあり方のひとつと感じられるのは救いだった。

 イーハトーブ。この単語が宮沢賢治に関係する言葉であることは、なんとなく知っている人も多いだろう。そういう方は「イーハトー部」という文字列を見れば、この部(正確には同好会)が「宮沢賢治の作品を読んだり、作家自身を研究したり」する団体であることも想像がつくかも。名取佐和子『銀河の図書室』(実業之日本社一七〇〇円)は、宮沢賢治には興味がないという人にもぜひ手に取ってもらいたい。すべての本好きの心を揺さぶる小説だから。

「イーハトー部」とは、県立野亜高校の同好会。二年生の高田千樫(チカ)は、昨年の入学式に続いて行われた部活勧誘の場で、一学年上の風見さんに出会い入部を決めた。しかし、今年の新入生を待ち受ける上級生の中に風見さんはいない。《ほんとうの幸いは、遠い》というメッセージが送られてきたのを最後に、風見さんとは連絡が取れなくなった。

「ほんとうの幸い」とは、『銀河鉄道の夜』に登場する言葉。風見さんのメッセージは何を意味するのか、謎を解こうとする高校生たちが、善きことを成せる自分でありたいともがく姿が胸に迫る。

 答えはひとつではない。何度でも間違っていい。だから本を愛するみんな、私たち一緒に行かうねえ。

(本の雑誌 2024年10月号)

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●書評担当者● 松井ゆかり

1967年、東京都生まれ。法政大学文学部卒。主婦で三児の母ときどきライター。現在、『かつくら』(新紀元社)で「ブックレビュー」「趣味の本箱」欄を担当。

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