思わぬ場所に読者を誘う篠田節子『四つの白昼夢』

文=酒井貞道

  • 四つの白昼夢
  • 『四つの白昼夢』
    篠田 節子
    朝日新聞出版
    1,870円(税込)
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  • 密室偏愛時代の殺人 閉ざされた村と八つのトリック (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
  • 『密室偏愛時代の殺人 閉ざされた村と八つのトリック (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)』
    鴨崎暖炉
    宝島社
    1,100円(税込)
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  • バーニング・ダンサー
  • 『バーニング・ダンサー』
    阿津川 辰海
    KADOKAWA
    1,925円(税込)
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  • 蛇影の館
  • 『蛇影の館』
    松城明
    光文社
    2,200円(税込)
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  • 伯爵と三つの棺
  • 『伯爵と三つの棺』
    潮谷 験
    講談社
    2,200円(税込)
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 名手・篠田節子の短篇集『四つの白昼夢』(朝日新聞出版一七〇〇円)は、ミステリの味付けが施された懐深くも奇妙な物語を四本所収する。

 最初の「屋根裏の散歩者」は、チェロ奏者とイラストレーターの夫婦が引っ越した借家で、屋根裏から這うような音がする。その正体とは......という話。ホラーまたは江戸川乱歩の同題作品に似た展開を思わせて、実際には全く異なる真相を提示する。主役夫婦の人物造形が丁寧だし、展開で読者を惹きつける手腕も上手い。「妻をめとらば才たけて」では、まず男が電車の座席に骨壺を置き忘れる。彼は相思相愛だった妻と離婚して、知る人ぞ知る名ピアニストと再婚する。だがその生活は、友人たちからは幸せには見えなかった。そして最後に、その内実が男自身の視点から描かれる。物悲しさとある種の幸福感が両立した素敵な逸品だと思う。続く「多肉」では、アガベ(リュウゼツラン)を育て始めた飲食店経営者が破滅する様を描く。この作品が最もホラー色が強いが、露骨な表現も、粘着質な雰囲気を出すのも避けて、抑え気味の筆致で丁寧に語るのがとても良い。最後の「遺影」では、認知症の亡き義母が珍しく満面の笑みを見せている写真が見つかる。誰と撮ったものなのかを探る筋立てで、短い話の中で義母の人生が匂い立つ。上手い。そして終盤で、意外な捻りが加わる。

 いずれの作品も、読み始めた時には思いもよらなかった場所に読者を誘ってくれる。その場所はときに温かく、ときに冷たく、ときに残酷、ときにそれら全てだが、登場人物の人生を鮮やかに掬い取って味わい深い。個人的に感心するのは、登場人物の生活感を嫌味にも夾雑物にもならない範囲で克明に描くことである。介護や日常の買い物の描写を、「え、ここ?」という個所にそっと添える手並に、達人の凄みを感じます。同じ意見の人、いるかしら。

 鴨崎暖炉『密室偏愛時代の殺人 閉ざされた村と八つのトリック』(宝島社文庫一〇〇〇円)は、密室トリックが解明できない場合は容疑者が無罪になると設定された、シリーズの第三長篇である。今回は、巨大な鍾乳洞内に所在する奇妙な村、八つ箱村が舞台だ。その村で密室推理作家の一族(どういう一族なんだよ)が次々殺されていく。登場人物名はほぼ全員、ネタ感満載で、登場人物表を見て笑わない人はいないだろう。探偵役や語り手も前作・前々作と同じで、レギュラー陣は元気だ。

 語り手たちが到着するや、村は下界との連絡を絶たれる。密室トリックは第一作が六つ、第二作が七つ、そして今作は八つと、数が増える一方。しかも前二作と同じで、密室トリックは粗製乱造ではなく、印象鮮烈なトリックが複数あって圧巻だ。犯人特定方法、伏線の張り方も精度が高いし、隠された事情も結構ド派手。本格ミステリとしての質は、極めて高い。

 その本格ミステリの若手旗手として地位を盤石なものとしている阿津川辰海が、『バーニング・ダンサー』(KADOKAWA一七五〇円)で作風の拡大を目論んだ。コトダマなる百種の超能力が、一種の能力につき一人、全世界で計百名に付与された。コトダマは能力者の死によって、ランダムに選ばれた別の人間に引き継がれる。誰がコトダマ持ちかは不明。またその能力内容も、「動詞一つだけで表現すれば」のレベルでしか判明しておらず、能力発動条件も、発動実績から推測するしかない。と、このような特殊設定を、阿津川辰海は警察アクション小説に適用する。警視庁が異能者を集めた特別チームを編成し、特殊な犯罪を捜査するのである。特殊能力の読み合いや、それに基づく推理は本格ミステリとして読み応え十分。アクションや警察内部のあれこれも丁寧に描写されており、手に汗握らされるのも一度や二度では済まない。

 そして特殊設定ミステリとしては、今月は松城明『蛇影の館』(光文社二〇〇〇円)も外せない。表情に乏しい女子高生を主役に据えた学園ものか、と思わせて始まる物語は早々に驚愕の展開を迎え、以後、〈蛇〉という五匹の怪物を巡る物語に変化する。この〈蛇〉の設定がミステリに至適なのだ。彼らは、①人間を殺して記憶を引き継ぎ身体を乗っ取る、②人間の身体から出たままだと二十四時間で死ぬ、③月一で長老の歌を聴かないと死ぬ、④死んでも仲間の歌で復活する、⑤但し復活時に記憶がリセットされる。この設定を作劇上でも推理面でもフル活用して、物語は、怪物五匹の思惑交錯と、巻き込まれた高校生たちの青春模様とを鮮烈に打ち出す。単にストーリーを追うだけでも面白いし、推理小説としては、特殊設定ミステリならではの異形ながら精緻な推理と意外性ある真相が読者を待ち受ける。『可制御の殺人』『観測者の殺人』で独特な世界観を披露した松城明は、本書で更に一段の高みに上ったと言いたい。

 一方、特殊設定ミステリに定評がある潮谷験は、一転して正攻法の本格ミステリをものした。『伯爵と三つの棺』(講談社二〇〇〇円)の舞台は、フランス革命期のヨーロッパの小王国である。その伯爵領の城で、フランスからの使者である元吟遊詩人が射殺される。容疑者は三つ子の貴族で特定が困難だった。

 科学捜査手法が未発達、という意味では特殊設定かもしれないが、作品の構成要素は大半が現実的で、潮谷作品中これまでで最も「真っ当な」謎解き小説である。この結果、潮谷験の本格ミステリ作家としての実力が確認しやすくなっている。伏線配置は巧妙で、推理も緊密だ。また、読み終わったら不要な部分の少ないことに驚かされた。ヒントをヒントと気付かせない自然な物語作りも素晴らしい。架空の国ながら、歴史小説としても雰囲気や設定がちゃんとしているのも嬉しいところだ。

(本の雑誌 2024年10月号)

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●書評担当者● 酒井貞道

書評家。共著に『書評七福神が選ぶ、絶対読み逃せない翻訳ミステリベスト2011-2020』。翻訳ミステリー大賞シンジケートの書評七福神の一人として翻訳ミステリ新刊の、Real Sound ブックの道玄坂上ミステリ監視塔で国内ミステリ新刊の、それぞれ月次ベストを定期的に公表。

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