君嶋彼方の青春連作集『春のほとりで』が素晴らしい!
文=松井ゆかり
若さにはそれだけで価値があるなんて思える人間は単純でいいよね男女交際なんて考えらんないし将来の夢だって決まってる十代ばっかじゃないっつーの...と、呪いに満ちた中高生時代を送った私のような方々にも、君嶋彼方『春のほとりで』(講談社)が響くといいなと思う。
本書は連作短編集。各話の語り手たちは高校二年生で、担任は冬木先生。クラスの一軍もいればいじめられっ子もいるし、不良も特に目立つところのない生徒も登場する。例えば一話目の「走れ茜色」は、連日野球部の秋津の部活が終わるのを待つ佐倉と新藤が主要人物。二人は、ともに秋津に想いを寄せている。ところで、新藤は上位グループの女子で佐倉はあまり目立たない男子だ。異性同士が恋のライバルというケースだが、秋津のよいところを列挙していくなどしながら、自然な感じで過ごしている。思いがけず芽生えた連帯の行方は、しかし...。
もうこの一編だけでもびっくりするうまさなのだが、一冊を通してその驚きは続く。特定の生徒だけが青春を生きているわけでも、悩みと無縁なわけでもない。この本を読んだすべての方々が、痛みの渦中にいたこともかけがえのない時間だったと思えるようになればいい。
さらに、本書の連作短編集としての完成度にもご注目いただきたい。見事な結末、そして伏線回収。いやもう、こんな素晴らしい作品を読めるなら、いまこのときが我々の青春時代といっていいのではないだろうか。
寺地はるな作品を読むといつも思うのは、相手の気持ちに寄り添おうとするのは大切なこと、でもそれは馴れ合いとは違うのだということ。『いつか月夜』(角川春樹事務所)でも、改めて胸に迫った。
實成冬至は、父を亡くしてから正体がはっきりわからない不安のようなもの(「モヤヤン」)に見舞われることがある。ある夜、モヤヤンが近づいてきたこともあって眠れない實成は外を歩くことに。そこで散歩をしている会社の同僚・塩田さん、そして一緒に歩いている少女に出会う。その子は塩田さんと同居しているが血のつながりはなく、昔の交際相手の娘・熊(仮名)だという。中二だがずっと登校していない熊は昼夜が逆転した生活で、「たまに頭がワーッと」なったときには家を飛び出してしまうのだった。
夜道は危険だしまた一緒に歩こうと提案したことにより、實成たちは深夜に散歩をするように。この物語において、登場人物たちはよく歩いている。最初は實成と塩田さんと熊の三人で歩いていたのが、一人また一人とメンバーが増えていくというサークル感もよかった。實成が男尊女卑なところもなく、ジェンダーへの理解もあり、自分の意見を真摯に伝えようとする真面目な性格であるのも好ましい。しみじみといい小説。
菰野江名『さいわい住むと人のいう』(ポプラ社)の中心人物となるのは、姉・桐子と妹・百合子の二人姉妹。現代における桐子は、教職を退いてから何年も経ったいまでも教え子や地域の人々に頼りにされている。また百合子の方は、料理が得意で愛想がよく、周囲を和ませる存在。水道課から地域福祉課へ異動してきた青葉が紹介されたのが、地元で一目置かれている彼女たちだった。二人が住む大きな屋敷に通された青葉は、子どもの頃にどこかの家の二階の窓から桜を見たことを思い出す。それからほどなくして、姉妹がどちらも亡くなったという知らせが...。
姉妹とはいえ、当然のことながら各々は別の人間である。二人で暮らすため、自分の力で家を建てることを望んだ桐子。姉の自由を願い、望まない結婚をした百合子。お互いを思いやり助け合ってきたはずの二人の思いは、もしかしてすれ違っていたのか。過去は現在へとつながり、少しずつわかってくる事実が彼女たちの人生にどのような影響を及ぼしてきたかを明らかにしていくという構成が、読者の興味をひきつける。運命に翻弄される桐子と百合子それぞれの心情が細やかに描かれていることに、目を瞠った。
前川ほまれという作家が持つ毅然としながらも温かさに満ちたまなざしによって、世界にはこんなにも傷やつらさを抱えて生きている人がいることに、読者は気づかされるに違いない。『臨床のスピカ』(U−NEXT)では、病院の職員として患者の癒やしや心のケアを担当するDI犬と、犬の責任者であるハンドラーの姿が描かれる。アニマルセラピーという言葉は日本特有の造語だそうで、本書で取り上げられている活動を正確に表現するとしたら『動物介在活動(AAA)』や『動物介在療法(AAT)』が正しいとのこと。
主人公は看護師でハンドラーの凪川遥。彼女が実際にスピカというDI犬とともにAAAやAATに従事する現在パートと、看護師として病院で働き始めたときの同期・武智詩織との出会いによってハンドラーを目指すようになっていく過去パートが交互に綴られる。患者たちは病状に不安を抱えていたり家族との関係に消耗したりしつつも、DI犬に対しては心を開き、つらい状況に慰めを見出している。動物のポテンシャルにはすごいものがあると感じた。
さらに、ハンドラー自身もDI犬に支えられているように思われる。AAAやAATを実施するには病院の理解が不可欠で、予算の問題などで中止になってしまうこともあり得る。そのような不安定な業務であることに加えて、遥には実母とうまくいっていないという事情もあった。家族とでは難しかった信頼関係を動物となら築けるというのも複雑かもしれないけれども、心の拠り所があることの幸せを胸に一人と一匹で進んでいってもらいたいと思った。
(本の雑誌 2024年11月号)
- ●書評担当者● 松井ゆかり
1967年、東京都生まれ。法政大学文学部卒。主婦で三児の母ときどきライター。現在、『かつくら』(新紀元社)で「ブックレビュー」「趣味の本箱」欄を担当。
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